航空訓練生の女の子が着陸訓練をするだけ
作者は飛行機に詳しくないので、間違い箇所があれば鼻で笑ってスルーしてください。
外は雪が降っていて、手を伸ばせば掴み取れそうな距離に雪雲が漂っている。
でも掴もうとしても、私を囲うように存在する風防がそれを許さない。でも、それでも私はこの大空の中で自由に飛んでいると感じて……、
「おい、なにボサッとしてるんだ。そろそろ管制域に入るだろ」
「あ、はい。すみません教官!」
ぜんぜん自由じゃなかった。後ろを見てみると、口をへの字に曲げている教官の姿がある。教官は体が大きすぎるせいか、狭くて小さな後部座席ではえらく窮屈そうだ。ぷぷぷ、おしくらまんじゅうみたい。
「なんか言ったか?」
「いえ、視界が少し悪いなと申しただけであります!」
私は慌てて前を確認する。実際、今日の視界は悪い。理由は勿論、雪のせいだ。この時期では珍しくないが、その分着陸が難しくなる。
目を凝らしてよく前を見ると、昼間だと言うのに既に誘導灯を点灯させている空港がうっすら遠くに見える。私はその空港と交信するために手元の通信機をいじり周波数を合わせた。その周波数が正しいことを確認した後、私は交信を始める。
『式根空港、こちら国防空軍Whiskey 3。基地への帰投許可願います』
式根空港の管制官から返答はすぐに来た。聞いた感じだと、若い男の人だ。あと発音がちょっと変。
『Whiskey 3、こちら式根入域管制。了解しました。これより着陸誘導を開始します。機首を方位225に向けてください。使用滑走路は03L西滑走路です。南中継点に接近したら報告してください』
『こちらWhiskey 3、了解。機首を方位225に向け、滑走路は03L西滑走路を使用。南中継点に接近したら報告します』
……よし、これで大丈夫。
式根空港は軍民共用飛行場。割と近くに都市があるから民間機の就航数は国内でも指折り。まぁ、そのおかげで異常接近には神経を尖らせなければならない。
でも今の時間帯は民間機も少ない。見た感じ、周囲に機影はなし。割とボーっとしてても大丈夫だろう。これが夕方のラッシュになると目が回るの忙しさだし、視界の悪くなる夜だともっと大変だ。
「おいひよっこ、現在高度は?」
「ひよっこって言わないでくださいよ。現在高度は8000フィート、速度240ノット」
「降下速度は?」
「毎分1500フィートです」
「ん、よろしい」
何がよろしいだ。後部座席にも計器はあるだろ。もしかして窮屈すぎてぶっ壊したのか?
私は教官に向かって(心の中で)暴言を吐く。私は知っているんですよ、一昨日の合コンに威勢よく出撃した教官のテンションがやばすぎて相手がドン引き、2次会に呼ばれずに終電の遥か手前で帰ってきたこともね! だから今日は機嫌悪いのかな!
「風防にお前の変な顔が映っているのは気のせいか?」
「気のせいであります教官。私にはとても美しい女性の顔しか見えませんので」
「そうか。じゃあ着陸したら目を覚まさせてやらんとな。腕立て1000回だ」
「ちょ、ちょっと待っ……」
「前を見ろひよっこ。着陸中だぞ。航空機事故の最大の原因はなんだ?」
「操縦ミスが過半であります!」
「そうだ。だからしっかり前見ろアホ」
話しかけてきたのはそっちだろ! と反論したいがそうもいかなかった。既に高度は4000フィート、飛行場も目の前に近づいている。
脳内の着陸手順を思い出す。この高度から高揚力装置を展開して揚力を得て、安全に速度を落とさなければならない。さもないと、いざ着地する時に早すぎて事故る場合がある。早い話が死ぬ。
私は高揚力装置のレバーを操作して揚力を得ようとする。今はまだ滑走路から遠いから、展開設定は1だ。
と、色々操作しているうちに南中継点に接近。ちなみに私が式根の南中継点の目印にしているのは、眼下に流れる川だ。たぶん他のみんなもこの川を目印にしてると思う。
『式根空港、こちらWhiskey 3。南中継点に接近しました』
『Whiskey 3、了解。機首を方位330に向け、3000フィートを維持。飛行場管制とXXX.Xメガヘルツで交信してください』
『了解。Whiskey 3は機首を方位330に向け、3000フィートを維持します。飛行場管制と交信します』
飛行場管制は、離着陸のみを専門に扱う管制塔だ。でも航空機事故は離着陸中に最も起こりやすいと言われているから、誰しもここが一番緊張する。操縦席も、管制塔も、民間機の場合はお客さんも。そして私の場合は後ろに乗っている教官も、だ。
「事故るんじゃないぞ。お前この間前脚折ったばっかだろ」
「……き、気を付けます」
こういう時に嫌なことを思い出させる教官だ。
確かに私は先月、練習機の前脚を折った。でも不可抗力なんだよ。接地寸前に風向きが変わって、しかも上から押さえ込むような形の突風が吹いたんだから。おかげで私は、通常後輪から着陸するところを前輪から着陸してしまい、その時に折ってしまったのだ。
今日は風向きが変わりませんように、今日は風向きが変わりませんように。
私はその時着陸手順よりも神に祈ることを優先した。助けて、私は信仰に篤いわけじゃないけど神様は居るって信じてるから、ね!
『式根飛行場管制、こちらWhiskey 3。現在中継点に到達、着陸許可を要請します』
『Whiskey 3、03L西滑走路への着陸を許可します。風は方位270より8ノット。……幸運を』
なぜか管制官に祈られた。交信中に幸運を祈るのは珍しくないが、それは普通離陸の時だ。着陸の時は聞いたことがない。もしかして私、管制官にも信用されてないのかしら。
『Whiskey 3は03L西滑走路への着陸許可を確認しました』
私はそう返答し、着陸準備に専念することにする。
「高揚力装置を15に」
レバーを操作し、主翼の高揚力装置をさらに大きく展開させる。途端、私はふわりと浮く感覚に襲われた。翼が空気抵抗を捕まえた瞬間だ。
高度2000フィート、速度150ノットを切ったところで車輪レバーを下ろす。すると「ガコン」という鈍い音がした。車輪が下りた音だ。目の前の計器も、車輪が安全に降りたことを知らせている。
速度は130ノット程で、高揚力装置を30に設定。速度計と高度計は見る見るうちにその数字を減らしていく。そして滑走路に近づき、その滑走路に03Lと書かれているのを確認した。
「滑走路視認」
既に高度は1000フィート、つまり300メートル程しかない。もし今床が透けたら、地面が近くてびっくりするだろうし、そしてグングン地面が近づいてくる様子が見れるだろう。それはそこら辺の絶叫マシーンよりスリルのある風景だと思う。私は絶叫マシーンは見ただけで縮み上がるので乗ったことないけどね。
そして、いよいよ高度100フィート台に突入する
「着陸決心高度!」
着陸決心高度。読んで字の通り、着陸するか、やり直すかを最終的に決める高度。
「ひよっこ。どうだ、今日の脚は頑丈そうか?」
「大丈夫です! しっかり直しましたから! ……最低降下高度!」
滑走路脇の吹き流しを見るに風向き、風速共に変化なし。視界は良くないが、かと言っても悪くはない。やり直しをするか? でも体調は良好だし、あと早く降りたい。
なら、答えは決まりだ。頑張れ、私の前脚!
「着陸します!」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ま、65点と言ったところだな」
「なんでですか! 結構頑張ったはずですよ私!」
「そうだな。でも無事着陸に成功した後バカ騒ぎして、しかもそれを飛行場管制に盛大に垂れ流したのは傑作……」
「ぎゃーっ! やめて! 教官やめてーー!」
「ハッハッハッ。まぁ、そんなわけで、飛行場管制官の腹筋を壊して業務を妨害し、地上管制への交信が遅れたのがマイナス10点。着陸作業中に私語が多かったのと、集中してなかったのでそれぞれマイナス10点。着陸はだいたい上手かったが細部がまだ雑、ということでマイナス5点。だから65点。わかったか?」
「……わかりました、教官」
まぁいいや。65点というのは私にしては頑張った方だ。後はこの教官でさえなければ20点は上がることもわかった。よしよし、自信がついてきたよ。とりあえず兵舎に戻ってゴロゴロと……、
「じゃ、腕立て1000回な」
「……えっ?」
「言ったろ、お前に目を覚ますためにって」
「…………」
あぁ。やっぱり、あの時復航を宣言しとけばよかった……。