表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/7

パン屋の独り言。

「いらっしゃいませ!ただいま、バケットが焼きたてです」

「はいよ。バケット一本とドライフルーツのパンだよ。またよろしくね!」


 町に一つしかない小さなパン屋は、今日もパンを買い求める人で大忙しだ。店内では愛妻ダーナと、店員のマリーの声が明るく響いている。

 俺はと言うと、その奥の厨房で黙ってパンを作り続けている。今は夕食に向けた、少し固めのパンを量産中だ。


 以前は可愛いダーナと二人だけで営んでいたこのパン屋であったのだが、ある日彼女が一人の娘を拾ってきた。それが今も明るく接客をしているマリーである。

 マリーがお腹を空かせて店の前で倒れているところを、たまたま郵便を取りに出た彼女が見つけたのだ。俺たち熊獣人に比べると小さな体はまるで子供のようにしか見えなくて、優しいダーナは放っておくことができなかったのである。

 そして小さなマリーを甲斐甲斐しく世話をした彼女は、そのまま店で雇うことに決めた。この小さな町では人間の娘ができるような仕事はとても少ない。しかし、幸いにも俺たちの店は店員を雇いたいと話しているところだったから、彼女はとてもタイミングが良かったのだ。

 子供の居なかった俺たち夫婦にとって、まるで娘のような存在になるまでそう時間は掛からなかっただろう。


「――マリー!お客が居ないから今のうちにお昼食べちゃいな!テッドも休憩にしたらどうだい?」

「……これ」

「今日はBLTサンドですか?わぁ!玉子も入ってる!おいしそう!いただきます」


 客が居なくなって静かになった隙に、少し疲れたような顔を浮かべても美しいダーナとマリーが昼食を食べるために厨房へとやって来る。そろそろだろうと思ってタイミングを計って昼食を作っておくのも俺の仕事だ。作って置いた、ベーコンとレタスとトマト、そして焼いた卵を挟んだ特製サンドである。

 マリーはそれを見ると目を輝かせて、嬉しそうに顔を綻ばせた。ふと妻を見ると、女神のように優しい笑みを浮かべてマリーをにこにこと見ている。きっと俺も彼女んは及ばずとも似たような表情をしているのだろう。


「はい。お茶だよ」

「ありがとうございます」

「そうだ。テッド。この後、マリーに厨房を貸してあげてくれないかい。いくつかのオーブンは空いてただろう?」

「かまわない」


 食事を始める俺たちのテーブルに優しいダーナがお茶を置く。すでにテーブルに着いていたマリーは笑みを浮かべてお礼を言う。俺も目線で同じように礼をしてそれを受け取ると、彼女は思い出したような顔で口を開いた。

 話を聞けば、マリーに厨房を貸して欲しいとのことだが、それに関してはたまにマリーも厨房で販売用の菓子を作ったりしているので問題はないのですぐに頷く。


「ありがとうございます!きちんと片付けますので、少しだけお借りします」

「この子ね、カイルにケーキを作ってあげるんだって」

「……?」

「あ、あの。今日、カイルの誕生日なんです。それで、そのサプライズでお祝いがしたくて。でも、家で作ると、私の家は狭いのですぐにバレちゃうしってダーナさんに話をしたら、ここの厨房を使ったらって言ってくれて」

「そういうことならうちの厨房が調度良いと思って。ねぇ、テッド?」

「……好きに使えば良い」

「はい!ありがとうございます!」


 可愛いダーナは赤くなったマリーの顔を見て、楽しげにからかうように笑って言う。俺も頷いて彼女の言葉を肯定すると、そのまま自分が作った昼食を咀嚼する。

 カイルと言うのはマリーの恋人の黒猫の獣人だ。とても腕が立つらしく、浮雲の狩人なんていう大層な二ツ名までついているらしい。いつものように仕事でこの町に流れ着いたカイルはいつの間にかマリーを誑し込んで、そのまま居ついてしまったのだ。それもなんと、マリーの家に。俺が気付いた時にはマリーとカイルは恋人という憎たらしい関係になっていて、可愛いダーナは少しだけ寂しそうだか微笑ましいとばかりに自由にさせているようだ。

 これで相手が傍若無人でマリーを大切にしない男であるならば、父親代わりの俺が黙っていなかっただろう。しかし、カイルという男はぐうの音が出ないほどマリーを大事にしているのである。ここへ仕事をしに来る朝も、ここから帰る夕方も決して送迎を忘れない。その上、マリーには獣人の独占欲丸出しでマーキングを欠かさない。たまに二人で居る時を見つければ必ず手を繋いでいるという徹底振りである。さらには今までの金払いは良いが危険な仕事からはすっぱりと手を引き、今では自警団という町でも尊敬される仕事に転職を果たした。


 急いで食べ終えたマリーはご馳走様でしたとお礼を言って席を立つと、慌しくケーキ作りを始めた。そんなマリーを見て、美しいダーナは懐かしいものを見るような瞳でぽつりと呟く。


「あたしたちも昔はああだったねぇ」

「……?」

「付き合う前から、テッドは独占欲が強かったもの。あたしが出かけようとすれば必ず現れたし、マーキングも欠かさなかったしねぇ」

「そうか」

「だから、あの子は幸せになるよ。だってカイルはテッドにそっくりだからね」


 その言葉に俺のマリーを心配する気持ちはすっかり無くなるとは言えないが、かなり小さくなるのが分かる。

 何より、賢いダーナが言うのであれば間違いない。彼女が優しい顔でそう言うのならば、それは間違いなくそうなのだ。

 もし万が一、カイルがマリーを泣かせるようなことがあれば、それは父親代わりの俺の出番になるというだけである。日々、パンを捏ねて鍛えた腕力で一発殴ってやるのだ。

拍手からリクエストいただいた他者視点の小話です。

ダーナでもなく、ここまで一度も会話に出てきていないテッド視点でお送りしました(笑)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ