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獣人は綺麗好きで心配性みたいです。

 その日もパン屋のダーナさんの夫、テッドさんは熱心にお店周りの掃除をしていた。初めは気付かなかったけれど、どうやら獣人という種族の男性はかなりの綺麗好きであるらしい。よくよく見てみれば私の家から勤め先のパン屋に至るまでの道中でも、たくさんの獣人の男性たちが扉を拭いている。

 私だって私なりにまめに玄関周りの掃除をしているつもりだ。だがそれでも我が家の玄関はカイルにとって、まだまだ綺麗の範疇に入らないらしく日々熱心に拭き掃除をしている。

 しかし、カイルも綺麗好きと言うわりには家の中に関してはそうでもない。もしかして、見栄っ張りなのだろうか?他の人に綺麗だと思われたい、的な?


「マリー!お迎えが来たよ」

「はーい!」


 そんなことを考えていると、今日もいつものお迎えがやって来る。ダーナさんの声に顔を上げると、同居人となった黒猫獣人のカイルが店先から顔を出していた。


「終わったか?」

「カイルこそ、仕事はもういいんですか?今日は遅番じゃありませんでしたっけ?」


 彼のトレードマークとも言える先の白い尻尾をゆったりと揺らしながら、私の横に当然のように並ぶ。

 同居宣言をした後のカイルの行動は早かった。その次の日には、町に長期の宿とっていたのを解約してしまったのである。

 しかし、一緒に住むと言っても、リビングダイニング以外には私が寝ている寝室しか無いような小さな家だ。どうするのかと思ったら、その小さなリビングダイニングに一人がようやく寝れるくらいのソファーを入れてしまったのである。おかげで大して広くないリビングにゆとりはない。今流行りの断捨離とは逆行するたっぷりの生活感である。

 そして、寝る場所を作ったカイルが次にしたのは仕事探しだった。今までは流れで害魔獣駆除や護衛の仕事をしていたらしいカイルは、この町の自警団にさっさと就職を決めてきたのである。そんなに簡単に決まっていいのかと思っていたら、どうやらカイルはその道ではちょっとした有名人らしい。何だか通り名みたいなものもあるんだとか。恥ずかしがって、私には教えてくれないけれど。


「マリーを家に送ったらまた戻る」

「私一人で帰れますよ」


 ぶっきらぼうに言い放ったカイルはさっさと一歩先を歩いている。しかし、しかしである。

 もう何十回、何百回と歩いた道のりだ。第一、私は良い大人なのである。つまり、職場から家までの距離くらい私一人で余裕というわけだ。


「それで?また迷子になるのか?ああ?」

「あの、それはたまたまです。偶然です!」


 胸を張って言った私に、カイルは凶悪な顔で言い返してくる。なんと、後半は巻き舌気味である。その様子に一瞬勢いを削がれたが、それでもここで負けたら大人の名が廃るだろう!


「そんなに頻繁に偶然が起こってたまるか。いいからさっさと帰るぞ。早く戻らねーとどやされるだろ。新人だからな」

「おお。そうでした。新人さんには働いてもらわないといけませんね!」


 カイルは子供にでも言い聞かせるような優しい調子で言いながら私の手を取った。相変わらずの迷子扱いである。……が、実際に前科があるので否定もしきれないというのが残念なところだ。カイルと知り合ってからも、迷子になってカイルに探し出されたことも両手で数えるくらいにはある。まだまだ私にとっては目新しい町はついついあちこちと目移りしてしまって、気が付くと知らない場所で途方に暮れている私を怒りと呆れの入り混じったような顔のカイルが迎えに来るところまでが一セットだ。


「大した休憩時間も貰えなくて、お前を送ってく時間くらいしかねーし」

「初めは仕方ないですよ。少しは仕事には慣れましたか?」

「まぁな。退屈だが、こういう生活も悪くない」


 自由人であったカイルに勤め人の先輩として聞いてみれば、彼は穏やかそうな顔で意外にも満足げである。自警団の仕事は、常に誰かが待機していなければならないこともあって三交代制だ。そのせいで私が家に居る時間にカイルが必ずしも一緒に居るわけではないけれど、それでもこうやって私の職場への送り迎えは欠かさない。


「私のこと送ったらすぐに戻るんですか?」

「まぁな。でも、夜勤じゃねーからそんなに遅くはならねーと思う」

「そうですか。それなら、ごはん作って待ってますね」

「先に食っててもいいぜ?」


 私が当たり前に言うと、カイルは首を傾げて私を見る。誰かと一緒に暮らすなら、食事は一緒に取るべきだ。私が家主なら私がルールなのである。


「ダメですよ。ここに来る前の話ですけど、私一人暮らししてたんです。仕事が終わって、家に帰ると部屋の中は真っ暗で」

「何だよ、危ねーぞ。迷子になって暗くなったんじゃねーだろうな?」

「まぁ、聞いてください。……それで、適当にごはん作って一人で食べるわけですよ。だけど、全然おいしくないんですよね。同じ内容でも、誰かと一緒ならとっても美味しいのに」


 疲れて小さなアパートに帰って来て、真っ暗な部屋に電気を点ける。部屋は明るくなっても、部屋の中に温度はなくてどこか寒々しい。そこからようやくごはんを作り始めるのだが、一人では寂しいので仕方なくテレビに相伴してもらってもそもそと食べるのだ。作っているものはいつもと何ら変わらないのに、一人で囲む食事は何となく寂しくて味気ない。そんな時、実家で家族で囲む食卓が恋しくなる。


「……それは、何となく分かるような気がする」

「だから、そういうわけで待ってます。灯りのついた部屋から食べ物の匂いがするのって幸せなんです」


 つい力の入ってしまった私にカイルは頷いた。


「――それじゃあ、いってらっしゃい」

「ああ。できるだけ急いで帰る。ちゃんと鍵締めろよ。俺以外が来たら絶対開けるな」

「……私、大人なんですけど」

「どーだかな。じゃあ、行って来る。すぐに鍵締めろ」

「締めましたってば!」

「締めたようだな。家で大人しくしてろよ」

「……もう。心配性なんですから」


 カイルは私を家に送り届けると、まるで子供にでも言い含めるかのようにして向き合って言う。一応大人である私はその主張をしてみるが、信用していないような顔で鼻で笑われた。そして扉を閉めると、扉の向こうからこの言葉である。その後扉が開かないことを確認すると、そのまま仕事へ戻ったようだ。全く、心配性で困るくらいだ。私は小さく笑みを零して、お腹を減らして帰って来る猫のために夕食の支度を始める。


「遅番と言うことは、あと二時間くらいで帰ってくるから急がないと」


 自分に言い聞かせるように言って、大急ぎで料理の支度を始める。カイルと一緒に買い物に出かけたら気付かれてしまうので、今日は仕事中に休憩を貰って大急ぎで買い物を終わらせたのだ。

 なんと今日でカイルが就職して一週間が経つ。実はカイルに内緒で、今日は就職祝いという名目にして少しだけ豪華な食事にする予定なのである。帰って来たカイルが驚く様子を思い浮かべてにんまりと口が弧を描く。今の所、驚いた顔をしているところをほとんど見たことはないけれど、カイルはどんな顔で驚くのだろう?目を見開いて?それともあのしなやかな尻尾を膨らませて?じっと固まるというパターンもあるかもしれない。


「今度、カイルの誕生日聞かないとなぁ」


 今日はケーキを作る時間はないので、間に合わせのカップケーキだけれど、誕生日の時にはホールケーキでお祝いしないと。甘いものが好物というわけではないみたいだけれど――何となく、その方がカイルが喜ぶ気がするから。

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