幼馴染はラノベ作家っ!?
『皆さんは驚きで心臓が止まりそうになったことがあるだろうか?』
思いも知らないことでびっくりしてしまい「心臓が止まるかと思ったよ」そう言う人が近くに絶対いるだろう。或いは後ろから大声を出したら左胸を抑えながら「びっくりした」と、これも一種の心臓に悪い行為だ。
この驚きの上位版と言えば良いのだろうか。
もしも俺の立場に別の人がいたとすれば、呆然とするか、心臓が止まるかのどちらかだろう。
そう、俺こと『仲村 慧』は一生に一度と思えるぐらい大きな衝撃に出遭ってしまった。
◇
四月九日――。
新しく一年間が再スタートし、これからまた一年間もの時間を学校などの面倒な行事で費やされるんだな。と感傷に浸りながら、家までの帰路を歩いていた。
俺が通っている学校『私立蒼峰学園』は、偏差値が少し高いぐらいで特徴がない学園だ。ただし、それは外面だけを入れればという話で、学園の内面はもっと特徴的なのだ。
この学園に通うためには結構な入学費や学費とやらが掛かる。しかし、その分、将来就くことの出来る仕事の選択肢が増える。選択肢が多くなるということは自分の夢と一致する成りたい職業が選べるかも知れないということになる。
なので、俺は両親に無理を言ってこの学園へ通わせて貰ったわけなんだが。
学園生活を一年間通したものの、就きたい職業が中々思いつかなくて、ただ普通に生きているだけで夢も希望もなかった。
友人みたいにスポーツ選手って思うことも、俳優やアイドルになりたいとも思わなかった。
――俺は何になりたいのか?
そう自問自答しても、何も返ってこない。
当然だ。俺自身が夢も希望もない何の特徴もない一般人なのだから。
「……夢、ね」
暇を潰すためと思い学校帰りに大型ショッピングモール二階の一角にある本屋に立ち寄った。
そこで新作のライトノベルを手当たり次第に読んでいった。すぐに家に帰った所で俺を待っているのは空虚な時間。そう考えると早く家に帰る行為が無駄に思えて、帰りたくないなと思い本屋で時間を潰すことにした。
「そろそろ良い時間だな……。帰るか」
少年向けのライトノベルを一通り読み終えた所で、良い時間になったし帰ろうかと読んでいた本を商品棚へ直し床に置いていた鞄を拾い上げた時のことだ。
俺の視線にとある小説の宣伝ポスターが留まった。
作者名は見たことがないまだまだ無名な作者だと思うが、その文庫の新人賞で全審査員から高評価っ!? 期待の新人! と、ポスターに大きく描かれているが本当かどうかはわからない。
「『小鳥遊 真琴』ねぇ」
確か一昨日の連休中、実家に帰ったとき、そんな名前を聞いた気がするな。
現役の女子生徒に純愛っぷりが人気で、どこの学校でもその話が出てもおかしくはない。と妹に力説された気がする。
「読んでも絶対損しないからって言われたしなぁ」
自分に合わないものは絶対に受け付けない妹が嵌まったのだから、面白いのは勿論なのだろうが、少女向けの小説を買うのもなんか躊躇われるな。
けど、宣伝ポスターに書かれているあらすじを読む限り、なんか親しみ易いというか違和感を感じることなく受け止めれたんだよな。
全部の小説がそうとは言えないが、その小説独特の設定があるからすぐには受け付けられない体質なのに、これだけは何故か普通に思えた。
中学生女子のイジメは色んな意味で凄まじいからな。そのイジメに遭っていた女の子を助けた男の子っていうのが普通にいそうだから、違和感がないのか。
イジメもない方が良いのだけど、実際問題あるからな。
「……試しに読んでから買うことにするか」
最初の数ページを読んでいる内は何も感じなかった。作品のイラストを描いている人はとても絵が上手いし、この作品のキャラは良い意味で人間らしい。人間独特の思考回路というか、考え方がキャラというより人間により近いので、リアルな感じがして面白い。
しかし、読んでいる内に俺は何かしらの違和感を感じ取っていた。
イジメの内容が予想出来てしまい、登場キャラが誰かに似ている気がしたのだ。
女子によるイジメは大抵が精神的ダメージを与えるものなので、似たり寄ったりになってしまうので、俺の気のせいだろうと思うことも出来るのだが。
後者の登場キャラが誰かに似ているというのはどうやっても説明が出来ない。他の作品のキャラに似ているってわけではないのだが、誰かに似ている気がする。それも俺がよく知っている人に……。
「……まさか、な」
不意に頭の中で浮かんだ仮説が正しいのかどうかを探るために最後まで読んでいたページ数を頭の片隅に控えておきながら、決定的証拠を掴むためにページを飛ばし飛ばしに読んでいく。
(ここも、ここも……。俺が知っている事項ばかりだ)
決して妹から事前に聞いていたわけではない。俺が妹に教えられたのはお勧めの作家なのと作家名を聞かされただけであって、タイトルや内容は一切聞いていない。
それなのに俺は何故か、内容がわかる。
これが意味するのは――。
「あのぉ、お客さん」
「は、はい?」
「そろそろお店締めたいのですが……」
店員さんの言葉にはっと気が付き、壁に掛けられている時計を視界に入れると、長い針が十を指していた。
単純計算で約四時間もこの店でずっと立ち読みしていたことになる。ここで何も買わずに出て行くと、何だか申し訳ない気分になるな。
「すみません。……これとこれ、ください」
「お買い上げ、ありがとうございます♪」
最後に立ち読みしていた少女向けライトノベル『不良王子と恋物語』とずっと欲しかった漫画を一緒にレジへ出した。
ギリギリまで声を掛けなかったのは、これが狙いだったのかなと思いながら、財布の中から数少ない野口さん二枚を出すことにした。代わりに小銭で財布の中は潤ったけども、お札がなくなってしまったので凄く後悔した。
「……ただいま」
誰もいない家へ帰り、リビングに設置しているソファーに鞄と買った本が入った袋を放り投げ、そのままキッチンへ立つ。
この家に誰もいないのには理由がある。
妹に会った場所が実家、このフレーズが気になった人も多かっただろうが、俺はここで一人暮らしをしている。なので、家事全般も俺がすることになった。
本音を言えば面倒極まりないが、慣れれば一人暮らし程自由なものはないからな。今なら一人暮らしを始めて良かったと思っているよ。
冷蔵庫の中から作り置きしていたコロッケを取り出し、レンジで温める。その間の時間を使い、昨日、鍋に作りおきしていた味噌汁を温め、着ていた制服を干した。
「随分と慣れたな。この一人暮らしも」
長い間、一人暮らしをしていれば少ない時間で色々出来るってことだね。慣れって凄いと思うよ。
レンジが鳴るのを待つ間、買って来た小説のあとがきを見ることにした。
俺の仮説が正しければあの作品を書いた人は、俺の知り合いだ。俺の中学時代とまったく同じ経緯を辿る作品を書ける人なんて、そうそういるわけじゃない。そして、俺が荒れ果てた原因となった核もまったく同じ、そうなれば、誰だって自分をモデルにして書いた。としか思えないはずだ。
主人公も、主人公が後に好きになる不良も、中心核のキャラ達は全員中学生だった。
時期もすべてが俺の過去と一致する。
(ここまで一致すると、さすがに偶然ではないだろ)
あとがきに仮説が正しかったとわかるようなヒントはないだろうかと、食い入るように見る。ヒントを見つけることが出来れば、明日にでもその物語を知っている人を手当たり次第に聞き込んで探し出してやろうと考えていた。
考えとは裏腹に、この作者は中々に身元バレすることを避けているのだろう。文章も丁寧だし、自分の近くで起こった小さな事件を取り扱って話すものの、自分とその友人しか知らないようなことを話している。ここまで徹底されると、逆に隠そうとしている事実を暴きたくなるのは人間の性。
(だが、得た情報が何もないわけじゃない)
一人称で「僕」と使っている作者だが、少女視点で物語を紡ぎ、十代の少女の繊細な心境を出すのは男には不可能だ。よって、この話を書いているのは女の子だ。女性ではなく、女の子っていう所がポイント。俺が予想するに十代の女子だろう。
「……この僕って一人称が引っ掛かるな」
俺の知り合いで僕という一人称を使う人がかなりいるからかな。自分を女子として見て欲しくない。変わった意見を持つ女の子が俺の周囲にはいつもいたから、一人称が「僕」となっていた人はたくさんいた。
「ちょっと待てよ」
固定電話の近くにメモ用として置いていた白紙を一枚千切り、机の上で思いついたことをすべて纏めることにする。
レンジの中に入れていた物は既に温められていて、ピーという音を挙げているが今は無視だ。
晩飯を食べている間に忘れてしまったら、と考えると今、纏めておく方が良い。
箇条書きで「十代の女子」や「俺の知り合い」などといった情報を纏めていった。
「……今はこんな感じで良いかな」
夕食の時間が今でも遅いのだから、そろそろ食べないと本当にやばいことになる。明日も学校だし、早めに寝るに越したことはない。
遅めの食事を取ると、すぐさまベッドの上で横になり、書いたばかりのメモを見る。
いつでも寝て良いように、黒の薄い生地のTシャツに藍色のジャージという完全な部屋着姿だ。
「やっぱり、俺にはあいつが書いたとしか考えられないんだよな」
俺の中で確立されつつある仮説の一つ。
この物語の鍵となっているイジメ問題と、それを助けてくれる不良と化した男友達。これを知っているのはあいつしかいない。
俺の幼馴染……。『早乙女 琴音』しか。
続きは……書いてあったのですが、類似してる作品が多かったので、削除しちゃいました。
が、眠らせておくのも悲しいので、短編として載せるだけ載せちゃいました。