21 魔女は否定する
* * * * *
とりあえず応接室に案内すると、互いに自己紹介をした。
アーリアデットが件の魔女と知って、男は興奮気味に大喜びしたが、それを聞き流して男に名乗るように促した。
「自分のことはサンソンって呼んでね」
「サンソン……さん?」
「呼び捨てでいいよ。君のことは、アーリーって呼ばせてもらうよ」
「お、お好きにどうぞ……」
「よろしくね、アーリー」
そう言って微笑むサンソンは間違いなく美形なのだが、不思議とアーリアデットはときめきも何も感じていなかった。
アーリアデットは身の危険を感じるので、サンソンから少し離れた椅子に座った。サンソンへの対応はヘクトに任せることにし、自身は他人事のようにのんきに香水を首筋に吹きかけている。
(アーリアデットが香水つけるなんて珍しいな)
などとぼんやり思いながら、ヘクトはサンソンに向き直る。
「そんで、あんた何者なんだ?」
「何者……というと?」
「あんた、どうも普通の人に思えないんだよ。上流階級らしいお堅い品の良さはないが、そのジャケットとか安いもんじゃなさそうだしな」
森で迷ったせいかみすぼらしく見えるものの、ヘクトが言うように、確かに身なりは悪くないようだった。凝った装飾が施されているわけではないが、よくよく見ると仕立てが良く、生地も質を惜しんでいないように感じる。
「職業は?」
「たいしたことはしてないよ。アトラヘイム大陸全土をふらふらしているだけ」
「そのなりで、根なし草ってこともないだろ」
「似たようなものだよ」
と、サンソンは真顔に口の端だけ上げて笑った。本当の話ならば自嘲であろうし、嘘をついているならば答えるつもりはないのだろう。
元々、魔女は相手の身分など気にするものではないので、アーリアデットはそれ以上突っ込んで話を聞き出そうとは思わなかった。
それよりも話を進めることを先決する。
「それで、サンソン。あなたは何を望んでここへ来たの?」
「はい、アーリー♪」
(うざい……)
嬉々として返事をされたことでアーリアデットは急に気が削がれ、依頼を受けるのを止めようかという考えが頭をよぎったが、どうにか思い止まって話を聞く態勢になる。
「叡智の塊だという“世界の全てを見る魔女”に、自分は質問したいことがあって来たんだ」
「質問? 知識を得たいのではなく、答えを訊ねたいってことか?」
ヘクトの言葉に、サンソンが首を縦に振る。
「人智を超えた情報を、自分は知りたいとは思わない。人間は人間なりに、人間の身の丈に合った知識の中で生きていけばいいんだよ。度を越した生き方をしたって、身を滅ぼすだけだからね」
(へぇ……。ただの変態かと思ったら、ちゃんと分かってるじゃない。伊達に眼鏡キャラじゃないってことね)
アーリアデットは感心して、サンソンの顔を見つめた。知的なのは眼鏡だけではなかったようだ。
少し見直したこともあって、アーリアデットは真面目な態度で応じる。
「依頼を受けるかは、質問とやらを聞いてから考えるわ。内容によってはすぐには答えられないかもしれないし、答えるのを拒否するかもしれないけど。それでも構わないなら、すぐにでもその質問を聞きましょうか」
「それでは――――」
サンソンが一度瞳を閉じ、ゆっくりと瞼を開く。
その瞬間、サンソンの纏う空気が変わった。
顔の造りはクールでも、これまではソフトな表情が多かったが、今は水に氷を落としたような、冷たさに更に冷たさを足した表情だ。それだけ真剣なのだと見受けられる。
研ぎ澄まされた眼差しは、むしろサンソンの方が世界の全てを見通しているのではないかと思わされる、そんな魔力のようなものを秘めていた。
その視線を真正面に受けながら、アーリアデットはサンソンの言葉を待つ。
そんな中、サンソンの艶っぽい唇が動く。
「死んだ人間を生き返らせることは可能かい?」
その問いに、アーリアデットは微動だにしなかった。それどころか無表情で、サンソンと向き合っている。
真意は分からないが、そのサンソンの真剣さに、アーリアデットも真剣に受け答える。
「答えは――――出来ない」
迷うことなく、静かにはっきりした声で告げたそれは、嘘偽りのない言葉だった。
サンソンが、なおも訊ねる。
「それは、出来るけど“やらない”という意味かな?」
「……正確には、『出来るだけの知識はあるけど“やれない”』のよ。私の知っている死者蘇生は異世界の魔法技術なの。世界にはそれぞれ、世界を構成する生命の源――自然要素と、物体の源――物質、生物の内に秘められている気の一種で、魔力の源――魔法要素があるけど。死者蘇生をするには、この世界の自然要素では性質が違うから、その術を再現するのは不可能。よって『出来ない』のよ」
一般人に説明しても理解されないだろうと思いつつも、アーリアデットは詳細に述べた。
案の定、サンソンは本当のところは理解していないようだったが、それでも重要な部分は伝わったらしい。アーリアデットの説明を聞いて、全身から緊張を解き、心の底から安堵したような顔をした。
「それだけ聞ければ充分。ありがとう、アーリー」
「私は、単に依頼を果たしただけよ」
「そうそう、依頼料だけど。以前に別の魔女の力を借りた時は、金額とか品物とか決まったものはないって言われたんだけど、アーリーもその口?」
「それ言ったの誰よ……。依頼人に話しちゃったら意味ないじゃない。…………まあでもその通り、私も指定はしないわ。どうせ知られちゃってるから言うけど、魔女は基本的にお金に困ってないの。こちらが何も言わなくても大金を積む依頼人もいるし、必要な物は魔法で出すという魔女もいるわ。そんなだから、ようは気持ちが大切で、謝礼なんて二の次なの。なんだったら、ものすごい安物でも私は文句言わないけど」
「とんでもない! アーリーへの、記念すべき最初のプレゼントが安物だなんて! とはいえ、今はたいした物を持っていないので…………そうだね――――」
サンソンは少し考えると、おもむろに席を立って、アーリアデットの前までやってきた。
何を渡されるのかとアーリアデットは待つが、その顔にサンソンの手が伸びてくる。
すると、
「っっっっっっ!?」
サンソンの顔が近づいてきて、気づいた時には唇を奪われていた。




