13 魔女は人見知りする
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ヘクトは客人の二人を応接室ではなく、リビングに通した。
客人には違いないのだが、アーリアデットの知人ということで、もう少しプライベートな空間に入れてもいいだろうという一種の配慮だった。
リビングはかなり広々としており、ソファとテーブル、壁側には天井近くまで伸びている大きな書棚と、僅かばかりの調度品と骨董品、室内を見渡せる位置に上等な木で作られた机がある。
書斎はまた別にあるのだが、先代魔女はよくこのリビングにある机で仕事をしていた。そんな思い出がアーリアデットにはあったが、それに思い入れがあるわけではない。
だから、ヘクトが執事らしからぬ態度で、机に長い足を投げ出して椅子に寄りかかっていても何も言わなかった――というよりは、何かを言う余裕が今のアーリアデットにはなかった。
ヘクトのいる机からは、ソファに座るアーリアデットの後ろ姿と、その対面に並んで座るヨトンとイミル、机の傍に置かれたコートスタンドにとまるハルピオスが見える。
アーリアデットはイミルを気にしてやや縮こまりながら、ヘクトの入れたコーヒーにミルクをたっぷり入れて平静を装っている。ミルクはヨトンが持ってきた新鮮なもので、コーヒーに白い模様が描かれていく。
ちらちら見るアーリアデットに対して、イミルは窓の外や部屋の中を眺めていて、アーリアデットの方を見ようともしない。あれから一度も視線が合わないまま、ぎこちない雰囲気でいた。
その空気に気づいていないのかヨトンがのんきな様子で話を振って、それにはアーリアデットもイミルを気にしながらも比較的普段通りに会話に乗っていた。
その三人の様子を遠巻きに見て、ヘクトは姿勢悪く椅子を揺らしながらブラックコーヒーを飲んでいる。
「あの爺さん……ヨトン爺だっけか。あの爺さんの前では、俺達にするのと同じように接するんだな。スティーノの時は一見同じなようで、アーリアデットとしてというよりは、魔女として話していた感じに思えたけどな」
「ヘクトは、なんだかんだ言っても、アーリアのことよく見てるねぇ」
ハルピオスがくすくすと声に出して笑う。
照れなのか何なのか自分でも分からないが、なんとなくばつが悪くて、ヘクトは軽く俯いて顔を隠す。そのヘクトの仕草に、ハルピオスはまた笑みをこぼしながら、アーリアデットの方に向き直る。
「ヨトンは、アーリアがよく話をする唯一の人間なんだよ。僕は人間じゃないから、人間の気持ちを本当には分かってないと思うし、そういう意味ではアーリアに一番近い存在はヨトンかもしれないね。ヨトンはアーリアが小さかった頃からずっと見守ってるし、アーリアも安心して傍にいられるんだよ」
「そうだよな。家に引きこもっているようだと、依頼人以外に人間と会う機会がないか。依頼人とは一時的な関係だし、そう考えると長く付き合うような間柄は希少だな」
「そんなだから、アーリアは他人との関わりを新しく作ることに慣れてないんだよねぇ。人間嫌いってわけじゃないけど、とにかく経験が少ない。依頼人は、自分に何を求めどういう立ち位置でいるべきか明確だからいいようだけど、そうじゃない普通の交際はどうしたらいいか分からなくて戸惑っちゃうみたい」
アーリアデットの背中に向けるハルピオスの眼差しが、自然と優しいものになる。まるで子どもを見守る親のように。
「だから、アーリアが恋人を作るって言った時は、良かったって思ったんだ。思ってた形とは違ったけど、自分から他人との関わりを作りたいって思ってくれて。ヘクトは元カエルだけど姿だけでなく中身も含めて、僕なんかよりはよっぽど人間に近いから、そんな存在がアーリアの傍にいてくれて」
「いくらなんでも大袈裟な――」
「そんなことないよ。知ってる? 人間は、人間の中で人間の手で育てられないと、人間にはならないんだよ? 僕とだけ接してたら、きっとアーリアは今のアーリアじゃなかった。愛情をかけて育てていたルジーナがいて、気にかけてくれるヨトンがいたから、アーリアは人間になれたんだ」
言い切るハルピオスに、今度はヘクトも言い返せなかった。そもそも、否定するだけの材料がヘクトにはない。
生命力と繁殖力が高いという理由で、数が増えるのを制限されている百年ガエルは、基本自分以外の百年ガエルと接することがない。生まれてすぐに外界に出て独り立ちをするので、親兄弟の顔も覚えていないことが多い。他種のカエルといても、長命なことでどうしても違いが出て上手くはいかない。
そんな仲間の中で生きたことがないヘクトは、確かに他のカエルとは違う。人間の生活環境の中で生きてきた自分は、本当の意味で本物のカエルと言えるのか疑問だった。
ヘクトの反応を待たず、ハルピオスは話を続ける。
「アーリアは知識だけは人並み以上だけど、人並み以上にあらゆる体験をやってこなかった。全てがこの森の中で完結してるんだ。外の世界は憧れの場所だけど、憧れで終わってしまっているから、なかなか今以上を求めようとしない」
この会話が聞こえていないであろうアーリアデットは、やはりヨトンとしか喋っていない。イミルのことが気になっているはずなのに、まるでこの場にいないかのように無視を決め込むことにしたらしい。
そんなアーリアデットを眺めて、ハルピオスは嘆声を漏らす。
「――――それほどまでに、あの子の世界は小さい」
そう締めくくって、ハルピオスは完全に口を閉じた。




