1 魔女はいる
昔々あるところに、お伽話の登場人物がいたように。
天を見上げる狼のような形をした、アトラヘイム大陸。
ここにもまた、お伽話に出てくるような魔女がいた。
魔女自体は、さして珍しくはない。一国に数人程度はいる者達だ。だがその中でもカリスマ的存在の、類い稀な才能を持つ高名な魔女がいた。
その魔女の存在は、狼の鼻先にあたるアトラヘイム北東端にある小国・ラグシオン王国の更に外れで、都市伝説のように語り継がれていた。
それによると、望んだ者にどんな知識をも与えてくれる、偉大な魔女という話だ。
その力は人智を超え、世界の全てを知り尽くし教え導く賢者。彼女の言葉は、もはや『啓示』として信じられるほどだった。
しかし、魔女に実際に会ったという者は極めて少ない。
辺境の、それも地元の者ですら立ち入ろうとしない深い深い森の中に住むので、容易には会えないのだ。それ故に月日の流れの中で、そんな魔女が本当に実在するのか、ただの噂なのではないかとされ始めた。
今や、所詮は『都市伝説』なのだと、多くの者が戯言のように“世界の全てを見る魔女”の存在を語る。
大人が子どもに「隠れて悪さしても、魔女に全部見られているんだからね」と、言い聞かせるのに使うことも多い。「早く寝ないとお化けが来るよ」のお化けと同じように、大人は魔女を『いもしない』と考えている。あるいは、“世界の全てを見る魔女”は既に亡くなっている、過去のものと思っている。
だが、確かに魔女は存在する。
森の奥深く、大きな泉の側にある屋敷で、今日も彼女は――
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