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9/22

#1

「じゃあね〜」

「うん、また〜」

 友人と別れ、高校2年生の久保田由衣は1人で駅に向かって歩いていた。時刻は午後5時。部活で遅れてしまうのだが、夏を過ぎるとやはりこの時間帯は不気味だ。暗くなるのが早いし、人もあまりいない。携帯で親にメールを送りつつ、周囲を見回して警戒する。

 この小道を抜ければ駅に着く。駅に行けば人も沢山いる。やや駆け足で道を真っすぐ進んでゆくと、徐々に町の明かりが見えて来た。周辺では最も大きいビルの看板が光っているのが見えて来たあたりで、それは起こった。

 突然、後頭部に激しい痛みを覚えた。何かがぶつかった衝撃と、その後暫く続く痛みの振動。頭を押さえて振り返ると、そこには顔をサングラスとマスクで隠し、更にキャップ帽を被った人間が立っていた。慎重は由衣より少しだけ高い。おおよそ160センチといったところか。何よりも目を引くのは、その人物の髪の毛だ。ライトに照らされた長い髪は派手なピンク色をしているのだ。

 姿を見られると、相手は手に持っていた何かでもう2、3発頭と身体を殴った。部活で身体はある程度鍛えている筈なのだが、打たれた箇所が悪く、意識が薄れてきた。

 男がもう1発食らわせようと、手に持っていたそれを振り上げた。次に受けたら死んでしまうかもしれない。身の危険を感じるのだが、ダメージが大きくて身体を動かせない。

 物体が振り下ろされようとする、ちょうどそのとき、

「おい、何やってるんだ?」

 駅の側から来たサラリーマン風の男性が見つけてくれた。ピンク頭の人物は男性と由衣を交互に睨みつけた後、その場から走り去った。

「君、君、大丈夫か?」

「は、はい……」

 身体の痛みと安心感とでドッと力が抜け、由衣は遂に気を失ってしまった。

 男性は非常事態だと判断し、携帯で救急車を呼び、警察に通報した。





 警視庁は今日も慌ただしい。ケンカにひったくり、強盗等、大なり小なり事件は常に起きている。テレビや新聞、ドラマでも「法律は犯してはならない」と言っている筈なのに、それでも事件を起こす者達は後を絶たない。

「瀬川? おい、瀬川」

「ああ、すいません」

「頼むよ、おい。で、被害者は皆背後から頭を殴られていて……」

 この事件も本当に嘆かわしいものである。最近発生している通り魔事件である。

 突然背後から相手を襲い、金品を奪ってゆく。顔を隠していたらしいが、被害者の内数名は“ピンク色の長い髪の毛”を見ている。

 こういう特徴があれば捜査もしやすくなる。が、今回はそう簡単にいかなかった。なかなか犯人を見つけることが出来ず、そうこうしている内に次の被害者が出て来る。4人の男女がこの通り魔に襲われた。上司の新田も頭を抱えている。事情聴取によれば、相手は夜出没し、暗闇に隠れるために服も黒っぽいものを着ているらしい。しかし派手な髪の毛だけは隠していなかったらしい。最も目立つポイントである髪を何故出していたのだろう。そして、そんなわかりやすい特徴があるとわかっていながら、俺達はまだ犯人の尻尾を掴むことすら出来ていない。殆どの刑事達がもどかしさを感じていた。

「兎に角、一刻も早く容疑者を捕らえなければならない。引き続き捜査にあたってくれ」

「はい」

 今日も会議が終了した。それぞれが自身のデスクに戻る。

 俺のデスクの隣には、後輩の日下部保が座っていた。ここ最近彼と共に動くことが多い。彼のデスクの上には蓋が開いた弁当箱が。その中からプチトマトを1つ掴んで口に運ぶと、日下部が事件について質問してきた。

「瀬川さん、犯人はどんな人物だと思います?」

「どんな人物って、報告書にも書いてある通り……」

「そうじゃなくて、犯人の心とか、どんな仕事に就いていそうかとか。瀬川さんはどうお考えですか?」

「ああ、そっちか。どうって聞かれてもなぁ、そんなのすぐにはわからないよ。まぁ馬鹿なのは確かかな。常人には理解出来ないよ」

「バケモノ、みたいな?」

「まぁ、そんなとこかな」

「おい。瀬川、日下部」

 俺達の会話を聞いていたのか、新田が眉間に皺をよせて歩み寄って来た。

「確かに犯罪者は馬鹿だ。大馬鹿野郎だ。でも、それ以前に奴等は俺達と同じ人間だ。それを意識してないと、当分逮捕は出来ないぞ」

 新田の言う通りだ。相手は俺達と同じ人間。同じように考え、同じように行動し、同じようにものを思う生き物なのだ。俺と日下部は同時に頭を下げた。すると新田はいつもの優しい笑みを浮かべてトイレに向かった。

 新田から喝を入れられたことでこちらも俄然やる気が湧いてきた。報告書等を鞄に入れ、出かける準備をした。

「よし、ちょっと行って来る」

「え? どちらへ?」

「現場」

 まずは事件現場を見に行くことにしよう。それぞれの現場はあまり遠くない。日下部も連れて出発した。現場になった町は彼もよく足を運んだ場所だった。それなら土地勘もあるだろう。

 最初の被害者が襲われたのは、駅近くの人通りの少ない道。飲屋街からは離れた所にある。電車で約20分、そこから徒歩10分で到着した。写真でも1度確認したが、なるほど、これは凶悪犯等にとって格好の狩り場だ。昼間でも人通りが少ない。夜になれば尚更だ。ここは飲屋街から離れている。

 1人目は確か女子高生だったか。何でまたこんな道を選んだのだろう。道を見つめて考えていると、隣から日下部が、

「ここ、近道なんですよ」

 と言った。

「近道?」

「ええ。この先に予備校があるんです。もう少し大きな通りを行くより、こっちの方が近いんです。僕もちょっと前まで受験生でしたから」

「ああ、なるほどな」

 やはり日下部を連れて来て正解だった。俺の地元はここではない。だから土地勘のある人間からの情報は頼りになる。俺は道の写真を数枚撮ってから、次の場所に向かった。

 次は反対側、飲屋街の付近だ。今は数人歩いているが、ここも夜になると少なくなる。別の道を通った方が駅は近いし、タクシーも拾えるからだ。襲われたのは酔ったサラリーマンだった。それも、かなり泥酔していたと言っていた。彼は現金数千円を奪われたらしい。飲み屋で殆ど使った後だったそうだ。

「どうしました?」

 2人で話をしていると、後ろから声をかけられた。相手は居酒屋の店長だった。ちょうど看板を出す時間だったらしい。

「もしかして、お客さん?」

「いえ、我々は……」

 警察手帳を見せると店長は持っていた暖簾を横に置いてお辞儀した。

「そっか、この前の」

「はい。何か見てませんか?」

「うん、俺は見てないなぁ。久代さん、痛そうにしてたもんなぁ」

「え? 久代さん? ここにいらっしゃるんですか?」

 久代というのは、襲われたサラリーマンの名前なのだ。店長によれば彼はこの店の常連だとか。何という偶然だろうか。

「その後、何か言ってませんでしたか?」

「警察でも話聞いたんでしょ?」

「いや、その後に何か思い出すってこともありますし、あの日は」

「ああ! そうだ、酔っぱらってたもんなぁ。うーん、そうだなぁ、髪がピンクってのは言ってたかな。あ、あと、頭に来たから足掛けたとか自慢してたわ」

「足を?」

 聞いていない話だ。久代は相手を転ばせて、更にのしかかって殴ろうとしたのだと言う。それもモラルを問われかねない罵声を浴びせて。しかし犯人の怒りを買って頭と身体にもう何発か食らったそうだ。

 酔っぱらっていようがいまいが覚えているだろうに。多分自分も何か罪に問われるのではないかと心配になったのだろう。聞けば久代氏、学生時代はトラブルばかり起こす問題児だったとか。

 とは言えこれで新たな情報が手に入った。相手は怪我を負っているかもしれない。これでまた選択肢を絞れる。俺達は店長に礼を言ってその場をあとにした。

 その後3件目、4件目も行ってみたが、やはりどちらも人通りの少ない場所だった。古いアパートが建ち並ぶ場所もあった。監視カメラなどは無いだろう。こうして回ってみると、知らない人間では簡単に見つけられないような道ばかりだった。犯人も土地勘がある人物なのかもしれない。

「何かわかりましたか?」

 日下部が目を輝かせて俺に尋ねた。

 大量流血事件、大学生の殺し、また、警察に成り済ましていた強盗の逮捕。ここ最近、俺は業績を伸ばしている。それもこれも偏屈な友人のおかげなのだが、日下部は俺が1人で事件を解決したのだと勘違いしている。残念だが、俺は傀儡の方だ。操り師は別にいる。

「いや、まだだな」

 犯人の習性がわかっても、誰が通り魔かはわからない。ひとまず、アイツに会った方が良いかもしれない。裏で糸を引いている、偏屈な友人に。





 後日。

 俺は早速学生時代の同級生、幡ヶ谷康介の家に向かった。事前に連絡は入れておいたから怒られることはないだろう。

 時刻は午後4時30分。急遽発生した事件のせいで予定よりも遅くなってしまった。例の通り魔事件ではなく、ひったくりだった。犯人はすぐに捕まったのだが、まさかそれが高校生だったとは。世の中本当に驚くことばかりだ。

 マンションの入り口でボタンを押してヤツの部屋に繋ぐ。軽く挨拶をすると、相手は無言でロックを解除してくれた。入ってすぐのところにあるエレベーターに乗り込んで、目的の部屋へと向かう。

 部屋に向かうまで、俺はあることが不安でならなかった。アイツが最も解決したがる事件は殺人事件だ。通り魔事件だと知ったら辟易してしまうのではないか。そうなったらなったで自分の足で探せば良い話だが、俺は次の被害者が出る前に事件を解決したいのだ。

 エレベーターを降りて通路を進み、ヤツの部屋の戸を開ける。例の如く鍵は開けてあった。

「入るぞ」

 やはり返事が無い。靴を脱いでリビングに向かうと、幡ヶ谷は窓を見ながらコーヒーを啜っていた。何なんだコイツは。名探偵にでもなったつもりなのか。

「遅かったな」

「ああ、すまない。早速なんだが」

「いつもの物は持って来たか?」

「いや、まだだ」

「話にならないな」

 言うと思った。だが俺の話を聞けばヤツも納得する筈だ。

「今回の事件は殺人じゃない」

 それを聞くと幡ヶ谷はひと呼吸置いて「ほう」とだけ答えた。

「通り魔事件なんだ」

「そうか。なら警察が地道に捜査すれば見つかるだろう。何故僕の所に来たんだ?」

「相手が見つからない」

「犯罪者は基本捕まりたがらない」

「違う、そうじゃない。目立った特徴があるのに、相手が見つからないんだ」

「目立った特徴?」

 よし、食いついた。コイツはなかなか面倒な性格だが、こうして簡単に釣れることが多い。

 俺は更に情報を伝えてリールを捲いた。

「犯人の髪は派手なピンク色なんだ」

「この前見かけた。原宿でな」

「そういう話をしてるんじゃない。相手は目立たないように帽子を被ったりサングラスやマスクをしたりしてごまかしてたらしいんだが、複数の被害者が長いピンクの毛を見てるんだよ」

「なるほど」

「俺達はその特徴も考慮に入れて捜査を続けた。でも、相手は見つからなかったんだ。どれだけ探してもそんな男は見つからなかったんだ」

「待て」

 幡ヶ谷が俺の言葉を遮った。何か閃いたのかと思ったが、それは違うとすぐに気づいた。俺の“失言”を聞き逃さなかったのだ。

「男だと、判明しているのか?」

「ああ、すまない」

 犯人は体力のあるヤツだと考え、そこから勝手に男性だと決めつけてしまった。この男に言われて直したつもりだったのだが、まだ直っていないようだ。

 幡ヶ谷がコーヒーカップを持った手をこちらに向けて近づく。よく見ると人差し指が立っていて俺の方を向いている。

「またやらかしたな。僕に頼む前に、まずその凝り固まった考えを捨てるべきじゃないのか?」

「わかった、わかったよ」

「まぁ、ちょっと面白そうだから手伝ってやっても良いがな」

「何だよその良い方?」

「まずは現場にでも行ってみるか」

 言いながら、幡ヶ谷は早速出かける準備を始めた。今日は肌寒い。彼は茶色のコートを取り出してそれを羽織った。厚手のコートだ。別にそこまで寒くはないと思うのだが。

 俺は幡ヶ谷の外出を止め、代わりに写真を出した。現場にはもう行って来た。少ないが写真もしっかり撮ってある。だが、幡ヶ谷はそれを受け取るだけで、意志は変わらないようだった。

「最近外出してないからな。運動したいんだ」

 何かと思えばそんな理由か。少し面倒くさかったが、思いを口に出せばまた何か言われるだろうから、俺はコイツに従ってまた同じ場所に行くことにした。

「はぁ」

「何だ?」

「ああ、いや、すまない」

「そうか。なら構わない」

 この時間に家を出るとなると着く頃には……またため息が出そうになったが、寸前で無理矢理押さえた。また幡ヶ谷に文句を言われるのは御免だった。

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