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#2

 田宮から話を聞いた後、俺達は彼に挨拶して食堂から出て行った。

 外に出た瞬間、日下部が話しかけてきた。多分田宮が怪しい、ということだろう。

「あの人、怪しいですよね」

 予想が的中したため思わず吹き出しそうになってしまった。

「明確な恨みもありますし。自殺に見せかけて殺害したんじゃないですかね」

 確かに彼には日村を殺害する動機がある。マンションでの言い争いも長谷部とではなく彼とのものだったのかもしれない。

 キャンパスを出たところで日下部と別れ、俺は携帯を取り出した。3人の証言はちゃんと録ってある。今日中に幡ヶ谷に渡して意見を聞こうと思っていた。

 画面を見るとメールが届いていた。幡ヶ谷からだ。内容は、より多くの証言を集めることと、現場に何か見落としが無いか調べろというもの。今日中に彼に会うのは難しそうだ。彼は夜遅くには滅多に会ってくれない。

 再び電車に乗り、今度は殺害現場のマンションへ。

 幡ヶ谷宅から30分。充分遠いのに、ここからだと更に時間がかかってしまう。3回電車を乗り換え、現場に到着したのは1時間後。その間座ることが出来なかったので足が疲れてしまった。

 現場にはもう捜査員はいなかった。探したところで、既に鑑識が採取しているだろうから何も見つからないと思う。それに暑かったので、探すのをベッドの下などの隙間にしぼって時間を短縮した。こんなこと、幡ヶ谷に知られたらタダでは済まされないだろう。

 ベッド下、洗濯機と壁の間、棚の後ろ、隙間という隙間を調べてみたが、やはりめぼしい物は何も見つからなかった。帰ろうと立ち上がると、あのギターが目に入った。近づいてよく観察してみると、手入れはきちんとなされている。まだバンドをやるつもりだったのか。目線を上げると、小さな棚の上に4人の集合写真が飾られている。新しいメンバーを集めるつもりも無かったようだ。日村青年はFriend Shipを愛していたのだ。そうなると田宮の言っていたことがますます信じられなくなる。

 俺はカメラを出すと、集合写真とギターを写した。特に理由は無い。これが事件解決の糸口になるとは到底思えない。それでも何かが引っかかった。もしかしたら、事件のこと以上にバンドのことが気になっていたのかもしれない。

 外に出ると、隣室の太田が玄関先で誰かと話をしているところを目撃した。

「はい、ありがとうございました!」

 宅急便だろうか。いやいや、スーツ姿の宅急便などいるわけがない。敬語を使っていたということは勤務先の上司だろうか。スキンヘッドで目が細い。ひげの方はそこそこ豊かだ。右肩からバッグを提げていて、歩きながらファイルをその中へ仕舞っていた。

 太田がドアを閉めようとしたところで目が合い、お互いに挨拶した。

「刑事さん、ですよね? 大変ですねぇ、こんな暑い日に」

「ええ、まぁ」

 これは長くなりそうだ。

「何かあったんですか?」

「いえ、見落としが無いかチェックをしていたんです」

「大変だぁ。やっぱりあの人が怪しいんですか」

「あの人? 言い争いをしてたっていう?」

「そうそう。あ、捜査情報は口外しちゃいけないんですよね。ドラマで観ました」

「はい、すいません。それじゃ、私はこれで」

 危ない危ない。このまま黙っていたら更に時間がかかっただろう。

 汗を拭き拭き階段を下り、日陰を歩いて駅を目指した。家に着いたのは1時間後、19時のことだった。

 帰宅後、幡ヶ谷にアポを取ったあと、俺はレコーダーで何度も学生3人の言葉を聞き、ギターと集合写真を見つめていた。写真に写っていたあの笑顔は本物だ。悪意など微塵も感じられない。幡ヶ谷に言ったら「主観を挟むな」と注意されそうだが。

 何故バラバラになってしまったのだろう。日村もその、川口莉子という学生に好意を抱いたということなのか? 田宮から川口を引き離し、自分のものにしたかったのか? たった数日で消えた人気によって、バンドというものが彼の中で形骸化してしまったとでもいうのか?

 ここまで考えて1人で笑ってしまった。かれこれ1時間バンドのことを考えていた。赤の他人のことでここまで悩んだことはない。あったとしたら初恋のときぐらいだ。

 明日、アイツの所に行けばその謎も解明されるだろう。幡ヶ谷なら、俺には想像もつかない考えを出せる筈だ。





 翌朝、俺は早速幡ヶ谷のマンションに向かった。今日は水を出してくれたので、それを一気に飲み干した。

「それで、頼んだ物は集まったか?」

「ああ。現場からは特に何も出なかったが、証言はとれた」

「やはり、現場からは何も見つけられなかったか」

 刺のある言い方だ。さほど期待していなかったようだ。

 レコーダーを手渡すと、いつものように何も言わずにそれを受け取り、内容を聞き始める。ずっと同じ顔つきなので、彼がどんなことを考えているのか、どこに注目しているのかは全くわからない。

 それぞれの証言を1回ずつ聞くと、幡ヶ谷はレコーダーをテーブルの上に置いて尋ねてきた。

「一応聞いておくが、まさか君は、3人目を犯人だと決めつけていないだろうな?」

「あのな、俺だって進歩してるんだよ。田宮が犯人だとはまだ断定してないよ」

「そうか。なら良い」

「それよりさ、お前はどう思う?」

 気になっていたので、俺もヤツにしてみた。こちらから質問することは滅多に無いので、幡ヶ谷も少し驚いていた。

「どう、とは?」

「バンドだよ。これも見てくれよ」

 次は写真を見せる。興味はあまり無さそうだ。

「ギターは手入れをしていたみたいだし、バンドのことも好きだったんだよ、多分。そんなヤツが自らメンバーの結束を弱めるようなことするか?」

「それは後だ。今は犯人逮捕が先だろう」

「それはそうだが」

「僕は僕で捜査を進める。君も何かわかったらここに来い」

 今日は特に進展は無く、俺は幡ヶ谷宅をあとにした。

 独自に捜査をすると言っていたが、また勝手に現場を漁るのではなかろうな? 見つかっても俺にはどうすることも出来ない。

 意見が欲しかったからここに来たのに、結局何も解らないまま。しかも知りたかったバンド解散の裏に関しては軽くあしらわれてしまった。今日は1杯飲んでから帰ろう。たしか近所に新しく居酒屋が出来た筈だ……と、思っていたのだが、そうはいかなかった。

 新田からの連絡を受け、俺は慌てて庁舎に戻った。中は何やら慌ただしかった。新たに動きがあったようだ。日下部に聞くとすぐに教えてくれた。

「田宮裕紀を殺人容疑で引っ張ってきました」

 まずい方向に事が進んでいる。取調室を覗いてみると、そこには中年の刑事から取り調べを受けている田宮の姿があった。彼は黙秘を続けている。さぞや俺達の事を恨んでいるだろう。最後に事情聴取したのは俺と日下部なのだから。

 そこでハッとした。まさか、日下部が進言したのではないか? 彼に聞いてみると、

「ええ。彼には動機もありますから」

 物事を簡単に決めつけるなと強く言っておけば良かった。彼なら素直に聞いていただろうに。

「あのなぁ」

 彼を注意しようとしたとき、向こう側を歩く集団に目がとまった。警官に囲まれて1人の容疑者が廊下を歩いている。

 日下部もそちらを見て、彼がどんな事件を起こしたのか教えてくれた。それを聞くと、俺の脳内に1つの絵が出来上がった。幡ヶ谷が常に見ているであろう大きな絵が。

「行くぞ」

「え? 瀬川さん?」

 幡ヶ谷に意見を聞いている暇は無い。犯人がもうすぐそこまで迫っているのだ。

 だが、すぐには逮捕出来ないだろうな、と俺は思った。





 それから1週間後、俺と日下部は再びあのマンションに足を運んだ。今日は日村の部屋に用があるのではない。その隣だ。

「はい?」

 大きな体を揺らして、太田浩二が出てきた。起きたばかりらしく、目を何度もこすっている。

「昨日鳥取から戻って来たばかりですか? すいませんね、疲れているときに」

「ほんとですよ。また仕事があるんで、出来ればもう少し寝かせてほしいんですけど」

 目を擦った手で今度は腰を摩った。長時間同じ姿勢でいたから体が痛いのだろう。

 残念ながら彼の願いを聞き入れることは出来ない。こちらにはそれ以上に重大な事情があるのだ。

「太田さん」

 と、日下部が話し始めた。

「日村さんは自殺したんですよ? それなのに、何であんなことを言ったんでしょう?」

「あんなことって?」

「言い争いの件ですよ。それに、あなたこの前はこう聞いてきましたよね、『やっぱりあの人が怪しいんですか』、と」

「それがいったい……」

 そこで太田も気づいたようだ。

 公には、「この事件は自殺の線が濃厚だ」と報道されている。太田もまだ他殺であることを知らない筈。だから、犯人がいることはわからない筈なのだ。そもそもあの言い争いのことも伝えなくて良い情報だ。たとえ実際にそのようなことがあったにせよ、あまり必要無い情報だ。

「それが何だって言うんですか? そんなの言葉のあやじゃないですか。だって、自殺って決まったわけじゃないでしょう?」

「太田さん」

 と、また日下部。ポケットから1枚の紙を取り出して太田に見せた。

「あなた先日、闇金から借りてた借金、殆ど返してますよね? それも800万」

「返しちゃ悪いんですか?」

「こう言うのも難ですが、あなたの収入じゃ、1度にこんな大金返せませんよね?」

「それともう1つ。日村さんの口座から現金が引き出されてました。しかも同じ額。まぁ分割して引き落としてたみたいですけど、何故彼の死後にお金が出されたのでしょう?」

 金は日村の遺体が発見されるまでの期間中に引き出されていた。考えられる理由はただ1つ。別の誰かが金を動かしたのだ。

 次々にぼろが出て来る。もう逃げられないと悟ったのか、太田はため息をついて俯いた。

「アイツが悪いんだよ」

「え?」

「どんなに頑張ったってなぁ、ろくな生活の出来ないヤツは大勢いるんだよ! それなのにアイツは、アイツは何もしなくても金を沢山持っている。良いじゃねぇか、少しぐらい貰ったってよ!」

「馬鹿だなアンタ」

 こんなヤツに彼は殺されてしまったのか。赤の他人のことなのだが、俺は憤りを覚えた。

 コイツは、日村がどんな青年だったのか知らないのだ。人生のほんの1部分だけを見て勝手に判断し、そして身勝手な理由で彼を殺めたのだ。

 日下部が手錠を出し、太田の両手に手錠をかけた。そして俺の方を見ると、笑みを浮かべて会釈した。

 今回の犯人がわかったのは、連行されてきた男の姿を見たからだ。その男は都内の闇金業社を取り仕切っていた男だったのだが、俺はソイツを逮捕の2日前に目撃していたのだ。それも、このマンションで。あの日太田はその男と話していたのだ。あのときは上司が家に来たのだろうと思っていたが、あれは貸した金を徴収しに来ていただけだったのだ。

 業社が摘発されていなければ、太田が犯人だと断定することは出来なかった。俺もまだまだだ。それよりも幡ヶ谷だ。勝手に事件を解決したことを知ったら不機嫌になるだろう。

 一応連絡は入れておこう。携帯を取り出し、ヤツの番号に電話を入れる。が、繫がらない。何度かけても留守番電話サービスに繫がる。まだ何か探っているのだろうか。仕方が無いのでメールで事件解決を知らせることにした。





 それから4日後、疑いが晴れて田宮裕紀が釈放された。彼女から引き離されたあげく、今度は日村を殺害した容疑で連行され、ますます彼が憎いことだろう。

 誰とも話さず、1人大学から出て来る田宮。1度疑いをかけられると、心無い連中はずっとそれをネタにちょっかいを出してくる。彼もそんなくだらない事に悩まされていた。

 門を越えたところで、隣から誰かが声をかけてきた。見知らぬ男性だ。年齢は30代くらいか。眼鏡をかけていて目つきが悪い。痩せ形体型で、ワイシャツを肘のあたりまで捲し上げ、黒い長ズボンを履いている。肩からは同じく黒のバッグを下げている。

「初めまして、幡ヶ谷と言います」

「週刊誌か何か?」

「いいえ、本関係であることは当たっています。瀬川光明刑事の友人です。あなたの所に来た筈ですが」

「刑事の名前なんて覚えてませんよ。それより何の用ですか? 俺忙しいんですけど」

「日村雄一さん、知ってますよね」

 その名は2度と聞きたくなかった。田宮は幡ヶ谷と名乗る男を睨みつけた。幡ヶ谷はそれに怯まず、同じように睨み返してきた。

「彼が、あなたの彼女に嘘を吹き込んだとか」

「そうですよ。アイツのせいで俺の人生滅茶苦茶ですよ」

「それはどうでしょう?」

「は? あんたに何がわかるんだよ?」

「その、瀬川刑事がバンドの事をずっと考えてましてね。捜査に手が着かないくらいに。なので僕が代わりにその真相を暴いてやろうと思いまして」

 意味がわからなかった。何故一般市民が警察のフォローをしているのだ? それに友人だからといってそこまでするだろうか。

 日村に裏切られた田宮にはもう、【友】というものを信用する事が出来なくなっていた。自分の友人にしても、友人を気取っている周りの人間にしても。

 幡ヶ谷はバッグの中からクリアファイルを取り出し、中の紙を見ながら再び話しだした。

「ええっと、川口莉子さんですか、あなたの彼女だった方は」

「何で知ってるんだよ?」

「探偵に頼んで調べてもらいました。金が掛かるのであまり使いたくない手段でしたが」

「あんた、本当に何なんだよ」

「あなたはコレを見ても、まだ日村さんを憎みますか?」

 田宮の言葉を遮って、幡ヶ谷はファイルを彼に手渡した。嫌々ながらも目を通すと、そこにはとんでもないことが記されていた。田宮の目は釘付けになった。

「彼女には悪い癖があるようですね。相手に貢がせるだけ貢がせて、飽きたら捨てるという、しょうもない癖が」

「そんな」

「探偵には1週間ほど張り付いてもらいましたが、その間に彼氏が変わっています」

 女神のような川口莉子の像が音を立てて崩れてゆく。

 文面だけかと思いきや、その2人の男性と腕を組んで歩いている姿、そして満面の笑みを浮かべてブランド物のバッグや宝石をねだっている姿が。今幡ヶ谷の口から出たことは、紛れもない事実なのだ。

「日村さんは知ったのでしょう、彼女の本性を。そしてあなたを守るために、彼女を引き離したのです。たとえあなたに憎まれようとも、バンドがバラバラになろうとも」

「そんな、アイツ、何ではっきり言ってくれなかったんだよ!」

「本当の意味での【友人】というのは利害によって結ばれるものではありません。それにはっきり言ったところであなたは信じなかったでしょうからね」

 足から力が抜け、ファイルを持ったままその場に座り込んだ。体が震えている。日村雄一という人間を誤解していた。しかも、仲直りしようとしても、もう彼はこの世にいないのだ。

「さて、僕の用件は済みました。それは差し上げます」

「ま、待てよ! 俺は、俺はどうすれば」

「僕に聞かないでください。ああそれから、自殺は止してください。僕の友人がまた疲れてしまいますから」

 そう言って、幡ヶ谷は駅の方へと歩いていった。





 そんなことがあったとは。幡ヶ谷が田宮に会ったことを知ったのは、それから更に2日経った日のことだった。

 俺の思った通り、勝手に事件を解決したことで幡ヶ谷は不機嫌になった。ただ、俺が予想していた程ではなかった。バンドの件があったからだろうか。何だかんだ彼も気になっていたらしい。

「川口莉子が事件に関与しているのではと思ってな。タダの馬鹿だということしかわからなかったが」

「そうか、やっぱり日村は好青年だったんだな」

「そういうことになるな。……にしてもやはり解せない。1週間も余裕があったのなら、その闇金の事を教えてくれれば良かったのに」

「お前のことだからとっくに気づいてたんだろ、太田が怪しいって」

「だが確証が無かったからな。それを見つけてもらおうと君に色々頼んだのだが。まあいい、次は教えろよ、1から10まで、全部」

「わかりましたよ」

「友人なのだから」

 その言葉だけが妙に鮮明に聞こえた気がした。

 俺は挨拶をしてから、そのへんちくりんな友人の家を去った。

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