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#2

 その業者、東京お助け隊は、この地域一帯の清掃、害虫駆除、他にも引っ越しの手伝い等もやっている。仕事量が多くても取られる額はそう高くない。そこが、住民達が彼等を重宝する理由の1つだ。このような仕事は最近ではニュースでも特集されている。

 カーナビに従って道を進むと、1度大通りに出て、そのあと再び人気の無い道に入った。古い家屋が建ち並ぶ地区。こんな所にあるのか?

『目的地付近です。音声案内を終了します』

「え? 嘘だろ?」

「あれじゃないのか?」

 幡ヶ谷が1件の建物を指差す。さほど大きくない2階建ての建物だ。そこに【東京お助け隊】と書かれた小さな看板が設置されていた。もっと派手でわかりやすい看板を想像していた。

 適当に建物の近くに車を停め、俺達は建物に向かった。ガラス張りの戸を開けて中に入ると、中年の店主らしき男がカウンターに出て来た。奥では従業員3名が電話片手にメモをとっている。皆2、30代のようだ。

「こんにちは! 仕事の依頼ですか?」

「いや、こういう者です」

 手帳を見せると店主は目を見開いた。何故警察がここに来たのか理由がわからない様子だ。

「え? な、なんで?」

「最近起きている殺人事件のことは知っていますか?」

「殺人……あの、血がどうのこうのってヤツ?」

「ええ、あのくだらない事件ですよ」

 と、幡ヶ谷。俺が質問するのを遮ってさらに続ける。

「事件を起こさないと注目してもらえない。本当にかわいそうな犯人ですよ。ま、当人が自分の可能性を見いだそうと努力していないだけだと、僕は思いますがね」

「お、おい」

「あなたも大変でしょう、そんな馬鹿のために我々のような者に疑われて」

「う、うーん」

「すいません! コイツ、聞き込みは初めてで」

 全く、何をやっているのだ。店主も困り果てている。もしここに犯人がいたらどうするのだと思ったが、幡ヶ谷の様子を窺っていてあることに気づいた。

 彼は犯人を挑発してあぶり出そうとしているのだ。彼の中ではもうこの中に犯人がいると踏んでいるのか。

 店主に被害者達のことを尋ねてみると、3人ともここを利用していたことがわかった。部屋に行った際、不審人物を見かけなかったかどうかを尋ねたが、誰もそのような人物は見ていないと答えた。もし推理が正しければ、この中に1人嘘を言っている者がいる。幡ヶ谷ならその人物も識別出来る筈だ。彼が持つ知識のジャンル、量共に豊富だ。嘘をついている人間の動作なんかもわかるのだろう。

「そうですか。では、何か……」

「何かあったら、こちらに連絡を」

 と、隣の男は先ほどの物とは別の紙切れを店主に渡した。そして、挨拶をして先に出て行った。俺も頭を下げてその後を追った。

 今の紙はもしや。恐る恐る聞いてみると、

「名前、住所、電話番号、そしてメールアドレスを記載したメモだ」

「なっ! 何やってんだよ! 大体何処で俺の個人情報を……」

 途中で気づいた。

 先日の同窓会事件の際、俺はコイツとアドレスを交換した。赤外線の送受信では、アドレス帳に入れた情報が全て相手の携帯に向かう。他人にいちいち紙に書いて渡すのが面倒だったから、住所や自宅の番号も全て携帯に登録してあったのだ。それがまさか、こんなことに利用されるとは。

 多分コイツは、犯人を挑発して怒りの矛先を自分に向かわせ、襲いに来たところを捕まえるつもりなのだ。そして、俺の個人情報をあたかも自分の物であるかのように店主に渡したのだ。

「これで事件解決だ」

 調子のいい男だ。だが、確かに幡ヶ谷が囮になるよりは俺が身代わりになった方が良いだろう。見たところ、コイツは体力に関しては俺よりも劣っている。相手が襲って来ても対抗出来る人間の方が適任だ。上司にも伝えておかなければ。

「いつ頃来ると思う?」

「さぁな。普段は下見やカメラ操作なんかの準備をしてから行うようだが、今回は大分怒らせてしまったからな」

「軽く言うなよ。誰が囮になると思ってるんだ?」

「怖いのか?」

 怖いに決まっている。水を注入されたら血が止まらなくなってしまう。そしてその方法を使う犯人とこれから対峙する。怖がらない方がおかしいだろう。狙い通りに相手を捕らえることが出来れば良いが、身体を固定されたら太刀打ち出来ない。それに俺の住んでいるマンションは古い。オートロックなんて当然付いていないし、カメラもエレベーターホールにしか無いのではなかったか? 兎に角犯人にとっては最高の環境だ。

 下見するのを考慮して、襲撃はおそらく明後日だろうという見通しを立てた。幡ヶ谷もどこかに隠れて様子を見るという。

 運転しながら、俺は最悪のシナリオを考えていた。隠れていた幡ヶ谷や同僚達が間に合わなくて、俺も太刀打ち出来ずに自由を奪われて……。そうならないことを願いたい。

「まあ、一応作戦を詳しく説明しておこう」

 聞かなくてもわかっている。そう言ったが、幡ヶ谷は作戦を俺に聞かせた。複数人にあの店を張り込んでいてもらいたいとのことだったので、帰りに幡ヶ谷を自宅前に下ろして警視庁に向かった。

 車を駐車場に止めて自分の部署に戻ってくると、日下部が弁当を美味しそうに頬張っていた。呑気なものである。後輩をスルーして、上司の新田利勝のデスクに向かった。今年で50歳になる新田。見た目は頑固親父だが、実は優しい心の持ち主だ。

「新田さん」

「うん?」

「連続殺人犯、逮捕出来るかもしれません」

「何? 本当か!」

「今日、容疑者とおぼしき人物の職場に行ってきました」

「誰だ、誰が犯人なんだ?」

「それはまだ。でも挑発してきましたから、今日明日にも襲ってくるかもしれません」

 そこで、先ほど幡ヶ谷と話した計画を新田に教えた。新田は2つ返事でOKしてくれた。捕まえれば自分たちの手柄になる。それが彼の狙いなのだ。

 話し合いの末、新田と日下部、その他にもう何名かが東京お助け隊の職員を見張ることになった。

「じゃあ、よろしくお願いします。助けてくださいよ?」

「勿論だ。必ず犯人を逮捕するぞ!」

 盛り上がる刑事達。久々に活気が戻ったような気がした。





 その日は本当に緊張していた。いつ犯人が襲ってくるかわからない。それに多分相手は怒っている。今までとは違う、荒々しい方法で襲ってくるかもしれない。だが、挑発したのは俺ではなく幡ヶ谷の方だ。そう簡単に引っかかるものだろうか。

 夕方、俺は幡ヶ谷と合流した。新田達に知らせたと伝えると、幡ヶ谷はニコッと微笑んだ。

「2人目の犠牲者、木下誠二は体力もあった。そんな男もベッドに縛られて殺された。ヤツは何らかの方法で被害者達を無防備な状態にしているのかもしれない。後ろから近づいて気絶させる、とかな」

「そうだな。……でも、本当に大丈夫なのか?」

「勿論だ」

 不安だ、本当に。命の危険もあるが、この作戦が失敗することも心配だった。幡ヶ谷は大丈夫だと言っているが、その自信はどこから来るのだろう。これで俺が死んだら、真っ先にコイツの家に化けて出てやる。ひと泡吹かせてやるのだ。

 ひとまず幡ヶ谷と別れ、俺は再び庁舎に戻った。新田達は先に向かったため、今ここには俺の他に2人しかいない。何か事件は起きないだろうか。それも、すぐには終わらないような事件。事件捜査だとか何とか言って、今日は家に帰らない。それが出来れば良いのだが。

 途中で考えるのを止めた。俺は何を期待しているのだ? 事件が起きるということは、少なくとも誰か1人が苦しむことになるのだ。

 日課を終え、夜、マンションに帰って来た。他に事件は起こらなかったため、おおよそ3時間コンピュータとにらめっこをしていた。

 今日はいつにも増して背後を注意するようにした。まだいない。階段もしっかりチェックしてから上った隠れているものはいなかった。怪しい人物は何処にもいなかったのだ。

 やはりバレてしまったか。作戦が失敗に終わったのは残念だが、内心ほっとしていた。鍵を開けて部屋の中に入る。やはり、待ち伏せしている人物はいない。胸を撫で下ろす。

「そうだ、連絡しておかないと」

 幡ヶ谷に電話をかける。しかし、なかなか出ない。普段なら遅くても一応出てくれるのだが。

「アイツ……死んだら化けて出てやる」





 その頃幡ヶ谷は、近所のスーパーで買い物を済ませて帰宅するところだった。

 自動ドアを開けて、1度辺りを確認してからエレベーターホールに向かう。ところが、前に工事中と書かれた黄色の立て看板が。仕方なく、階段を使って部屋に行くことに。静かな階段。幡ヶ谷以外誰もいない。

 この荷物を持って5階まで徒歩で向かうというのも骨が折れる。買い物なんかしないでそのまま帰ってくればよかった。そんなことを考えながら、1段1段ゆっくりと上ってゆく。

 踊り場にさしかかる。幡ヶ谷はここで足を止めた。前方に誰かが立っている。白いジャージを着て、軍手と白の運動靴をはいた人物が。顔は気味の悪いマスクで隠しているが、多分男だろう。

 男は固まった幡ヶ谷に飛びかかり、床に叩き付けた。そして、腕を掴んで身動きが取れないようにすると、ポケットから何かを取り出した。注射器だ。中には水が入っている。

「てめえ……ば、馬鹿にしやがってえっ!」

 幡ヶ谷の挑発が功を奏した。相手は手の込んだことはせず、直接彼を殺しにやって来たのだ。

 白い怪人が、注射器の針を幡ヶ谷の首筋にあてようとした。そのとき、

「そこまでだ!」

 下から6人の警官がこちらへ向かってくる。

 はめられた。冷静さを欠いたがために、まんまと幡ヶ谷康介の罠にかかってしまった。

 幡ヶ谷を殺すのを止めて逃げようとする。が、刑事達に簡単に取り押さえられてしまった。新田が男のマスクを外すと、犯人の素顔があらわになった。

「お前のことをずっと監視していたんだ」

「くっ」

「あなた店長でしょう? こんなことして、働いてる人たちはどうするつもりです?」

 そう、一連の事件の犯人は、お助け隊の店主だったのだ。

 康介が挑発したとき、後ろの従業員達は全く気にしていなかったが、店主は視線を逸らし、何処か落ち着きが無い様子だった。それだけでは断定できなかったが、たった今、彼が犯人であるという決定的瞬間をとらえた。

 刑事2人によって、店主は外に停めてあるパトカーへ連れて行かれた。新田は幡ヶ谷に駆け寄った。

「大丈夫ですか、怪我は無いですか?」

「ええ。瀬川刑事のおかげです」

「瀬川の?」

「はい。僕の身を案じて、皆さんに掛け合ってくれたので。親友なんですよ、高校時代の」

「そうだったんですか! いやあ、瀬川も喜ぶと思いますよ」

「……その、瀬川刑事は?」

「え? ここには来ていませんが?」




 取り調べの結果、東京お助け隊店主・三島明が一連の事件全てが自分の仕業であると自供した。

 彼は、自分に対して冷たい態度をとった人物を狙って殺害したのだ。しかし、彼等が三島を冷遇したかどうかは定かではなく、第3の被害者・野本茂雄は寧ろ彼の仕事を評価していたようだ。インターネットの口コミサイトで高い評価をつけていたのだ。犯行方法については幡ヶ谷の推理が的中していた。どの方法が良いか考えた結果、相手が恐怖に悶えながら死んでゆく様を見ることが出来るあの手段にしたのだそうだ。3人とも度々お助け隊を利用する顧客だったため、家に上がった際に鍵を探し、合鍵を作っていたらしい。体力のあった木下の自由を奪うことが出来たのはそのためだろう。寝ているであろう夜中に忍び込み、彼を縛ったのだ。

 今回の事件、署内では俺の推理の手柄ということになっている。新田からは賞賛され、後輩や同僚からも「いずれ捜査のいろはを教えてほしい」と頼まれてしまった。別に他人から賞賛されることや出世を目的としている訳ではないのだが、これはこれで嬉しかった。

 事件から3日後、俺は再び幡ヶ谷の自宅に足を運んだ。三島に襲われたと聞いたが、大きな怪我はしていないようだった。

「先入観というのは恐ろしい。殺人は認められないが、三島はそのことを、体を張って教えてくれたわけだ」

「そうだなあ。……にしてもよぉ、先に言えよな」

 幡ヶ谷が三島に渡した連絡先は、俺のものではなく幡ヶ谷自身のものだったのだ。そう言えば、確かにコイツは、渡したものが俺の情報だったとはひと言も言っていない。俺が勝手に思い込んで、勝手に怖がっていただけだ。

「君が悪いんじゃないか、勝手に勘違いして。それに署内での評価は良かったんだろう? 誰にも襲われていないし、君の評価は上がった。良かったじゃないか」

「でもよ、きちんと伝えろって。あの晩は寝られなかったんだからな」

「ふふふ」

 カップに入った水を飲みながら、幡ヶ谷は呟いた。

「本当に恐ろしいものだよ、先入観というものは」

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