1-7
目をそらした勇介に、ユイはため息をついた。
「かつて、といった意味はわかるな?」
「……どこかに」
「そう、あっちの世に行ったんだ」
静かな宣告に、勇介の目が見開かれる。
ぽろりと勇介の手がユイの肩から外れた。
「……そのおかげでこのレジスタンスは守られたも同然なんだがな」
「いつの、話で?」
「つい一年前の話だ。ミヤビ嬢は勇一、イサムの恋人だった。目の前で爆死したわけだからな。あの子の前でその話は振らないでやってくれ。俺からもごまかしておく」
静かなユイの声に脱力しながら勇介はうなずいた。
「……政治犯を表立って探せないから、わざとブラックに入って、この機会をうかがっていたんだろ」
「……」
落ちた肩にユイは目線を下にやりながらふっと笑った。
「兄思いの弟だ」
「兄さんは……」
「弟、下の子思いの良い兄さんだったんだろ? オレもよく話を聞いていた」
「え?」
「弟は臆病だが、吹っ切れるとなにをしでかすかわからない。妹のほうはもう亡くなってしまったが、逆で普段結構とんでもないことやるのに、いざとなると小心者だって。楽しそうに語ってたっけ」
笑いながらそんなことを言うユイに勇介はそっぽを向いていた。
「あと、親父さんのぐちと、母親には申し訳ないことをしたっていっていた。お前にも。苦労かけているって」
「そんな」
「……でもな、軍を飛び出したあいつには目指した理想があったんだ」
「理想?」
「ああ。……まずいな、チャフが切れる。また、今度な。ミヤビ嬢のいないところで一服でもしながら。な?」
胸を突いた衝撃が薄れないが、ユイの優しい表情にうなずいていた。
ふっと息をつくと、すっかりと金属粉だらけの部屋を見て、ユイが盛大なくしゃみをした。
「あー、鼻むずむずするう」
そういいながらピッチャーに水を汲んできて床一面にばら撒いていく。
「布団に積もったやつ、下に落としますよー」
「ああ」
結局二人で部屋を掃き清めて、拭き清めて、綺麗に痕跡を消すと、丁度晩ご飯時になった。
「で、ミヤビさんにどういうんです?」
「んー。まあ、オレが尋問したとか言えば信じるよ。あの子は。アタエは外こそこそ張り付いて聞いてたみたいだから、にらんでおけばどうにかなる」
「え?」
「それだけオレに弱み握られてんの」
にっと笑ったユイに、勇介はなにも言えずにただこくこくとうなずいていた。
「ちょっとユイ!」
「なんだ?」
「いきなりチャフなんてなんで使うのよ!」
「オフレコな尋問したんだよー」
ニヤニヤしながら言ったユイに、ミヤビが目を見開いて、勇介を見て顔を引きつらせた。
「そんな、まさかっ」
「そんなまさかだよー」
どんな誤解をされているのだろうかと、そんな疑問を持ちながらあわあわしているミヤビを見ていた。
「大丈夫? 大丈夫なの?」
本気で心配そうなミヤビにうなずいて見せて首をかしげる。
「ま、その結果、シロだ。ということで飯食わせろ」
ミヤビを押しのけて食堂に入っていく。
その後をついていこうとして、ふと足を止めてしゃがんだ。
遅れて頭上にごんという音が響いて正面に転がり込んで振り返ると、アタエが組んでいた腕を横に薙いだままの格好でこちらを見ていた。
「これで本当に可能性はなしなのか?」
鋭い追及にユイが深くため息をついて、勇介をミヤビに託してアタエを抱えてどこかに消えた。
「アタエもそうとう警戒してるね」
ポツリとつぶやいたミヤビを見上げながら、ふとしゃがみこんだままだと気付いて立ち上がった。
「にしてもすごい身のこなしね。本当に二年間退役していたの?」
「え? ああ、本当ですよ。取材の度にこき使われるんで体力はまだ大丈夫ですけど、それ以外の訓練はほとんど」
「やっているのは?」
「筋トレぐらいですね」
肩をすくめてふと、不穏な空気に眉を寄せて目を細める。
振り向き様、ミヤビが肘鉄を腹に食らわせてきた。
「っ」
思わず体を折って衝撃を逃がすと、驚いた顔をしたミヤビがそこにいた。
「硬い硬い」
うれしそうなミヤビに、勇介は、ユイが戻ってくるしばらくの間、ミヤビのサンドバックになっていた。
「有能なサンド、いや、カメラマンだな」
その様子を見ていた誰かがぼそりとつぶやいて、きっとにらみつけた。
酒を片手にした、細身で長身のめがねの男は、知らない知らないと手をひらひらさせてニヤニヤした。
「おう、取り込んですまなかった。アタエも黙ったことだ。飯食うぞ」
「はい」
そしてユイが戻ってきた頃には勇介はくたびれて、ミヤビはすっきりした顔をしていた。
「楽しかったか、ミヤビ嬢」
「ええ。あんたやるより殴り応えがあったわ」
恐ろしい言葉に勇介はプルプルとしていた。
その様子を見てユイが笑ってミヤビがふふんと笑った。
「さ、今日はなに食わせよっかなー」
と、楽しげなユイに特盛の夕餉と強い酒を飲まされたのだった。