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そして、眠っているうちに危機は過ぎ去ったようで、寝た場所と違う場所で目覚めた勇介は、混乱していた。
「……?」
むくりと起き上がって、左手につながれた点滴と輸血を見て目を細めて首を傾げる。普通の部屋に眠っていたはずなのにいつの間にか薬臭い医務室のような場所に寝かせられている。
「……」
人の気配はまるでない。
動いて大丈夫なものかと思いながらスリッパに足を突っ込んで、ベッドの端に腰掛けるように座り右胸の傷に触れた。だいぶ痛みはない。
そっとため息をついて、勇介は立ち上がって点滴台を杖のようにして歩き出した。足取りも悪くない。扉を開けて辺りを見回す。
「ユウ! 大丈夫なの?」
悲鳴じみた声に振り返ると、真っ青な顔をしたミヤビが駆け寄ってきた。
「ミヤビさん。ここは?」
「東支部と本部の合同支部よ。あの後二日寝ていたのよ」
「……そりゃ、お手数をおかけしました。そんなに寝てたんだ……」
うなじに手をやってそっぽを向くと、ミヤビは深くため息をついて力が抜けたようにへたり込んだ。
「ミヤビさん?」
とっさのことで支えられずに驚いて、しゃがんでミヤビをのぞき込む。
「ごめん、ちょっと気が抜けて……」
「大丈夫ですか? 顔色悪いですよ?」
「大丈夫。今はそんなこと言ってられないから」
そういって立ち上がったミヤビはそっとため息をついて、勇介に手を貸して立ち上がらせた。
「ユウ、無理はだめよ」
「大丈夫ですよ。やっと体が軽くなって……」
「そうなの? とりあえず、ヨウの所に行こうか。今、食堂でアタエとご飯食べてるから」
「へえ? アタエさんと?」
「うん、あの二人、意外にできてるからね。ま、アタエが怪我しまくってた頃があったから」
「けがを?」
「ええ。最近前線に復帰しつつあるけど、あれでも後方支援の主任なのよ。時期を見て北支部の支部長にと思ってたんだけど、いろいろあったからねえ」
廊下を歩きながらいうミヤビに勇介はとりあえず相槌を打っていると、ふとミヤビの後ろに影が見えた。
はっと振り返り、ナイフを持った人間がミヤビに振り下ろそうとしているのを見て、左手にあった点滴台の支柱を右手に持ってミヤビの後ろに突き出していた。
足の部分がちょうどさすまたのように男の腰に当たって、一瞬ひるむ。
「ミヤビ、行け!」
何が起こったのかわかっていないミヤビが呆然としているのを見て、勇介が怒鳴っていた。
完全に無力化したとは言えない男が、ひるみながらも向かってきたのをみて、すぐに腕を反転させて点滴パックがつるされている頭の部分でぶんなぐると、それはよけられた。
「てめえ、だれの味方だ」
「……」
ミヤビは走ってどこかに行くのを横目で見ながら、どすの利いた声に目を細めた。
「誰のって、どういうことだ?」
腹をくくって低い声をだし左手についたままの点滴の針を抜いて、点滴パックから引き抜く。振り回した時に針が変なところに刺さらないための配慮だ。細い管が、タイル張りの床をぴしりと打った。
「ミヤビは敵か?」
「あたりまえだ。俺たちの……」
「クロートーの敵なのか?」
点滴台を下段に構えながらじりじりと間合いを取っていく。遠くからばたばたとする音が聞こえたが、何も言わずに勇介は静かに表情を消した。
「東支部の誰かと見受けるが?」
「てめえは何なんだよ? 新人のくせに生意気だぞ?」
「自分の所属する組織の上層部を守ろうとするのは組織の一員として当たり前のことだと思いますが?」
その言葉に男はとびかかってきた。
体が思ったより軽いことに驚きながらも、勇介はよけることなく踏み込んで間合いをずらして点滴台の突きを見舞う。息を詰まらす彼に更に追撃をと、さらに踏み込んで片手で一発ぶんなぐって足を止めた。
「なんなんだよ、お前らは……」
無力化に成功して思わずぼやいていると、ぞろぞろと仲間が出てきた。どれもナイフを持っている。
「……」
点滴台を邪魔にならない位置まで投げて腰を落として構える。病み上がりでどれぐらい動けるか。一瞬傷のことを考えたがやめた。直接傷に喰らわなければ大丈夫だろう。
先陣を切って襲い掛かってきた男の手首を極めてナイフを落とさせると、体勢を立て直す暇も与えずに引き寄せて、膝を腹に叩き込み、頭を掴んで仲間の元に突き飛ばす。
ひるんだすきにとびかかって手あたり次第ナイフを落とさせて殴る、投げる、蹴る、など乱戦になりながらも片っ端から片づけていった。
「暴れたりねえ奴は起き上がってこい。俺が相手してやる」
胸の傷を押さえてため息をついて、振り払うように腕を振ってなおも起き上がろうとしている男の頭を掴んで上向かせる。
「なめ腐ってんじゃねえぞ、チキン野郎。新人がなんなんだよ。てめえら、どうせイサムのケツを追っかけまわしてるだけだろ? だから、病み上がりのド新人に負けんだよ、ヴァーカ」




