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4-4

 そして、勇介が意識の浮上を感じて目蓋を開くと、人の肌が見えた。頬に触れるのはぬくもり。体は振動を感じている。

 状況がいまいち理解できずに頭を持ち上げて少しだけ目を動かしてみても、まだわからなかった。

「ユウ、気が付いたか?」

 前から聞こえてきた声はユイだろう。顔を動かしたことでこちらが意識を取り戻したことに気付いたらしい。

「ユイ、さん?」

 かすれた声に驚きながらも、だらんと伸びた手でユイの肩を掴んで体を起こす。どうやら背負われていたようだった。

「傷に響いたらすまんな。ちょっとまずい状態になってる」

「まずい? どういう?」

「お前が寝っこけてる間に国軍の襲撃を受けたんだ。絶賛退避中」

「え?」

 走るユイとすれ違う人たちは見たことのない顔ぶれ。

「ここは東支部。お前が胸打ち抜かれたから、近くの支部に駆け込んでお前の状態の回復を待っていた。そしたら、狙いすましたようにこっちに国軍が回ってきた。まあ、お前が打ち抜かれてから一週間。すぐ来なかっただけまだましだった」

 そう語りながらユイは走って車庫に入り後ろのハッチが開けられていた装甲車に乗り込んで勇介を下した。

「とりあえず、お前はあてにしてないから寝てて大丈夫だ。五島から食事制限も何も出てない。飲み物はここに置いとく。勝手に食え。点滴の管はむしりとるなよ。五島に怒られる」

 短く告げられる言葉に混乱しながらもうなずいて、じゃあ、と背中を向けるユイを何も言えないで見送ってしまった。

「……、なにが?」

「裏切り者の情報をもとに支部の場所を特定されたらしい。三日前は北支部がやられて、南と本部と北の合同支部になっている。無事なのは東だけ。東も今、襲撃を受けて、退避しているところだ」

 お守り役だろうか。温度の低そうな黒ずくめの男が勇介の隣に座って視線を合わせずにただ前を向いて低い声で呟く。

「落ち着け。ユイは前線の指揮に行ったんだろう。ミヤビはとっくに本部と合流した南支部に行った。お前さえ無事に退避させれば東支部は楽にできる」

「……」

 まだ、ぼんやりする頭でそれを整理して、とりあえずおとなしくしていればいい、と判断を下してうなずいた。

近くに置かれた水筒を取ってふたを開けて、中は水ではなかったらしい、経口補水液を飲む。それから、ほとんど液状の粥を腹に流し込んでようやく人心地ついた。

「最後の晩餐かもな」

「拷問でなにも食えない状態よりましです」

 次に体の状態を確認してみる。

痛みはまだあるが、起きる前よりましだった。胸の傷はまだ痛む。歩けるが走れるほどじゃない。

「とりあえず、着替えるか? 装備を身に着けていても別にいいだろう」

「ええ、装備はそっちに?」

「ああ」

 立たない足を無理やり立たせると、頭痛とめまいが襲ってきた。目を閉じうつむいてそれをやり過ごし歩き出す。意外に平気そうだった。

「……」

 立って着替え、タクティカルベストなどの装備に着替えた勇介を見て、隣にいた男は感心したように鼻を鳴らす。

そして、勇介が元いた場所に戻ってしばらくすると、二、三人乗り込んで扉は閉められ、車が動き出した。

 戦闘がないならいいだろうと壁に体を預けて目を閉じていると、ひそひそ声が聞こえた。

「あいつ、確か運ばれてきた新人だよな」

「かわいそうにな、どうせ本部の連中にこき使われてあのざまなんだろうぜ。まったく」

「イサムさえいればなあ……」

 そういって彼らはおしゃべりをしている。勇介は目を閉じたまま眉を寄せていると、隣からわざとらしい深いため息が聞こえた。

「いつまでくだらない話をしている。けが人も装備を整えるぐらいの覚悟をしているんだ。お前らも見習え」

 隣の男が気だるそうな口調で言って勇介を小さく小突いた。

「お前は動けるのか?」

「戦力としては考えない方がいいでしょう。ユイの背で起きたばかりです」

 なるべく声につらさをにじませないように淡々とした口調で報告すると、男は満足そうに小さく目元を緩ませて、すぐに目を閉じた。

「だとよ、バカども。あてにできねえてめえらがあてにならなきゃならない状態だ。腹くくれ」

 彼は一目置かれている存在らしい。息をのんだ彼らに勇介はめまいが静まるように目を閉じていた。

「俺は前線でやっている」

 静かに呟いてアサルトライフルを手繰り寄せて抱えた彼を勇介は目を開けて見た。

「お前はどうなんだ?」

「適正はCQB。前線でいろいろやらかしてます」

 だるさを表に出した声に男は口の端を小さくゆがめた。

「たとえば?」

「たとえば、ですか……? ……個人相手に榴弾飛ばしたり? ですかね」

「やるな。俺は、ナイフで小隊潰した」

「ああ、それなら俺も……。遊撃して、小隊潰しましたよ。サイレントキル……。得意なんですよ」

「特務向きだな」

「特務の暗殺に配属されるはずでしたよ……」

 おそらく寝かせないための会話なのだろう。うっとおしく思いながらも適当に答えていると、がん、と強い衝撃が横に走った。

「なんだ……っ!」

「追撃されているのかもしれん。機動がないから、俺たちは缶詰だ。最悪、俺たちがひきつけてけが人に国軍の目が行かないようにする」

「ええ? まじっすか?」

「お前らよりずっと使えるやつだわ。お前らが死ね」

 静かに呟いた男は立ち上がって勇介の脇に拳銃とナイフを投げてよこした。

「それだけ持ってろ。もしかしたら、横に倒されるかもしれない。どこかに捕まって」

 指示に従って近くの取っ手にかじりつくように捕まると、すぐに、その言葉通りに横倒しになった。がくんと腕にかかった力に顔をこわばらせて思わず手を放してしまった。

「わっとっ!」

 向かい側の男たちの上に落ちたらしいが、そのころには勇介は気を失っていた。

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