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英雄カメラマンのホロサイト  作者: 霜月美由梨
一章:すべての終わり
5/101

1-4

「兄貴が失踪して、いじめられたんだろ」

「ええ。そうですね」

 なにもかも言い当てる彼に感心しながらうなずいた。

「まあ、性格悪いのたくさんいるからな、国軍は。で、ここが食堂。で、今回、キミにあてがわれる部屋は、ここだ」

 そういいながら食堂を素通りして長い廊下を歩いていき、扉を七つほど素通りしたところだった。

「隣がオレとミヤビ、正面が、我がレジスタンスきってのエロ本屋と名高いアタエっていうおっさんで、困ったことがあったら左右正面どこに飛び込んでも大丈夫だ」

 ほかに紹介の仕方がないのだろうかと困っているとユイはにやりと笑ってアタエの部屋の扉を開いた。

「十八禁の暖簾はないが、わかるだろ?」

 ちいさな入り口から見えた世界は妖しいものでした。

 そんな、実況中継風に思いながらうなずいて、ふっと吹きだしてしまった。

「年、いくつ?」

「え?」

「まだ、ガキだろ? おじさんたち、いろんな悪いこと教えてやるから、覚悟しとけよ」

 ぽんぽんと頭を軽く叩いて笑ったユイに勇介は顔を引きつらせながら、さっそく助けがないかと目を泳がせた。

「ま、後で、だな。いらない荷物、フィルムとかだな、置いてきな。そしたら食堂の撮影に入って、飯食うぞ」

「はい」

 勇介は指された部屋に入って一度息を止めた。

「……ここは?」

 整理の行き届いた部屋。

 パイプベッドと机と、いくつかの兵本。古びたアサルトスーツと、さびているであろうナイフがほこりをかぶっている。

「……」

 足を忍ばせて机に向かって本を手にとって、表題を確かめる。

「……っ」

 これは、国防軍の青年科、つまり、旧防衛大学の生徒が使うテキストだった。見覚えのある、表紙と、ふわりと香る懐かしい匂いに、裏表紙を開こうとしていた。

「ゆーすけー、早く行きたいんだが?」

 ノックされてハッと気付くと、本を机に捨て置いて、慌ててフィルムとデジカメを無造作に置く。

「すいません、お待たせしました」

 扉から出てユイを覗きこむとちらりと中を見て、肩をすくめた。

「この部屋の前の持ち主の話はまた今度な。絶対、ミヤビには振るなよ」

 初めて聞いたユイの低い声に顔を上げて、うなずいていた。

 そして、通された食堂には、たくさんの人がいた。

「……こんなに?」

「ああ。このレジスタンスは大所帯でな、詳しいことはいえないが、いくつかの支部がある。なかでもここは本部、として扱われているが、人数はいないほうだな」

「これでも?」

 ざっと百人は超えているだろう。それも屈強な男達ばかり。

「むさっくるしい連中だが、ま、悪い奴はいないな」

 角が邪魔にならないから角から撮影しなといったユイの言葉に従って、カメラを構えてシャッターを切った。

「なんだ、なんだ? 撮影かー?」

「おい、邪魔すんな。ありのままのお前らを撮ってもらうんだからよ」

「えー、撮影すんだったらこの格好やばい」

 と逃げ出した隊員の格好は確かに、出版するに忍びない格好だった。まあ、と思いながら逃げ出す隊員を片隅にとらえてシャッターを切った。

「うわ、鬼畜」

「使うか否かはオレが決めることじゃないですから」

 肩をすくめて皮肉気に言った勇介は、ざっと見て望遠レンズをつけて食堂のおばちゃんと、仲良く会話する隊員を撮る。

「良い表情ですね」

「まあな。ここ、結構楽しいから。国軍よりずっといいぜ」

 明るい声で勇介に言ったユイは、ふと食堂に入ってきた一際背が高く体格の良い大男に手をやって合図を送る。

 視界の片隅でそれを見て、勇介は気にしない振りをしながら観察していた。

 年のころは四十ぐらい、壮年と中年の境目だろう。

 日焼けした体からは男臭さが滲み出しているようにも見え、どことなく熊のようだ、と思った。

「おう、アタエ。こいつ、カメラマン」

「そりゃ見りゃわかるよ。意外にひょろいな」

「まー、確かにな」

 勇介より背の高いユイよりアタエ、と呼ばれた男のほうが高い。

 おそらく、二メートル近いのではないかと、思いながら、シャッターを切る手を止めてカメラを下ろした。

「ン? 気が済んだか?」

「いや、あの……」

「あー自己紹介は良いよ。大体ユイから聞いている。俺とユイとミヤビはこの隊員の中じゃ結構な古株で真ん中にいるような人間だから、頼ってくれな、勇介」

「え?」

「さっきよっさんのところに行ってきたんだ。決算書を叩きつけてやった」

「どんな顔してた?」

「苦虫噛み潰したどころじゃない顔だな」

 くつくつと笑ってアタエはタバコの箱から直にくわえて吸いはじめた。そんな粗野な動作が様になっている。

「まー財政難だからなー。だから取材なんて受けたんだが」

「報酬ですか?」

「ああ。前払いで五百入れてもらったから、出版の連中にしてはかなり大盤振る舞いだな」

「その分の給料……」

 ぽそとつぶやいた勇介にユイが首をかしげる。

「当然危険手当とかでるだろ?」

「でませんよ、そんなもの」

 すこしすねたように言って勇介は夢中でカレーや肉をむさぼっている隊員をカメラに収めていく。

「なに、意外にブラック?」

「意外もなにも普通にブラックですよ。こういう扱いを受けて、何人の記者が国軍に殺されたことやら」

 オレが知っている限り、二十人は固いですね、とつぶやいて、ふと、二人が絶句していることに気付いて、手を止めた。

「なんですか?」

「いや、お前、なんで、そんな仕事請けたんだ?」

 心底不思議そうな声に、勇介は、はた、と思い出した。断ろうと思ったら断れた。路頭に迷うから断らなかった。ちがう。

「……なんででしょうかね。断るという選択肢が思いつかなかった?」

「……ただの馬鹿か」

「そうですね」

 ふっと目をそらして鼻で笑った勇介に、アタエが眉を寄せて、ユイが少し呆れた顔をした。

 あらかた写真に収め終わって、肩の力を抜いた勇介にユイはぽんと背中を軽く叩いて、おばちゃんたちを目で指す。

「さ、飯食いに行くぞ」

「はい」

 そういったユイに勇介はついて行って、特盛のカツカレーを平らげ、ミヤビ、アタエ、ユイの軽い会議をBGMにあたりを見ていた。

「明日、ゲリラ戦を仕掛ける。カメラはなし。指揮統制車の中でおとなしくしていてくれる?」

「……はい」

 レジスタンスの指示はすべて聞いておいて損はないだろう。

 うなずいて、ポケットに入れられるデジカメを入れておけば良いか、と心の中でつぶやいて、ユイに目を向け、うなずきかける。

 そのままユイに当てられた部屋に送ってもらい、その日の活動は終わった。

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