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「イサムはね、東支部の襲撃の際に私たち隊員を守るために手りゅう弾、グレネードを抱いたのよ。ただで殺されねえって言って、各地に仕掛けていたC4の起爆ボタン押して死んだけど。……本部と東支部の抗争中の出来事でね、今は一時休止状態になっているけど、でも……」
「でも?」
「東の連中と顔を合わせると、それを蒸し返されるのよ。それにその通りだから何にも言えなくて。……イサムを思い出すと、そういうことも思い出されて、ね」
あたしだけじゃなくて、本部の連中もつらいのよ、とつぶやいて悲しそうに笑った。
「ミヤビさんは、目の前で?」
「……遠目だけどね。あたしを退避させて、多分、どこかの記事を読んだことがあるのね。メットをかぶせて覆いかぶさって、爆発する直前に退避完了したばかりの、国軍に突入掛けられたばかりの東支部と、…これも事前にユイが埋めてたらしいんだけど外に埋めたC4を爆破させて。対国軍戦で、もっとも戦績を上げたんだけど……」
面を伏せたミヤビに、近くにいた隊員が肩を叩いて首を横に振った。ミヤビもうなずいて小さく笑う。
「そういうことがあったのよ。だから……後悔先立たずとは言わないけど、まだ、みんなに後悔が残ってるの」
「……そう、ですか」
初めて詳しく聞いた兄の最期にさすがにショックを隠し切れない。
だが、あの兄らしいと言える最後だと、素直に思った。
不意に、仲間を守って死んだ英雄としてはとても見れない。そう呟いた誰かの言葉が耳に残った。
「別に、英雄としてみなくてもいい」
「え?」
「……あの人に大事なのはより多くの仲間を助けることだったはずだ」
思い出した兄の顔に目を細めながら勇介はつぶやいていた。
「お前、知り合いなのか?」
「……あんまり詳しいことは言いたくないですけど、国軍時代に世話になってました」
これは本当。兄だから私生活でも世話になっていたが、今ここで明かすことはしなくていい。
「それだけを思ってあの人はそんな自爆めいたことをしたんでしょう。実際そうしていなければ、何人も死んでいた。自分がバカなことをしたってわかってますよ。オレだったら語り継いでもらいたいとも何とも思わない。自己満足に走って申し訳ないが、仲間がたくさん救えたならば致し方ない。そう思います」
一度そこで言葉を切って周りを見回す。
「故人をどうしようと生きている人たちの勝手ですが、それを美化することはただのバカのやることだと思うし、必要なのはただ弔う気持ちがあるかどうかじゃないですか?」
弔う、という言葉に周りの空気が変わった。勇介はミヤビをじっと見つめながらさらに言葉をつづける。
「無理に忘れようとしなくてもいい。その存在を無理に消さなくてもいい。拒絶ではなく、その出来事をも、その人らしいと受け入れることが大切だと思います。……オレだったらそうして欲しい。こんなごたごたしているんじゃ弔いもくそもないけど、思い出として思い出してもらいたい、と思いますが、どうですかね?」
あくまで自分がどう思うか。それだけで話してしまったが、悪いことは言っていないはずだ、とつぶやく。
しんと、だれもが考え込んでいるようだった。そんなに考え込むことでもない、と言おうとしたが、視界の片隅に何かが動いたのを見た。
「退避!」
口に出た言葉は指令だった。その鋭い口調に誰もが身をひるがえして車に乗り込む。
「ミヤビ!」
RPGを背負っているからか。ミヤビの動きが鈍かった。
勇介がすぐにフォローに回ってRPGをもって手を引く。
だが、すぐに包囲される。銃を突きつけられて、両手を上げざるを得ない。車は退避できずに焦ったようにこちらを見ている。
「ユウ……」
「大丈夫。オレに任せて」
輪の外に助け出そうと車が待機している。チイと目が合って頷く。
「国軍兵。聞け。オレが、レジスタンス『クロートー』の副チーフだ。彼女はただの報道カメラマン。道に迷っていたために保護をした」
「ユウ」
「ここは旧市街区じゃないから腕章はいらないよな? 彼女はあの車のクルーだ。逃がしてもいいか?」
「どこにその確証が……」
「彼女はカメラを持っている」
ミヤビが持っているデジカメを見せると、取り囲んでいる兵士が一歩下がる。
「それとも無実の報道陣を拿捕し、メディアと国民の批判のどちらとも買うか? 賢明な諸君の答えは決まっているな?」
腹に響くような声で言い切ると兵士が隊長らしい人の顔を見て、目で会話をしたようだった。
輪がすっと切れてミヤビが輪の外に連れていかれる。振り返ったミヤビは泣きそうな顔をしている。
ベストなどの装備を脱いで私服姿になった隊員がすかさずミヤビを迎えて、頭を下げて車に乗せる。それを見届けて両手を上げた。
「礼を言う」
「ずいぶんいい人なようだな? そちらは」
「無関係な一般市民を無差別に殺傷するような趣味は持ち合わせていない。装備を解除して君たちについていこう。脱がせてくれ」
持っていたすべての武器防具を脱がせてもらい、隅々までなにも持っていないことを確認されて狭い車内に押し込まれる。
「……勇介」
隊長らしき人が勇介の隣に座って小さく呼びかける。
メットは外していないが、声に聞き覚えがある。視線で応じると、彼はため息交じりに呟いた。
「逃げたのに結局飛び込むのか?」
「……守りたいから、ね」
ポツリとつぶやいて口の端を小さく上げた。
それを見てか、彼は、栄吉はそれ以上何も言わなかった。




