2-4
「お前はさ、見たくないか?」
鼻をかいたユイはふっと勇介に目を向けた後に、青い空に目を向けた。
「失われてしまったハジマリを」
その言葉にユイを見ると空を見上げて笑っていた。
晴れ晴れとしたその顔に勇介は首を傾げ、そして、手に持ったバンダナに目を向けた。
「俺たちは、その失われてしまったハジマリに続く未来をつかむために戦っている」
ユイは振り向いて勇介を見る。
その瞳はいつになく鋭いものだった。
まるで、戦場で獲物を狙っているような、真剣なものだった。
「お前は、ここで降りるか? ハジマリを見ないまま、ここで降りて、みじめに死んでいくか?」
ユイが一歩勇介に近づく。
自然と後じ去る。
ほとんど無意識だった。
「何も知らないまま、兄貴の残してくれた本も、知識も、なにもかも放り出して、死ぬか?」
砂を踏む音と、足をする音。
二人はじりじりと後ろに移動していく。
「それとも、腹くくって、俺たちについてきて、生きる意味を探し出して、生きるか?」
ぴたりと足を止めたユイに勇介も足を止めた。
そして、まっすぐとユイを見る。
「やろうともしないで、しっぽ巻いて穴倉に帰って、犬どもに食い殺されるか? それとも、今、手に入れかけた仲間を守るか」
「仲間?」
「ああ」
ユイがふっと笑って勇介に手を伸ばす。
伸ばしたまま、勇介の目を見つめる。
「このレジスタンスに入った、つまり、お前はここの一員。つまり俺たちの仲間だ。だから、俺もお前も仲間同士、だろ?」
しっかりとした言葉に勇介は目を見開いた。
そんな勇介を見てユイは優しい表情に顔を緩めた。
「俺たちを守り、そして、俺たちに守られて、かつての友をも蹴散らして、生き抜いて、なくしちまった自由を手に入れたくないか?」
政治犯になった以上、かつての友と再び生きていくことは不可能。
組織に入った以上、命令があればそれをも殺す覚悟が必要。
だが、目的が達成されれば――。
不意に、栄吉の泣きそうな顔が浮かんだ。
そういえば、幼馴染だけど、あんな顔を見たのは初めてだ、と場違いながら思った。
目を閉じて深くため息をつく。
畳みかけるようにユイの声が聞こえた。
「なにより、お前は、今を裏切れるか?」
その言葉に、はっと顔を上げた。
何かに気付いたような、そんな驚いたような顔をしている勇介にユイは満足げにうなずいた。
「今?」
「そう、自ら作り上げた今を、お前は裏切れるか? 上司が逃げろって言ってくれたことも、お前が逃げられるように、部隊の動きが鈍るようにあえて指示を出さなかった親父さんも、……勇一の残した痕跡も、お前の今を作るためのものだ。それを、お前は裏切ってまで、無意味な死を選べるか?」
その言葉に、勇介の表情が力の抜けたものになった。
どこか間抜けにも見えるその表情に、ユイはふっと目元を緩ませてその頭をわしわしと撫でた。
「気づけたならばそれでいい。せいぜい、今を裏切らないように、生きればいい」
こくんと素直にうなずいた勇介の顔をのぞき込んで、さ、帰ろうかと、中に案内した。
「ユイ」
「お前は、俺に用はないだろう」
頭が冷えたらしいミヤビが、アタエと一緒にいた。
古株二人は若者二人の保護者役らしい。
そう目と目で会話して苦笑しあった二人は、互いに担当した子供の頭を軽くたたいてから、消えた。
「さっきはごめん。頭に血、上りすぎた」
ぶっきらぼうなミヤビの言葉に、勇介は少しだけ楽になった気持ちでふっと笑った。
「いえ、オレのほうこそすいませんでした。オレの認識不足でした」
軽く頭を下げると、ミヤビが肩に手を伸ばしてそっと触れてきた。
「もう、あんなことは言わないで」
ポツリと漏れた言葉に顔を上げると、頭半分低いところにある顔が泣きそうな顔をしていた。
「ミヤビさん?」
「……もう、隊員が自殺に行くような戦場を見たくないの。わかった?」
どんな顔をしていたのか、わかったのだろう。ミヤビはふっとため息をつくとくるりと背中を向けて本棟に入って行った。
そのあとを、一つため息をついた後に、追って行った。