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「まだ、なにもわかってないんだよ。お前は」
「え?」
「自分のできることも何も。それなのに、周りの大人たちは兄貴と同じものを持っているとして扱ってきて、勝手に失望されて……。ずっとそうだったんだろ?」
静かな言葉に、勇介はこくりと頷いた。
それが見えないとしてもユイはわかると思った。
「だから、戦う理由の持たずに青年課程に進んで、軽くやめちまった。本来、国防軍をやめるということはチームに穴をあけること。それを考えたら決心は鈍るはずだ。あっさりと辞めた隊員がいるのであれば、それはチームに溶け込めていない証拠。そんな隊員を作ってしまったチームは、もはや、戦場に出るチームではない。……勝手にサバゲーでもやってろ、と、言っていたな」
「え?」
「オレの上官だった人。部隊の中で戦犯を出しながらも処理率が異様に高かった。それは、そこまで隊員を見つめていたチームだから、成し遂げられた」
「そんな部隊が?」
「ああ。あったよ」
話がそれたな、とユイは振り返って、乾いた風に目を細め、そして、胸ポケットからサングラスをとってかける。
「生きる意味がないなら、戦う意味を見いだせ」
端的な言葉に首を傾げた。
サングラス越しにユイの目が笑ったのがわかった。
「戦う意味があれば、その意味を支えに生き延びようと、思う。ソースはオレな?」
そういうと、ユイは勇介から視線を外して、昼頃の強い日差しで照らされる荒野の灰色っぽい風景を見ていた。
「ユイさんが?」
「ああ。オレは生きたいとは思ってないが、生き延びる意味を二つ持っている」
「二つも?」
「ああ。入りたてのころに、今のお前と同じ、いや、もっとひどい状態にあった。自殺の可能性があるからほとんど軟禁状態、だったな」
「え?」
人にどんな過去があっても不思議ではない。
だが、享楽的な、と言ってもいいような雰囲気を身にまとって隊員たちとなじんでいるユイを見ても、そんな過去があったとは思えないだろう。
ユイはつま先で地面をこすってうつむいた。
「そんな俺に、あの人は、戦う意味をくれた。そして、そのあとに、生きる、生き伸びてやりたいことを見つけた。だれもが、このレジスタンスに入って、やる気に満ち溢れているというわけじゃないんだよ。ミヤビも重々承知だろう。あの子は焦りすぎている」
ため息交じりにいって肩をすくめたユイに勇介は荒野の先に目を向けた。
「勇介」
「はい?」
ユイがごそごそとポケットの中からきれいにたたまれたバンダナを取り出した。
「これ、なにに見える?」
ぱんと音を立てて広げられたバンダナは白地に黒い紋が染められていた。
「これは?」
「このレジスタンスに入った人間が、市街地戦などで出かけるときに身に着ける、ある種、マーカーのように使われるバンダナだよ。もうじきお前にも渡されるよ」
紋をじっと見つめて、首を傾げた。
「歯車?」
と漏れた勇介の言葉にユイがうなずいた。
「そう。歯車。だが、糸車にも見えないか?」
「糸車?」
「ああ」
見上げる勇介の視線を受け止めてユイが笑う。
その目に光るのはなつかしさだろうか。
「クロートー。このレジスタンスの名前にもなっているが、意味、分かるか?」
「いえ、英語、じゃないですよね?」
「……ああ。まあ、もしかしたら、英語読みなのかもしれないが、もとは、どっかの国の神様。多神教だから、ギリシアか」
「え?」
「運命をつかさどる神様でね。三人姉妹のうちの真ん中の一人」
「未来、現在、過去?」
「ああ。よく知ってるな。兄貴から聞いてたか?」
その言葉に押し黙る。
そのような落書きが部屋に残されていた本にあったのだった。
「まあいい。クロートーは現在を表す神様。糸の紡ぎ手ともいわれるな」
「糸の紡ぎ手?」
「そう。ギリシャの人たちはな、運命を糸として見たんだ。現在から未来へ糸をつむぐ、それが彼女の役割。そして、オレたち『クロートー』の一員は、その糸を巻き取るための、望む未来に続く糸を手繰るための糸車。そして、現在を動かすための歯車」
本当はこのレジスタンスに入る時に話す、殺し文句なんだがな、と言ってユイはバンダナを勇介に押し付けて照れくさそうに鼻をかいた。