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英雄カメラマンのホロサイト  作者: 霜月美由梨
一章:すべての終わり
2/101

1-1

「潜入取材ですか?」

 紙とインクの匂いが立ち込めるとある薄暗い事務所の中、胡乱気な声が響いた。

 周りは、紙と写真に埋もれた机にかじりつくようにして、なにかを書き上げ、貼り付けている。

「ああ。そんな大層なもんじゃないがな、レジスタンス側からの写真を撮ってもらいたい」

「……それって」

「国に見つかったらまずいんだ。だから、あっちに出来る限りまぎれて、なおかつ写真を撮ってもらいたいんだ」

 従軍経験者だ、それぐらいできるだろう? と無茶を言われる形になった彼は、ため息をついて、目を伏せた。

 断れば、また、路頭をさまようことになる。

「わかりました。それで? レジスタンスは?」

「クロートーというそうだ。明後日に迎えが来る」

「迎えですか? 結構扱いは良いですね」

「アジトは教えたくないから車内ではアイマスク着用をしてもらうみたいだが」

「……そりゃ、仕方ないな」

 そうぼやいて、うなずいた彼はきびすを返した。

「勇介」

「なんですか?」

「……へまはやらかすなよ」

 彼、勇介は首をかしげてああ、と暗い笑みを浮かべた。

「ここから政治犯は出したくないですよね。大丈夫ですよ。そんなへまはしませんよ」

 肩をすくめて、取材に行ってきます、と言い残すと、整理の行き届いたデスクからカメラとポーチを手にとって首からかけて部屋から出て行った。

「……なんなんですかね、あいつ」

 デスクにかじりついていた一人が顔を上げて、勇介が出て行った扉を差して嫌な顔をした。

「さあな。ひねくれたやつなのか、そうじゃないのか」

 この会社に就職してから、陰のある表情しか浮かべない勇介の評判はすこぶる悪かった。

 仕事は完璧にこなすが言葉が少なくて何を考えているか分からない。

 肩をすくめて、このデスクのチーフである日焼けた肌にヤニだらけの歯が醸し出す享楽的な雰囲気が親しみやすいと評判の中年男性は苦虫を噛み潰したような顔をした。


「ただいま」

 取材の合間を縫って、勇介は昼ごはんを食べに実家に帰っていた。

「仕事は?」

「取材だから、別に大丈夫。お昼食べに来た」

 ふと笑って見せた勇介に、姿を見せた母は仕方ないな、という表情をして部屋に上げると、簡単にご飯を作り出した。

「どう? 順調?」

「うん。大丈夫」

 うどんをすすりながらうなずいた勇介に母は笑って家事をまた始めた。

「今度父さんが帰ってくるときに、かえって来るんだよ?」

「いや、明後日からいろいろ忙しくなるんだ。しばらくこの町に帰って来れない」

 はふはふとしながらうどんをすすり、汁を飲み、一緒に出された菜っ葉のおひたしを食べてちらりと椅子においたカメラを見た。

 妹がいなくなり、兄さえも姿を消して二年。二十歳になった勇介は、先ほどの通り、報道カメラマンとして生計を立てていた。

 立派に親元を離れて、一人暮らしをしているが、父が戻らない実家を守る母を思いやってたまにこうやって帰ってきている。

「何するの?」

 めったに仕事のことを聞かない母が珍しく振り返って疑うような目を向けてきた。

「……秘密。父さんよりは危なくない仕事だよ」

 そういった勇介はうどんを全て食べて、汁を飲み干して、立ち上がりながら菜っ葉を平らげておいしかった、といって、逃げるように家をでた。

 軍の左官を務めている父がいる手前、レジスタンスに潜入取材なんて口が裂けてもいえない。

 実家の前に止めた車に乗り込んで向かったのは軍の本部正門。

 今、ここは報道陣が押しかけ、ちょっとした修羅場を作っている。

 昨今の世界規模の大規模ウイルス感染のせいで、人口が減り、なおかつ移民が増え治安が悪くなったこの国は、警察がかろうじて治安維持に努めている。

 しかし、警察の上に新たに建てられた国防軍の治安維持部隊が大半の活動を独占していた。

 大きくなりすぎた国防軍は次に標的にしたのは国だった。

 それはまるで、明治時代の再来。

 まだ、あそこまで酷い軍国主義にはなっていないが、それに近い状態がもう何年も続いている。

「おう、若いの。今日も死肉漁りか?」

 下卑た笑いを浮かべて片手を上げた同じ報道カメラマンの男を綺麗に無視して、部下が取っていた場所を引き継いでカメラを設置する。

「長澤さん」

「なんだ?」

 お昼食べにいっても良いですか、と丁寧に聞いてくる彼らにうなずいて、レンズを覗いた。

 その場には一人が残され、部下たちは昼ごはんを食べに行った。

 中には、そんな軍国から脱却しようとシュプレヒコールを挙げる人間もいたが、すぐに、国防軍に牢屋にぶち込まれた。

 いわゆる政治犯。

 もう半世紀以上前にこの国では廃れたはずの言葉が今更出てくるとはだれが思っているだろうか。

 そんなこんなで軍に言論を抑圧されるようになった国民は、普通の生産活動をしつつも、どこか暗い影を抱いていた。

「もうじき着ますね」

「うん」

 遠くから、装甲車がやってくる。乾いた砂を車輪にまとわりつかせて、本部のほうへ帰還する。

「……」

 今朝方派手に国防軍とやらかした政治犯の死体に撮りに着たのだった。

 望遠レンズをカメラに取り付けて目を細める。

 棺なんてしゃれたものにはいれない。

 引き回しているか、それか、やっていて袋につめて車の上か。

 今日は車の上らしい。

 不思議なシミが出来ている布袋を収めて、赤外線のセンサーを取り付けて、また写真を撮る。

「ありましたかー?」

「ん。まだ出来立てほやほやだね」

 そんな不謹慎な言葉を返して、勇介は目の前に来た戦車を見上げて眉を寄せた。

「栄ちゃん」

 ポツリとつぶやいた言葉に首をかしげて、一人だけ残った部下が勇介と同じように戦車の上を見る。

 上で警戒役にいたのは、丁度勇介と同じぐらいの兵士。

「お知り合いで?」

「……いや、見間違いだろ」

 肩をすくめてカメラに目をむけ、またシャッターを切る。

 それぞれ前、真ん中、後ろを撮って立ち上がった。その頃には部下が全て集まっていた。

「後は聞き込みなどをして置けよ」

「はい」

 そういうと、写真の現像を早めにするために本社に戻った。

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