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「よもや、そんなことを考えていたとはね」
背中を向けたままぽつりとミヤビが呟く。勇介は静かに息を吐いて苦笑して肩をそびやかした。
「まだ、だれにも見抜かれたことありませんよ」
死ぬのが嫌で兵士を撃ったのに、ここでミヤビの手にかかって死ぬのか、となんとなく自虐的な気持ちになった。
「このレジスタンスは大所帯よ」
「そうですね。オレが考えていたレジスタンスのイメージ、規模ですけど、全然違いました」
国防軍の実質統治に反発する人たちが寄せ集まったものがレジスタンスだ。それなりの規模があるグループもある。
だが、このレジスタンス、『クロートー』は、全員召集すれば、国防軍にも匹敵するぐらいの人間がいるだろうことが、よくわかった。支部が東西南北。本部は少数精鋭ということで、おそらくは支部は倍程度の人間がいるのだろうことがよく分かった。
「だから、人ひとりの命が軽い」
「……そうですね。弱い人間は淘汰されていく」
「だからこそ、自殺願望のある人間はここに入れないようにしている節もある」
「なぜ?」
「簡単に自爆するから。それによって、大多数の人間が危険にさらされることも多くある」
その理由に口を閉ざした。
ミヤビはため息をついて、また、銃に手を伸ばして振り返った。
「大多数のために少人数をつぶす、というわけですね」
「そう。そして、一人の自爆によって、芋ずる式に死人が出て、壊滅の危機に陥ったこともある。その危険をつぶすことぐらい、して当然でしょう?」
「そうですね。オレなんかいても、その危険を引き起こす原因になりかねない」
「イサムのように」
間髪入れない言葉を言う静かな声音に勇介は振り返ったミヤビの顔を見た。
自分より少し低い位置にある彼女のきれいな顔は能面のように表情がなかった。
「聞きました。オレの部屋は以前、イサムさんの部屋だったんですね」
「ええ、そう。彼は、優秀だった。入って一年も経ってないのに、この組織をまとめて、いずれはチーフに、総まとめにと望まれた人だった」
とつとつと話される内容とは裏腹にミヤビの目が据わっていく。
「私はあの人が守ったこの組織をだめにするわけにはいかない。だから……」
サイトを覗いて銃を構えるミヤビ。
一直線上に勇介の胸がある。
飛びつけばその銃口をはじくこともできる距離。勇介はあきらめたように笑って胸を向けた。
「なんで、兵士を殺して政治犯になったの?」
ミヤビが銃を構えながらポツリと言った。
その言葉に勇介はふっとうつむいて苦笑した。下には乾いた土。つま先でそれを擦って目を細めた。
「どうして、なんでしょうかね」
そういった勇介の声が絞り出すようなものだった。ミヤビは注意深く勇介を見て目を細める。
「死にたくなかった? いや、それだったら、別にここで殺されるわけにもいかないか。……自分でもわかりませんね」
そういってまっすぐミヤビを見た。
「どこに行ったってオレは中途半端なんですよ」
「そうやってあきらめて、自分にふたをしている」
「そうですね」
「物わかりがいいふりをして、思考停止している」
「そうです」
静かな指摘に勇介が素直にうなずいてすっと表情を緩め首をかしげた。
「それが、オレです」
「なににも本気になったことないのに、それがオレです、って私たちが受け入れられると思った? ふざけるのも大概にしなさい!」
威嚇射撃が足元に飛び散った。
音に体をびくりとさせたが、それ以上動くこともなく、勇介はミヤビを見ていた。
「いいわ、もう」
静かな声に、勇介は小さく笑って目を閉じた。遠くから銃声。
「わっ」
ミヤビのあせった声とともに飛び退る音。
目を開いてミヤビを見ると、建物のほうを見ている。
つられてみると、狙撃銃を立射の構えで持っていたユイがそこにいた。
乾いた風に吹かれる染められた銀色が様になっていた。
「お説教はそこまでだ。じゃれあうのもいい加減にしろよ、若造」
「じゃれあうってねえ」
「オレからしたらただのじゃれあいだ。ミヤビ、戻れ」
いつにない事務的な声に、ミヤビが舌打ちをして銃を下していつの間にか起こしていた撃鉄をそっと戻して長い髪をなびかせて足早に建物へ戻って行った。
「お前もあんまりふざけるなよ? 俺たちがお前をここに入る原因を作ってしまったが、ここに入るか否かは選択を迫られた、つまり、自己責任でここに入ったんだ。ここの足を引っ張るような言動は慎んでもらおうか」
静かに言われて目の前にユイが立つ。
見上げると、目を閉じていた。
「勇介」
「はい?」
「お前が政治犯になった理由は生きたかったからだ。違うか?」
その問いに勇介はふっと鼻で笑ってしまった。
「わかりませんよ。そんなの」
「理性的に見れば、そうかもしれないな」
ふざけるな、と言われることを覚悟で言った言葉に返された声は、そんなものだった。
「だがな、無意識でそれを選んだんだ。生きることを。その無意識の選択を無駄にしちゃいけないよ」
ふっと笑って見下ろすユイの色素の薄い瞳を見返してから、目をそらした。
そのまっすぐな視線が妙に痛かった。
「確かに、新人のお前をいきなり戦場に連れてって無理を強いているというのは組織として認める。だがな、それほどに、この組織は切羽詰まっていて、そして、お前に期待を寄せているんだ」
それでも、期待を裏切るのが自分だと言いかけて口を閉ざした。
ユイはくるりと背中を向けて足元を見たようだった。