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ちょっとした小咄
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結果的に、勇介はクロートーに入ることになった。
「勇介」
「はい」
車庫の片隅、勇介はバケツを二つ持って、あっちに行ったりこっちに着たりと大忙しだった。
「水汲み係いるだけで結構楽だな」
「まあ、重労働だからなー」
昨今のカーチェイスで汚れに汚れた装甲車、サイドカー、乗用車の洗車中だった。
あの後、勇介は良哉の部屋に行って身元を引き取ると言われて、それを受け入れたのだった。それから正式に入隊して、内に外に雑用係としてこき使われていた。
「にしても音、上げねえな?」
そんな先輩の声を聴きながら勇介は、バケツを車の横に置いて、汚い水が入ったバケツを持って水場へ向かう。
「替わるよ、少し休んで、飯でも食ってけ」
「……はい」
とにかく、勇介は従順だった。
自分から意見を言うことはなく、口を開くときは、はい、か、いいえ。
「勇介」
「なんですか?」
「お前はここに来たこと、後悔しているか?」
交代を申し出てくれたユイが不意に聞いてきた。人よりずっと色素の薄い瞳が勇介を見つめる。
勇介はその言葉に首を傾げた。
「その様子じゃ、考えたことなかったみたいだな。なら、別にいいんだけどな」
「……後悔なんてしてませんよ。ここで平和ではなくとも、飯の保証はあるんだから」
しかもカメラマンじゃこんな平和な光景なんて拝めませんからね。と目で差したのは、車を洗うために半裸ではしゃいでいる男たちの姿だった。
「お前、あいつらのために水汲みしてたのか」
「まあ」
苦笑交じりに言うとユイは深くため息をついてきれいな水が入ったバケツを持ってうなずきかけた。
「さ、行けよ」
うなずき返して車庫を出ると、すぐにユイの怒声と、はしゃいでいた男たちの悲鳴が上がった。
「まったく、ミヤビ嬢も何を考えているんだか」
そんなひそめられた声に、勇介は我知らずに気配を殺して、近くにあった給湯室に身を隠していた。
廊下を行く男たちがいるらしい。
「あんな使えない新人を拾って、イサムの部屋の中に入れているなんてな。あんなの物置で十分だ」
辛辣な言葉にすっと勇介は目を細めた。
軍の中にいた時もよく聞いた言葉だった。兄と比べればでくの坊だと。
「ははは、よく言うな、お前も。まあ、たしかに、新人にしては使えねえな。カメラマンらしいが、あれはなあ」
彼らが言っているのは入ってすぐのこと。
血を見て、貧血を起こしてその場に倒れこんだのだった。
ただ、ストレスによって不眠気味の状態で戦場に出たためであって、血を見ても見なくてもあの時は倒れこんでしまっただろう。
だが、出来事だけを見ればそんな烙印を押されても仕方ない。
いつだって兵士、社会人はは体調不良を理由に仕事を休むことはできない。
「戦場カメラマンだったわけだから血なんて見慣れているなんて思ってたがそうでもなかったな」
本当にそうだったのかねえ、などと言いながら通り過ぎた彼らを何も言わずに放っておいていて、食堂にはいっていった。
先ほどの悪口が聞こえていたらしい入り口付近の席に座っていた隊員が目を丸くする。
「お前、さっきのきいてたのか」
「ばっちり」
適当に頼んでおいて少し不機嫌そうなのを装って一人でテーブルに着く。
「お前……」
「あの人たちが言っていることは全くの真実ですから。オレからはなにも言えません」
静かに言ってスープに口をつける。
唖然とした彼に視線を上げて首をかしげると、何か納得したようにうなずいた。
「まあ、正論じゃないが、真実ではある、か。悔しくないのか?」
「悔しいって思うこと自体、ずっと前に辞めてますから」
肩をすくめて勇介はご飯を食べ始める。
周りが遠巻きにして聞いているのがよくわかった。
「だから上達しないんだ」
「よく言われます」
「じゃあなぜ」
「どうでもいいじゃないですか」
低いつぶやきに口をつぐんだ先輩をまっすぐとみて、小さく笑った。
「どうせ、こんな役立たず、すぐに死ぬんです。構わないでください」
「生き延びたくないのか」
「他人に迷惑をかけてまで生き延びる価値のある命だとは思ってません」
きっぱりと告げて食事を終らせようとすると、後ろにミヤビがいた。
「どういうこと? それ」
それは地を這うような声だった。勇介は、手に持っていたトレーをテーブルに置いてミヤビを向き合った。
「拾ってくれたことには感謝します。でも……」
ちゃっと銃を構える音がして、瞬きをする。蛍光灯に照らし出されたのは黒光りする、という表現がよく似合うベレッタPX4。
「死にたがりは殺してやる。表に出ろ」
静かな声に、周りがざわめいた。勇介は銃口を見つめながらふっと肩の力を抜いた。
「わかりました。行きましょう」
ためらいもなく受け入れる勇介に、さらにざわめきが大きくなる。
銃をしまって、背中を向けたミヤビの後についていく。
「やばい、マジでやらかすぞ、だれか、……おい、ユイ呼んで来い!」
「早く!」
焦ったそんな声を背中で聞きながら食堂を後にして、本部の建物から出る。




