1-15
現像してからの写真はすべてデジカメで撮っていた。データを渡せばいい。
そう思いながら、ふと、殺風景な部屋を見ていた。
「大丈夫じゃないだろ」
低いつぶやきに勇介は頭を抱えてその場にうずくまった。
隣も仕事に出ているのだろう。物音一つもしない。
建物の近くを通る車やバイクの音は時に耳障りだった。
最悪の想定は、政治犯認定。
一か八かという処遇に勇介は床の板目を見ながら肩を抱いた。
これが父にばれたならば――。
「っく」
八つ当たり気味に隣の壁を殴って立ち上がる。
拳に走る痛みに頭が冷える。
逃げなければならない。
捨てずにいた装備をまとめて一つのリュックの中に突っ込む。
カメラと、フィルム、充電器と現像液を入れて、玄関をちらりと見る。
その時だった。
ピンポーンと、軽い音色があたりに響いた。
びくりと体をすくませて顔をこわばらせたまま、足音を殺しながらドアスコープをのぞき込む。
一枚隔てたところにいたのは、レジスタンスに潜入の辞令を出した、チーフだった。
「唐崎さん」
ドアチェーンをかけ、扉を開けると、憔悴し切った顔、目を血走らせて強い視線を向ける彼がそこにいた。
「お前、まずったな」
押し殺した声に、勇介の顔がこわばる。
「何のことですか?」
言われたようにとぼけてみせると、彼は、唐崎はヤニくさい息で言った。
「本社に国軍の審査と家宅捜索が入った。俺らの所にも来るから、支所の連中は逃げた。カギは空いているから大丈夫だな。お前に、指名が出ている。認定まで近いぞ」
「唐崎さん?」
まるで報告のような話に目を見開いていると、彼はにやりと笑った。
「もってけ」
ドアの隙間から渡されたのは簡易サバイバルキットだった。これがあれば野宿はできる。
「なんで」
「いいんだよ。きにすんな」
ほら、早くと促されて勇介は手を伸ばして受け取った。
そして、そのコンパクトな袋の中に不思議な硬さを持つものがあることに気付いて唐崎を見ていた。
「これ、どこで」
「とある筋から、ね」
笑った唐崎に勇介は深くため息をついてぐっと握りしめた。
「ありがとうございます」
「ああ、礼にはおよばんよ。ただ」
「ただ?」
「親父さんが悲しんでた」
その言葉にはっと顔を上げると、唐崎も何かを聞きつけたように横を向いて苦笑した。
「もう時間だな。ほら、出ろよ。準備はしてあるんだろ」
部屋をのぞいた唐崎にちらりとみられて勇介は眉を寄せた。
「勝手に見ないで下さいよ」
「ああすまん」
そんなやり取りは、もうできない。
勇介はぐっとケースを握った。
「勇介」
それを見てか、唐崎は少し黙って低く、しっかりとした声で呼んでいた。
「はい?」
「死ぬなよ」
はっとその言葉に唐崎を見ると、じゃ、と片手をあげて、家と家の間をかいくぐってその背中が消えていく。
「……っ」
奥歯をかみしめてにじんだ涙をかみ殺した勇介は、ケースをリュックにしまうと、古びたタクティカルブーツを玄関に出して足を突っ込んで外に出る。
勇介は唐崎が行った方向へ走っていく。
建物の隙間から見えるとおりは確かに国防軍の制服だらけで一台一台車を止めて検問をやっていた。
あの騒ぎだ。
こんな人ひとりがやっと通れるぐらいの隙間で何をやっても聞こえないだろう。
足跡をたどって、表通りに出る。それでも人っ子一人としていなかった。
「閉鎖されたか」
静かに呟いて勇介は人の気配がいない方向へ向かう。
寂れた町は、まるで旧市街のよう。
砂埃を含んだ風ががらんと広い道路を通り抜ける。
「……」
緊張しながらも勇介は右手をいつでも抜けるように開けていた。不思議と自然な動作だった。
人の気配がしない方しない方と歩いていると、公園に出る。見通しが良すぎる。
あたりを見回してふと、アタエにもらった紙を思い出した。
近くにいまや過去の遺物と成り果てている公衆電話ボックスがあった。




