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後ろを振り返れば一人しかいなかった。その意味を悟る前に、前から腕をつかまれた。
「はい、逮捕。さあ、お顔見せてね」
サーチライトを当てられ空いた手で遮る。
「あら、本命違いだわ。なんだ、カメラマン?」
乗りの軽い隊員は脅威がないと判断したのだろう、手を放して勇介の顔をのぞき込む。
「ね? 答えて。カメラマン? どうして逃げたの?」
軽い口調に、目の光は鋭い。
「金谷!」
「確保完了。一般人。たぶん、許可なしの子ネズミだね」
揶揄して笑った彼は、すらりとリボルバー、長い銃身が印象的なSAAを取り出して勇介の額に突き付けた。
「ということで、始末しましょうか?」
笑みを含んだ声。
勇介は突きつけられた銃身を見つめて隊員の顔を見る。
実に楽しそうだ。
人殺し慣れている。
「おい、また始末書書くことになるぞ」
「いやー慣れ慣れだし?」
「お前な。またどやされるだろうが。とばっちり食らうのは俺だぞ。ちゃんと尋問してからヤレよ」
突きつけられた銃口に勇介の頭は真っ白になっていた。
ただ、何が起こるのかがわかった。黙っていれば、頭が吹き飛ぶ。
そう思考が行ったとたん体が動いていた。
片腕で突きつけられた銃口を振り払って、一足で間合いを詰めて、喉を掌底で突く。
「ぐ」
「な」
おとなしかったカメラマンのいきなりの挙動に反応が遅れている。
息を詰まらせた隊員の銃を持った腕をひねって、腕を極め後ろに回って右足のものを引き抜く。
そして、メットの隙間を縫うように銃口をねじ込んで引き金を引いていた。
「金谷!」
叫んで手にあったアサルトライフルの引き金を絞った兵士の攻撃を近くにある壁に飛び込んでかわすと、銃声がやんだ瞬間を狙って飛び出し、自身も遮蔽物の陰に隠れようと移動する隊員の足を狙って引き金を絞る。
抑えられた銃声とともに、何かが崩れる音が朝焼けの影の中、響いた。
一条こぼれた鋭い光とともに勇介はゆらりと動いて、両足を撃たれて無様に倒れこんだ兵士のメットを蹴って引っぺがす。
「お前は、何者だっ」
普通カメラマンに下る人間は少年課程などで兵士に不適切と判断された、いうなれば、運動神経の鈍い連中だ。
それなのに、と言いたげな兵士に、勇介は無感動な目を返す。
痛みにひきつる声で言った彼に、勇介は何も言わずに腕を打ち抜く。
苦痛の声にもなにも表情を変えることなく、髪を引っ張って顔を上げさせて顎に銃を突きつけた。
「銃がいいか、ナイフがいいか」
静かな問いに男の声が途切れる。
ごり、と顎に銃口をねじ込んでわざとゆっくりと撃鉄を起こしてやる。
迫りくる死を実感させるために。
強く押し付けるとふるふると首を横に振る。そして、湧き上がる殺意に任せて引き金を引いていた。
いつのタイミングか、サプレッサーが外れていたらしい。
銃声とマズルフラッシュ、そして、飛び散る頭の中身と血のにおいにまかれながら、勇介は、その場に立ち尽くしていた。
「勇介!」
その銃声を聞きつけたのか、しばらくしてアタエがやってきた。
「けがは、ってお前……」
勇介の周辺に広がる惨状に言葉を失ったアタエは、我を失っているらしい勇介の肩をつかんで一発平手打ちをした。
「起きたか?」
失われていた焦点が戻ったのを見て、アタエがのぞき込むと勇介はポロリと手にしていた銃を落とした。
「俺、おれ……」
うろたえたようにそう呟いて後じ去った勇介を見てアタエは舌打ちをした。
「とりあえず、行くぞ。また見つかったらまずい」
細い勇介の腕をとって走り始めたアタエに、勇介は引きずられるようにして走らされる。
そして、旧市街地の外れ、閉鎖された旧街道沿いに行くと、サイドカーが止めてあった。
「アタエ!」
ミヤビの声にアタエが片手を上げる。それを見てかサイドカーがとろとろと近寄ってきた。
「勇介!」
返り血を浴びた勇介を見てミヤビが目を丸くした。
それを見てアタエは苦い表情をした。
「無傷だ。すまん、俺がしくったんだ」
「どういうこと」
アタエの説明に、サイドカーの単車部分に乗ってきたミヤビの眉間のしわが寄る。
「とりあえず血のりを洗って、服着替えて早く家に帰りなさい。それならまだ大丈夫かもしれないけど」
ちらりとアタエをにらむとアタエは気まずそうに眼をそらした。
勇介はまだ、自分の置かれた立場を理解できてないようで呆然としている。
「勇介?」
「あ。えと……?」
「理解できている? とりあえず、こちらで責任は持つわ。乗って」
「俺は」
「残れと言いたいけどユイがいまやりたい放題しているみたいだから、こっちで機関銃でももって隣に乗って。勇介はあたしの後ろ。いいね」
てきぱきした指示にアタエがうなずいて、呆けている勇介を単車の後ろに乗せる。
「調整は?」
「大丈夫だ。もとからしてある。この癖は……五島だな。ゲリラ行ってそのままだったのか」
「整理もする暇もなく来ちゃったんだもん。仕方ないでしょ」
勇介が黙って腰に手を回したのを確認して、ミヤビが蹴りを入れるようにしてエンジンをかけて走り出させた。
「勇介」
風を切る音の中、静かなミヤビの声はよく聞こえた。
「大丈夫」
その言葉に、勇介ははっとしてミヤビを見る。
つややかな髪からは石鹸のにおい。
そのいいにおいをかぎながら、勇介は現実感を取り戻していた。
そして、ミヤビにつれられるまま本部、と呼ばれていた建物とはまた別の建物に入れられて、風呂と着替えを貸してもらってアタエの運転する車で、町に戻っていた。
「すまなかったな」
そんな言葉になんとも言えずに勇介は深くため息をついてうなずいていた。
「何もないふうを装っていろ。それでもばれたら、俺たちに連絡をしてくれ。これを」
差し出された電話番号を書いた紙を受け取ったのを見て、アタエは帰って行った。