1-11
そして、最後の日。
今日は午後に表、つまり町に戻る予定だ。
「やばい、急襲だ!」
真夜中、そんなユイの声に叩き起こされた勇介は荷物を急いでまとめると、言われるがまま車に乗り込んでいた。
「今日中に返せるかどうかだな」
追っ手を振り切っているらしいユイがぼやく。
助手席にアタエが乗っていて、勇介だけが後部座席にちょこんと座っていた。
「フラッシュは絶対焚くなよ」
アタエの言葉にうなずいた勇介は、それでもカメラを手にシャッターチャンスをうかがっていた。
真夜中にライトもつけずに運転しているのだ。
当然石に乗り上げて大きく揺れ、時には、国軍に見つかりせっつかれることもあった。
「酔ってないか?」
「大丈夫です」
静かにうなずいて、闇に慣れた目でアタエを見る。
ふとアタエの横、すぐに何かが見えた
「アタエ伏せろ!」
ユイの怒号にさすがの反射神経というべきだろうか。
はじかれたように伏せたアタエのすぐ頭上を何かが掠めた。
「くそ、そっちに回ったか」
無線は振り切ったという連絡と交戦中という連絡が行き交っている。
アタエが伏せたまま無線に手をやって交戦中と報告を入れる。
勇介はというとカメラにナイトゴーグルと同じ原理を使った増幅器をつけてアタエを狙った国軍をとっていた。
「ベレッタM92ですね。9ミリです」
「片手うちなら命中率は低いな。ベレッタか。……長澤さんの部隊だな」
「父さんの?」
「ああ、そういえばそうだな。部隊でどんな銃を使うかはある程度自由になったんだ。長澤部隊は、ホルスターに一個はベレッタ使うように言われてた。あの人は確か、コルトガバメントだったが……。たぶん米軍で訓練の経験があるんだろう。とくに若いとき、だな」
「そうだな。コルトからのベレッタじゃまるで米軍だ」
「へえ」
コルトガバメントは確か45口径。
あの父がそんなものを使っているのかと思いながら、ふと、父が射撃をしている姿を一度も見たことがないことに気付いた。
兄は、訓練生の時に何度か射撃場で鉢合わせして、見せてもらったり見てもらったりしていた。
「あの人はまず、拳銃では外さない。イサムも確か近距離が得意だった。まあ、遠距離は壊滅的だったな」
左側についている兵士を軽くいなして、余裕そうにしているユイに勇介はカメラを手にしたままふむふむとうなずいていた。
「でも、兄さんは……」
「ああ、次期総帥とも言われていたから、そういう苦手だったとか情報は秘匿事項になっていたな。まあ、本人は開き直っていたな」
開き直る前に直せって怒られてたっけなと、笑ったユイはちらりと左側を気にした。
「静まったな。次は何が出てくるだろうか」
そうぼやいてアタエが何かをつけた。サーマルゴーグルをつけたようだった。
「おま、その顔笑える」
「うるせーな。周りにはいない。応援でも読んだから合流したんだろう」
「バイクにはGPSつけてないか」
「みたいだ。それか、機動だけで追っかけていたから地図が開けないか」
「バイザーはつけてなかったのか?」
そういてユイが勇介を見た。
ちらりと見られた勇介は話に振られたことを一拍遅れて気づいてカメラに目を落とす。
「つけてますよ」
どこかのSFのように、メットに視覚投影ができる薄型液晶が入っている。
一見普通のメットにも見えるが耳の所に小さくアンテナが立っている。
少しダサいそれを皮肉って、よく、国軍の中では子鬼メット、子鬼ちゃんと呼ばれていた。
「子鬼ちゃんですね」
そういうとユイがふふんと鼻を鳴らした。
「じゃあ、別に合流する必要ないんじゃないか?」
「一つだけだろ、離脱するのは」
「え?」
ユイはブレーキをいきなりかけてギアを入れなおして、バックで運転し始めた。
「正面に戦線を張ってる。それを邪魔しないために離脱した。やばいぞー、これ」
正面を向き直して楽しそうにユイがまたギアを入れて発進しはじめた。
「一定の所まで車が侵入してきたら集中砲火だな。スズメバチ殺法だ」
《ユイ!》
「ハーイ? 今日もいい声してるねーミヤビ嬢」
《っざけんな! 正面十二時で十時から二時までの方向に国軍が迫ってる。一キロもない》
「六時の方向にもいないかー?」
《っ、いる。はさまれる!》
「近くの旧市街に逃げるわ。迎えよろしくー」
そういってユイがちらりと車の後ろ荷台を見る。
「爆薬もたんまり積んであるし大丈夫だろ」
「おいおい、俺だけがクルーだったらなんともないが……」
「……あ、忘れてた」
ユイの心底まずそうな声に勇介は顔をひきつらせた。
「……んじゃ、これ捨てるわ。もてるだけ弾薬と爆薬もってこれ爆発させて自害したって思わせよう」
「うまくだまされてくれればいいが」
「着替えあるだろ。二つ一緒に置いておけばまあ、大丈夫だろ」
そういったユイは勇介に後ろにあった荷物を取らせて正面に見えた町に入っていく。
「飛び降りるぞー」
勇介にそういったアタエが減速し始めた車から飛び降りた。ユイも続く。
「ええ」
勇介はびっくりしながらカメラを手にしたまま、荷物を持って扉を開けて飛び降りた。
肩から落ちるようにしてごろごろと転がる。