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そして、基地について、起こされて、どこか重たい雰囲気の中、朝食をとった勇介は、部屋にこもって写真の現像を始めた。
アナログな方法だとバカにされるが、その分味のある写真が出来ると思っている。よく、新聞などの記事に使われるのだ。
「……」
乾燥の作業に移って一枚一枚つるして、部屋にこもる薬品のにおいに眉を寄せた。
と、ふと換気扇に目が行ってひもを引いた。
明らかに古い音を立てて回り始めた換気扇にため息をついて目を閉じた。
センセーショナルどころではない写真が取れていたのだった。
死の匂いが色濃く香るもの、といえば良いだろうか。
しぶく血の色がやけに生々しく、酷いものになっていた。
ひもから下がっている写真にちらりと目を向けて、あれらが使われることはあまりないだろうなと思いながら、椅子に腰掛けて、机にある本をぱらぱらとめくりはじめた。
「勇介」
呼び声に顔を上げて時計を見る。現像をしていたからだろうか。
時間がすぎるのが早い。
「はい」
おそらく昼食だろうと立ち上がると、膝から力抜けた。
慌てて机の縁をつかんで立ちくらみをこらえると、深呼吸をして下がった血をなだめて扉を開けた。
「飯、行くか?」
「ええ」
「アタエは気分悪いっつってるからな。お前も同じぐらい顔色悪いが……って、あれのせいか」
「……はい」
苦笑してうなずいてちらりと旗のようになっている写真を見る。
「後で見せてな」
「それは、まあ」
廊下に出てばたばたと忙しそうにしている隊員を見ながら歩いていく。
「なにかあったんですか?」
思わず聞いていた。その言葉にユイは驚いた顔をして、肩をすくめた。
「まあ、ぼちぼちな。お前のお世話があるからオレもあの忙しさから抜け出せているわけなんだが。他の連中はクソ忙しいから今日も部屋から出ないでくれ」
「……はい」
食堂に入ると、ほとんど誰もいなかった。
食堂のおばちゃんががらんとしたテーブルについてだべっている。
「おばちゃん、簡単なの二つ」
「あいよー」
外の騒がしさからすると平和的なやり取りに少し和んで、勇介はちらりとユイを見た。やはり、少し顔色が悪い。
「……アタエさんは、具合悪いわけじゃないですよね?」
思ったことを言ってみると、ユイがぎょっと勇介を見た。
その表情を珍しいなと思いながら問いかけるように見つめていると、ユイは降参だと言うように大げさに両手を挙げた。
「ああ。支部を国軍に突かれてちょっとまずいことになっててな、ミヤビははじめ、アタエとかは借り出されている」
「……」
顔をひきつらせた勇介にユイは肩を竦め返して、トレーを持ってきたおばちゃんに片手を上げて合図する。
「はい、お待ち」
二つトレーを持ってきたおばちゃんが勇介の隣に座る。
「取材の子だってね?」
「ああ。結構おとなしいから別にいやにはならないな」
「前の子は強烈だったからね」
顔をしかめるおばちゃんに、勇介が困っていると、ユイはうどんをすすりはじめる。
「いただきます」
簡単なのといったからだろうか、わかめうどんに少しだけほっとして勇介もすすりはじめる。
「良い子ねえ」
「ああ。少し、兵の知識もあるから使える使える。今日なんか、機動の解説してくれたよな?」
「いや、別に解説って」
「望遠レンズ覗いてスコーピオン言ったときはびっくりしたぜ?」
「あ……」
思わず言ってしまった言葉が墓穴を掘った。
困ったように頬を掻いた勇介を見て、おばちゃんが笑い始める。
「そりゃなによりじゃない。邪魔されるよりまだましよ」
「よっぽどましの間違いだ、おばちゃん」
笑った彼におばちゃんも笑い始める。
勇介は静かにうどんをすすり続けている。
「ユイ!」
「はいよー? 今飯ー」
「バカ言わないで! 手伝いなさい」
「……んー。仕方ないかな。勇介、部屋に戻っておくようにな」
「はい」
うなずいて、白衣を着た女性に連れて行かれたユイの背中を見送る。
「ヨウちゃんがユイくん呼びに来るとはねえ。よっぽどなわけか」
おばちゃんの言葉に首をかしげると、簡単な説明が入る。
ユイを呼びに来た彼女が、ここの医務室の主のヨウという女性で、一人で捌ききれなくなると、まず、アタエかミヤビを呼ぶらしい。
重傷者が出ると、五島やユイに助けを求める。
「じゃあ?」
「てことねえ。後で、ヨウちゃんに差し入れ持って行こうかしらね」
そうぼやくように言ったおばちゃんはうどんの皿を開けた勇介に、部屋でおとなしくしていなさいと言い残して、二人分のトレーを持って厨房へ消えていった。
その言葉に従って、部屋に戻ると、二度目の仮眠を取った。
その夜はユイが迎えに来ずに、アタエが忙しそうにしながらも送り迎えをした。
「明日は、もしかしたら部屋から出してやれなくなるかもしれない」
「……それだけやばいんですか?」
「……ああ」
風呂にも入っていないのだろう。
土に汚れた顔でそうつぶやくアタエに勇介は大変なときに来てしまったのだと、今更ながら思った。
「下手を打たなければ大丈夫だ。ここ落とされることは万に一つない」
きっぱりと断言するアタエに勇介はこくりとうなずいてふっと肩の力を抜いた。
「だから、お部屋でおとなしくしていてくれな?」
アタエの言葉にうなずいて、部屋に入る。
パタンとしまった扉をちらりと見やって目を閉じ、ベッドに倒れこんでいた。
それからの3日間、部屋から出してもらえず、ほとんど軟禁状態ですごした。
食堂でなじんだ何人かが、サボりに来た、と部屋を訪ねてはミヤビに見つかりたたき出されるということが何回もあったのが印象的だった。