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英雄カメラマンのホロサイト  作者: 霜月美由梨
六章:動き出す歯車
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6-18

「表に出ろ。打ち合いをしよう」

 打ち合い、つまり、ナイフだ。軍時代によく聞いた言葉だ。組手とも取ってもいいだろうが、この際の意味はナイフで殺し合おう。

 落ちたメットを拾って身に着けて横に並んで歩く。歩調を合わせて光に向かって。

 そして、埃っぽい空気から、外のすこし流れのある空気になって、充分に光が得られるところに移り、サーマルゴーグルを脱いで足元に置く。

 メットはつけたまま。顔を知られるわけにはいかない。

「……脱がないのか?」

 彼女はためらいなくメットを脱いでどこかに放り投げる。自分のはさっきの斬撃のおかげでバイザー部分にかすかに傷がついてる。

 諦めをつけるようにため息をついて、メットを脱ぐ。今の自分の顔つきなら、ばれないだろうか。

「……長澤、先輩?」

 かすかに目を見開いた彼女に、勇介は表情を作らず、目を伏せ、脱いだメットを蹴飛ばす。

 両手にナイフを持って構えを作る。

 父と兄は片手ナイフ片手銃だが、暗殺者仕込の勇介は両手にナイフがしっくりする構えだ。そして、この構えは学生時代から変わらない。

「……っ、お前!」

 跳ね上がる声と共に殺気が膨れ上がる。

「気づいたね、里美」

 静かな声音を作って勇介はただ静かに彼女を見る。

 怒りをあらわにする里美と対照的に、勇介の表情は冷静そのものだ。どちらが軍人か、と表情だけで言うのであれば、勇介の方がずっとらしかった。

 だが、しょせん財政難のレジスタンス。

 ミヤビの采配であまり目立った障害はないが、追剥めいたことをして寄せ集めた装備はボロボロだ。

「……栄ちゃんの仇!」

「殺してねえよ」

 さっきよりずっと荒い太刀筋を打ち返して肋骨に引っ掛けるようにフックを見舞う。これでは打ち合いにもなりやしない。

「でも、栄ちゃんは!」

「……命だけでも見逃してやっただけ、礼を言われてもおかしくないと思うけど?」

 少しも思っていないことを言いながら勇介は怒りに震える彼女に目を細める。

「それとも、この手で殺した方がよかった?」

 そうしたら、自分は、堕ちるだろう。

 いくら、アタエやユイがいるとはいえども、それだけは耐えきれないのだろう。今も腕を切り落とした感触が忘れられない。

「クソっ!」

 跳ね上がる声に、勇介はもはや足を動かすこともせずに腕だけで彼女の攻撃をいなしていた。一合、二合、いくつも続く斬撃はどれも単純で、目をつぶっていてもいなせる自信のあるほどのものだった。

「里美は俺のこと恨んでる?」

 息を弾ますこともなく、ただ、棒立ちになって勇介は、目の前で息を切らす彼女を見下ろす。

 いつの間に、自分はこんなに背を伸ばしたのだろうか。

 学生時代は同じぐらいの身長だったはずだな、と思いながら、もう頭一個分ぐらい違う彼女の目を見る。黒みがかった色をしている瞳は強い光を宿している。

「当たり前よ! 仲間がもう戦線復帰できないんだから!」

「そうか」

 自分と彼女の温度差に自分でも戸惑っていた。彼女が火ならば自分は氷だろうか。

「栄ちゃんに恨みを向けられるのだったらわかる」

 顔を狙う一閃を左手でいなす。

「お前に、そこまで恨まれる筋合いはないな」

 胸につきこまれるナイフを、手首をつかんで無理やり止めさせる。細い手首は力を籠めれば折れそうだ。

「栄ちゃん、なんて言ってた?」

「なによ」

「どうせ、里美のことだから、栄ちゃんの目の前で怒って見せたんでしょ? それはとても好ましいことだけれども、軍人として、公人として生きる立場の人間としてはふさわしくないふるまいだよ。大佐を思い出しなよ」

 静かに諭す口調を作る。彼女はしかりつけるよりずっとこっちの方が効く。

「大佐、息子を手にかけて、何か感情を見せた? 兄さんが死んで、悲しんだりしていた? 父さんだったら、大佐だったら、絶対そんな姿見せないはずだ」

「うるさい!」

 鋭い一閃。左手を交差させてそれをはじく。彼女の手からこぼれた刃がきんと高い音を立てて空高く舞い上がり、くるくると回転しながらどこかへ飛んでいく。

「よもや俺がなんとも思っていないと思っているのか?」

 捕まれた右手をどうにかして放そうと頑張っている里美を見ながら勇介は低くつぶやいた。

 その低さにか、声音の冷たさにか、彼女の動きがこわばった。

「……あいつが無事だって聞いて、安心した心は持っている」

「でも……っ」

「ああでもしなければ、栄ちゃんは俺を殺す。俺を殺したことで栄ちゃんが病むのは目に見えている。……自分の存在を買い被っているわけじゃないけど、少なくとも、栄ちゃんは同期が死ぬごとに悼む心を持てる人だって知ってるから」

 そう、かつて目の前で力及ばずして死んでしまった同期がいた。休職こそしなかったが、長く引きずっていたことを覚えている。

「栄ちゃんが気に病んで憔悴していく姿を見るか、それとも、腕切り落とされながらも再起を図り、励む姿をみるの、……その果てに俺との殺し合いが待っていようとも、そうする姿を見るのと、どっちがいい?」

 もう右手を振り払おうとはしない。ただ驚いた顔をして勇介を見ている。

「俺は、その間に、国軍とレジスタンスの抗争をなくせば、栄ちゃんとも、もちろん、お前とも、……父さんとも戦うこともやめられると思ったんだけどね。そのための時間稼ぎのつもりだったんだよ。……でも、やり方を、間違ってしまったね」

 途中強い口調で言いながらも、最後は落ちた声音になった。

「いや、それもただの後付の理由かな? ……胸を打ち抜いてくれた栄ちゃんに仕返しの気持ちも少しあったかもしれない」

「え?」

 目を見開いて、里美が勇介を見た。その驚きに満ちた目を見つめ返しながら、勇介は小さく苦笑した。

「やっぱり、知らなかった、かん口令が出てたのかもね。俺に関することは全部父さんがかん口令を引いてるみたいだ。……栄ちゃんに狙撃銃でやられて、右胸を貫通する重傷、一時重体まで行ったんだよ。それもあったから、吹っ切ってやったらあそこまでやっちまった。組織の人にも怒られたよ。なんであそこまでやったんだって……」

「……」

 右手からゆっくりと力が抜けていく。基本、わかってくれればいい人なのだ。彼女は。

「栄ちゃんが、先に?」

「そう。あのままじゃ、俺を殺しかねないと思ってね。栄ちゃんに恨まれても、殺されないやり方って、あれぐらいしか思いつかなかったんだ。一方的に、栄ちゃんをやったわけじゃ、……栄ちゃんを見限ったりしたわけじゃ、ないよ。平和になったら、まだ、友達でいたいと思うし、飲みに行きたいとも思うし」

 でも、まだそんな平和な時代は許されない。彼は自分を取り締まる立場にいる。

「だから、俺は、世界を変えたい。また、再び、お天道様の下を堂々と歩けるような身分になりたいからね」

 そうやって、今まで迷惑かけた人たちに、お礼と、謝罪をしたい。

 なんとなく形にならなかった言葉が、すんなりと、里美の前では出てきた。

「……」

「里美。もう、俺たちの仲間に囲まれているのはわかっているね」

「……ここに誘い込まれた時点で」

「……おとなしく着いてきてくれるかい? 基地に勾留したい」

「……」

 うなだれた、彼女に、勇介は片手を上げて、先ほどから様子をうかがっていた仲間に合図を出す。続けて彼女の手に手錠を、彼女が持っていたものをはめて、仲間が持ってきた機械で、盗聴器発信機の類を探知、そして、破壊していく。

「どおすんだ? あれ」

 そして、すべての処理が終わり、車に乗りこむ頃には里美の気配もしぼんだように小さくなっていた。

「本部に連行後、なにもなかったら、期日がくるまで、南に置こうかと思う」

「南ぃ? なんでだ? 知り合いなら本部に……」

「南に彼女の知り合いがいるから」

 静かに笑って、肩を落としている彼女を見やる。元気をなくした彼女に少しでも元気を出してもらいたい。たぶん彼女は、栄吉が勇介を先に撃ち殺そうとしたことにショックを受けているのだろう。

 彼女は仲間思いだ。

 仲間を害す人を決して許そうともしないし、裏切り者なんて、もってのほか。裏切りめいた行動をとった栄吉の行動が信じられないのかもしれない。

「ま、いろいろ考えてんだったらべつにいーけどな」

 能天気な仲間の声を聞きながら勇介は静かに笑ってシートに深くもたれかかった。

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