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英雄カメラマンのホロサイト  作者: 霜月美由梨
一章:すべての終わり
10/101

1-9

 体勢を崩す隊員と、うまく避ける隊員。

 人を引く瞬間にもシャッターを切ってしまった。でも、おそらくぶれて使い物にはならないだろう。

「容赦ねえな」

「それぐらいしないと良い写真とれないだろー。取材協力取材協力」

「お前、それ、自分が楽しいからやってるだけだろ」

「それもあるー」

 笑うユイにアタエはため息を漏らして、夢中でシャッターを切る勇介を見ていた。

「後ろどうだ?」

「あらかた片付いた。回収に向かえ」

 アタエの言葉にユイが速度を上げた。

 先ほどの政治犯認定されてしまった少年の横に車をつけて助手席の扉を開く。

 後ろを見て、少年がギアをニュートラルに入れて飛び乗ろうと運転席の扉を開いて体をこちらに向け、車の縁を蹴った瞬間だった。

「死ね!」

 ぐっと、後ろから迫ったバイクが飛び出した少年を引いた。

 その瞬間、カメラのシャッターを切る音がやけに大きく響いた。

「おい!」

 ユイがとっさにハンドルから手を離して、伸ばす。

 引かれた少年も手を伸ばすが、届くはずもなく、吹き飛ばされて闇の彼方へ消えていく。

「くそっ!」

 まさか、捨て身の攻撃をしてくるとは思わなかった。

 バランスを崩したバイクを避けて、倒れたバイクに乗っていた軍の兵士を引いて少年を探す。

「アタエ、ヨウに連絡だ」

「ミヤビ嬢経由にしてもらう」

 ユイがライトをハイにして、なおかつ下に向ける。

 白んできた荒野に差し込んだのは真っ赤な光。

「こんな朝にはおあつらえ向きなお天道様だ」

 アタエが唄うようにそういうと、無線機を手にとって、事の次第を説明する。

 そして、ユイが、彼を見つけて、息と体の状態を確認して、深くため息をついた。

「駄目だ。もう死んでいる。おそらく、半身の骨が砕けて、内臓もやっているだろう」

 その報告もミヤビに入れて、仲間になるはずだった少年を麻袋につめて車の荷台に上げると、そのままどこか、塚がたくさん出来ている場所へ向かい、簡単に穴を掘って葬った。

「ここが、政治犯の墓。俺らの仲間だった人間も多数葬られているし、それ以外の政治犯の骸もここに葬ってある」

 朝焼けに照らされる塚は、どこかひっそりとしていた。カメラで、真新しい塚から斜めに撮ろうとしたら、ひょいっとアタエに肩車された。

「こっちのほうが広く撮れるだろう。ずっと向こうまで、これが続いている」

 望遠をあえてかけずに真ん中に焦点を合わせて広大な土地に広がる塚を映し出す。

「ありがとうございます」

 そういって下ろしてもらって、塚に手を合わせた。

「……」

 それを見たアタエとユイがハッとした顔をして、ふっと同時に苦笑すると勇介に習って手を合わせた。

「こういう生活していると、こんなことも忘れちまうんだな」

「……ああ」

 ずっと手を合わせている勇介に手をかけながら、アタエとユイがポツリと話した。

 気が済んだ勇介が振り返ると、ユイは、帰るぞーといつもの調子で言う。

「……ここに、兄さんの墓が?」

「ああ」

 低い勇介の声にユイがうなずく。

「兄さん?」

 耳が良いらしいアタエが聞き返してくるのをユイに目を向けて首をかしげると、ユイが肩をすくめた。

「この子の名前は、長澤勇介。勇一、イサムの弟くんだ」

「え? お前が?」

「一応」

 確かに、あんなに優秀な兄がいるとこの出来損ないぶりが驚きだろう、と頬を掻くと不思議そう、というよりは感心したような顔をアタエがしていた。

「それで昨日のチャフか」

「そういうことだ。もう釘は刺したから大丈夫だろう。お前はぬかじゃないな?」

「たぶん」

 うなずいた勇介にアタエは首をかしげた。

「なんでヌカなんだ?」

「……」

「気にするな。慣用句に弱い、いや、頭自体ちょっと弱いところがある。辞書ひけ辞書」

「やだー」

 学生じゃないのになんで辞書なんて引かなきゃならないんだ、と怒鳴ったアタエに、ユイは両耳に指を入れて聞こえないアピールをした。

「さ、戻って、勇介は現像か?」

「……ええ」

 見返すには少し勇気がいるものの、撮ったものを現像してまとめなければならない。

「じゃあ、その後に飯な」

「ああ。俺は寝る」

「お前がおきててもあんまり役に立たないからな」

「悪かったな。馬鹿で」

「おう、自覚あるだけまだましだ。とっとと寝ろ」

 ユイの言葉にふてくされたアタエがシートにどっかりと体を預けて眠りはじめた。

「お前も朝早かったんだ。寝ろよ」

 その言葉に勇介は、素直にうなずいてアタエの隣で小さくなって眠った。

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