表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロマロマ  作者: Apple.T
2/2

THE WORLD-お前は間違っている-

「やあ諸君。絶望とはいかに甘美で、狂おしいものか分かったかね?」

玉座に座り尊大な態度で、階下に縛られた皇帝、三人の大臣、それから配下の兵士約五十名を見下ろしながら男はそう言った。

男に近い方から、皇帝、三人の大臣、兵士たちと並べられ、皇帝と大臣には口に白いテープが何重にも巻かれていた。

男の表情は、口元は緩んでいたものの、目元のあたりにはそういった喜楽の感情は欠落しているように見えた。

それどころかむしろ憎悪を孕んでいるようにさえ感じられた。

男の両側には、彼の重臣の者が一人ずつ存在し、兵士たちの周りには男の部下たちが兵士たちの倍ほどの人数で取り囲んでいた。

そうした中で宮殿二階の玉座の間は異常なほど静まり返っていた。

自身の犯した罪の大きさや重大性を微塵も感じている様子はなく、男はただただ階下の人間を観察していた。兵士の誰からも返答がないのを確認すると男は立ち上がり雄弁と話し始めた。


「誰一人何も発言しないとはやはりここの住人の方々は、慎ましくいらっしゃる。我々などは絶望に恋し自ら野獣のように猛りながら求め歩いているのにー。とまあこれはそう重要なことではない。問題は今日我々が果たそうとしている歴史的なことについてなのですよ、皇帝。おい。」


そう言って男は部下に皇帝の口に巻かれていた白いテープを外させた。


「ウィンテン。和平の道を探そうではないか。」


皇帝はテープが取れるや否や、そう諭すように言った。

息は乱れており目は血走っていたが、皇帝は冷静さを欠いている様子はなかった。

それを聞いた男、ウィンテンは、おおっと歓喜の声を上げて歩き始め皇帝の前まで行き、深々と頭を下げた。


「これはこれは私などの名を知っていただいているとは光栄の極みでございます。皇帝はあまりにも遠く気高きお方なので普段から地上の我々の声などはお聞きになさらないとの名声を博しておられたのに。」


「ウィンテン。君の評判は聞いている。今まさに君が実質統治している貧困街ジェラスタウンのことについて議論していたところー。」


「我々はささいな街一つの問題の解決を要求しているのではないのですよ、皇帝。それをすることで解決できる時期はとうに過ぎた。」


そう強く言い切ると、ウィンテンは身をひるがえし再び玉座についた。


「我々は協力を求めているのだ。」


ウィンテンの顔からはすでに笑みは消え失せていた。そして誰をも、また何をも品定めするような挑発的な目だけが異様に浮きだって見えた。


「言葉遊びはよせ。この状況で君たちが協力を得ようとする理はなかろう。」


うつむいたまま、皇帝は腹から絞り出すように言葉を発した。少し白みがかった長い眉毛も手伝って瞳は正面からはあまり見えなかった。


「それはなぜ?」ウィンテンは訊いた。


「そうする必要がないからだ。」


「なるほど。確かに今私は、あなた方の命運を握っておるし、これまでの歴史的な事実を考慮しそれに則った行動をとるとするならば、俺はおそらくあなたを殺すだろう。」


ウィンテンが、殺す、という単語を口にしたとき、三人の大臣の中で一番大柄の男が、縛られて不自由な体を精一杯上下左右に動かして、鼻息をふーっふーっと荒々しく吹き始めた。ウィンテンは、おい、と部下に目配せし、大柄の男の口のテープを外させた。


すると


「皇帝様に手をだすな!」


とまるでひどい嵐の中を切り裂く雷鳴のような怒号を、周りの皮膚が張り裂けそうなくらい口を開いて上げた。

怒号は宮殿中に響き渡り、ウィンテンの配下の者たちや仲間である兵士でさえも、震えるくらいの迫力があった。魂そのものが咆哮しているようだった。叫んだあと、息を荒々しく吐きながら、彼はウィンテンを睨み続けていた。彼のオールバックの長髪はくしゃくしゃに乱れ、顔色は真っ赤であった。ウィンテンは、高笑いを始めた。そうして再び立ち上がり、怒号を上げた男の前に立った。皇帝は、怒号を上げた時も、ウィンテンが自分の横を通り過ぎる時も微動だにしなかった。


「悔しいかね?ヘルム元帥。」


ウィンテンは、怒号を上げた男、ヘルムに話しかけた。ウィンテンもそう小柄な方ではなかったが、ほんの少しだけあごを引くだけで、座っているヘルムと視線を合わせることができた。


「許されると思うなよ、小僧が。」


ヘルムは口を歪めながら憎しみと怒りをこめて吐き捨てた。それを聞いたウィンテンはふふん、と鼻で笑った。それから表情を引き締めて、ほうほう、とわざとらしくうなずいた。


「これは一聞の価値がある意見が出てきそうだぞ、なあジャッコ。」


ウィンテンは後ろを振り返り、玉座の間の正面から見て右側に立つ人物に声をかけた。ジャッコは、ブロンド色の髪をした細見の男性で、丸いサングラスを身に着け、ストライプのスーツを身に纏っており、中でも一際目を引いたのは、赤色のネクタイであった。


「確かに。ラベルに元帥とさえ書かれていれば、味がなくたってそのワインにいくらでも札束を積めるね。」


ジャッコはそう言って食事を運ぶウエイトレスのように右手の手のひらを天に向け首を少し傾けた。ウィンテンは何も言わず、またヘルムの方を向いた。


「ではそのラベルの素晴らしいワインのような意見を伺おうではないか。つまるところ、俺たちは誰に許されないのかね?」


ウィンテンはずんずんと顔をヘルムに近づけていった。


「我々も含めた社会全体だ。この国の民は皆、いやまっとうな人間は心に正義を持っている。お前らのような正当な努力もせず、こうしてテロまがいのことしか、暴力でしか主張できない悪を世の中は許しはしない!」


ヘルムは吠えるように言った。


「ずいぶん嫌われておるようだな、俺たちも。」


ウィンテンは、ヘルムから顔を離し、周囲を取り囲む自分の配下の者たちを見回しながら言った。すると配下の者たち一斉に笑い出し、口々に正義という単語を馬鹿にし始めた。先ほどまでとは打って変わって騒々しくさまざまな声が飛び交った。兵士たちは顔をしかめながら、配下の者を睨みつけた。しかしヘルムは、顔色一つ変えず、ウィンテンを睨み続けていた。


「一つ。」


ウィンテンは人差し指を立てながら声を張り上げた。その姿は指揮棒を上げるだけで緊張と期待を生み出せるオーケストラの指揮者のようで、皇帝、国のトップ、兵士、配下の者といった観客たちはこれから始まる演奏に自然と耳を傾けていた。


「貴様ら、正義というものを掲げる者たちに教えておいてやろう。」


そう挑発的に言った後、人差し指を頭の横で左右に振りながら歩き出し、ウィンテンは玉座の前に、皇帝らを背にして立った。


「正義ってのはなあ、弱者の言い訳の理論に過ぎないんだぜ?」


ウィンテンは首だけを後ろにひねり、ヘルムを睨みつけた。しかしヘルムは一瞬も怯むことなく睨み返した。


「お前ら生まれた時から腐りきっている連中に、正義の心など理解できまい!正義の心は我々人間が持つもっとも高尚な精神だ!」


ヘルムは、力強く言い返した。


「ふん。」とウィンテンは鼻を鳴らした。それから振り返りヘルムにの方に向かって歩き出した。


「思い上がるなよ。いくら高尚だと世間に向かってほざいても、お前らが悪だとする俺たちのような者には結局暴力を行使しているだろうが。」


ウィンテンはヘルムの前で立ち止まった。


「当然だ。お前らは人間以下だからな。」ヘルムは心の中の憎悪を絞りだして唾とともに吐き捨てた。それを聞いた途端、ウィンテンの配下たちが一斉に騒ぎ出した。


「ふざけんな!」

「お前らの方こそ人間以下だ!」

「なめてるんじゃねえぞ!」

「ぶっ殺してやる!」

たちまちそういった口汚い言葉たちでいっぱいになった。まるで両側から大量の水が押し寄せてきたかのような騒々しさだった。ウィンテンも玉座の間の両側に立つ二人の重臣もしばらく何も言わなかった。表情も少しも変えなかった。けれども決して穏やかな様子ではなく、冷静さを少しずつ放出しているように見えた。そういった三人の様子に配下の者たちは徐々に気づき始め、誰もかれもが口を閉ざすようになっていった。そうしてから一呼吸を置いた後、ウィンテンは静かに語り始めた。


「貴様らが正義というものを心に抱くとき、その瞬間には、必ずあるものがある。それが悪だ。そしてお前らが悪だと思うものには必ず共通点がある。それは自分の気に入らないことであるということだ。わかるか?お前らのいう正義ってのは、相対的なものでしかないんだぜ?場所や時代によっても変わる。自分が悪だと心に感じた瞬間に、それに対抗するための理論を生み出すのだ。お前らはその理論に正義と聞こえの良い名前を付けて読んでいるに過ぎない。この世に悪がなければ、人は正義という立場には立てないのだよ。自分たちの気に入ったものの反対側にいる者をお前らが悪と呼ぶから自分たちは正義という立場に立てるんだ。」


「いくらそう―。」


「なぜ力のある者が弱者に暴力をふるってはならない?簡単なことだ。そりゃ自分よ

り強い者に好き勝手されるのが気に入らないからだ。」


「お前らには我々の誇りはわかるまい!皇帝様を始めとする国民の幸福を守り、太平の世の実現に貢献しているという誇りは理解できまい!正義は絶対的なものだ。個人の趣向を超えて共有されるものだ。正義は絶対普遍の力だ!」


「ほう。ならば実験をしてみようではないか。」


ウィンテンはそう言って有象無象の配下の中から一人を呼び出し、何かを耳元で囁いた。それを聞いた配下の者は、威勢よく返事をした後大急ぎで左側の扉から飛び出していった。

それから五分と立たずに、その者は一人の子供を引き連れて戻ってきた。


「皇太子様!」


ヘルムはその姿を見るなり、絶望を孕んだ叫び声を上げた。依然として沈黙を貫いていた皇帝でさえも大きく目を見開かせた。


「どうやら捕まっていたのは意外であるようだ。」


ウィンテンは満足そうに笑った。皇太子は十にも満たない幼い子供だった。口にはやはりテープが巻かれており、小刻みに体全身を震わせていた。寒さに震えるウサギのようだった。皇帝はその様子に打ちひしがれていた。兵士たちにも動揺が走った。呆然とするしかないといった者が大多数であった。


「・・・まさか、君たちに通じている者がいたのか?」


皇帝は消え入りそうな声で背後にいるウィンテンに問いかけた。


「それはどうかな。ただこの宮殿の地下にある王家の道の話についてはよく知っていたよ。その出口がどこにつながっているのかもな。」


ウィンテンは声を昂ぶらせて答えた。まもなく皇帝はふっと目を閉じた。そうしてさまざまな思想や哲学を頭の中に駆け巡らせ、皇帝は状況を諦観した。

 しかし、ヘルムだけは違った。この男にはまだ吠える気力があった。


「今更背信者への糾弾を始めるべくもない。それよりお前ら皇妃様はどうした?」


ウィンテンはヘルムをゆっくりと眺めた。その視線には、どこか親しみが込められているようにも見えた。


「ここにいないということはそういうことだ。」


ウィンテンは特に感情を込めることなく淡々と言った。何てことだ、という言葉がヘルムをはじめ、兵士たちの口から次々と漏れた。体の力すべてがその言葉に吸い取られていくかのようだった。だがその中で皇帝は黙って目を閉じたままだった。


「お前、自分が何をしたのかわかっているのか。」


ヘルムの声に力がなかった。


「自分の置かれている立場がようやくわかってきたようだな。いつでも俺たちは貴様らからすべてを奪えるということだ。皇太子を玉座の前に立たせろ。」


配下の者は、ウィンテンの命を受けると荒々しく皇太子を引き連れ玉座の前に立たせた。皇太子は抵抗するわけでもなく、ただただされるがままであった。


「何をする気だ!」


ヘルムの声が響き渡る。


「お前に対する質問さ。」


ウィンテンは不敵な笑みを浮かべて玉座の前まで行き、皇太子と三、四メートルほど感覚をあけて向かい合った。ちょうどウィンテンの二人の重臣の前に立っていた。皇帝やヘルム達からは両者の横顔が見えた。

 ウィンテンは懐から小さな拳銃を取り出した。何をするつもりだ、と叫ぶヘルムの言葉はウィンテンにとっても、叫んだ彼自身にとっても意味をなさないものになっていた。実際、彼の叫びに含まれる空虚な響きが、仲間の兵士たちにもはたと感ぜられた。ウィンテンは銃をいじりながら言葉を並べ始めた。


「この銃は、皆も知っての通りこの国で誰もが手に入れられるものだ。そして見た目の通りこの武器はそう優秀ではない。それどころか最弱の部類に入る。戦場ではもちろん、護衛にだって役立つかわからない。」


ウィンテンはその銃を皇太子に向けて構えた。

兵士たちにこれまで以上の緊張が走った。こういう、人が今まさに殺されそうになっている事態に、幾度となく立ち会ってきた彼らであっても、手に汗握らずには、心に悔恨と焦燥を感じずにはいられなかった。幼気な何の罪もない皇太子が、いやそれ以前に、ほとんどの者にとって自分の半分以下の年齢の子供が、今まさに凶弾に倒れようとしている。ほとんどの者はそう確信していた。それほどウィンテンの目には憎悪と殺意が溢れていた。誰の耳にもヘルムが狂ったような叫び声が聞こえていた。しかし誰にとっても心の内側には響いてこなかった。口を封じられ腕を後ろで縛られ、何も出来ずに目に涙を浮かべながら、震えているだけの子供に皆の心のすべては奪われていた。

皇帝は目を決して見開かなかった。いずれ来る銃声を静かにただ待っていた。自らが死刑台に立たされているように皇帝は感じていた。ギロチンの鋭い刃が想像された。斬首台には、自分の我が子がいた。

配下の者たちははやし立てようとした。しかし彼らの主君のあまりの集中力と迫力に何も言わず、残虐なシーンを期待して息を飲んで見守った。

 誰もが、どうしてウィンテンが皇太子に銃を向けているのか分からなかった。だがそれを、銃撃を止めるすべを持たなかった。

 ウィンテンは撃鉄を引いた。


「ヘルム、よく聞けよ。」


ウィンテンは叫び続けるヘルムに語りかけた。相変わらずヘルムは狂ったように咆哮していたが、ウィンテンは続けた。


「今ここで、俺がこのガキを殺してはいけない理由がどこにある?突き詰めれば、俺がこいつを殺せるのは、俺がこのガキよりもお前よりも国家よりも強いからだ。それに何を勘違いしたのか、状況を飲み込まずに、この俺を挑発するなんてな。お前はトップとしても正義を背負う者としても失格さ。しっかり見ていろよ。この世の悪は、弱者の方で、強い者なら何をしてもいいという現実を見ておけ!そうして絶望の味を噛みしめるがいい!」


「君には愛する者がいないのか?」


皇帝がこの土壇場で口を開いた。諦観した心がウィンテンの演説によってわずかばかり震えたのだ。ここまでのこだわりように何か突き崩せる方法があるのかもしれない。そう考えて、ギロチンの刃を倒す一陣の風を吹かせようとしたのだ。しかしそういった考えももはや意味をなさなかった。


「これまで愛というものを、他人の中にも自分の中にも感じたことはない。」


ウィンテンはそう冷酷に言葉を切り捨てた。そうして皇帝が何かを口にしようとしているのを横目に、ウィンテンが引き金を引こうとしたまさにその瞬間だった。


―弱い人がいたなら、助けてあげればいいじゃない。


ウィンテンの頭の中で、ある女性の言葉が不意に蘇った。その言葉がウィンテンの集中力と殺意と憎悪をそれぞれ少しずつ一陣の風のように奪い去った。


 パーン。


一発の銃声が鳴り響いた。皇帝とヘルム以外の兵士や大臣は目を背けていた。しかしその二人は、何が起きたかを見ていた。はあはあ、と息を切らしていたのはウィンテンであった。皇太子は生きていた。腰を抜かし震えていた。観客は怖々と二人の方を見た。弾丸は皇太子を貫かずに後ろの壁にめり込んでいた。ウィンテンが弾を外したことは誰の目にも明らかであった。


「まさかあんなくそ生意気なだけの世間知らず小娘の、あんな単純な言葉に、この俺が、世界の頂点に立つこの俺が乱されただと!ありえん。一笑に付して、その日の酒の肴に消えていく程度のものだったはず。」


ウィンテンは左手を握りしめたり開いたりしながら、ぶつぶつと独り言をつぶやき始めた。状況がつかめないのは兵士だけでなく、ウィンテンの配下の者も重臣の二人でさえも驚いていた。重臣の二人は交互にウィンテンに声をかけた。

しかしウィンテンの頭の中には、いくら振り払っても、四日前の出来事が鮮明に蘇ってきていた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ