第二章 第一話 魔王の暗鬱なる日々
初夏の暑さが苦しくなってきた5月下旬。
俺、神谷竜一は憂鬱な日々を過ごしていた。
何故かって?
教えてやろう。ある女達と運命の神のせいだ。
君は今、こう思っただろう。「どうせ、主人公定番のハーレム地獄を嘆いているんだいろう?」
ふっ、間違っているぞお前!漫画やアニメにいるような美少女が、現実に存在すると思っているのか?おめでたい奴だ。
おめでとう。存在します。
しかし!まだ喜ぶのは早い。
誰かが言っていた。「大切なのは外見じゃない。人間性という中身だ」
いやー、良い言葉だ。
いくら金髪ツインテールのハーフの十代の美少女でも、万年二十代前半の美女でも、性格及び思考方式がゴミに近かったら、間違いなくゴミです。
『覚えておくように』
あ、なんかかぶった。
ちょうど、頭の中で呟いた言葉が授業中の先生の言葉とかぶる。
そうだ、授業中だったな。
意識がいきなり現実に戻ってくる。
「・・・・・であるからして、この問題は・・・」
ふっ、面倒くさいぜ。どうせ将来なんて決まっているのに、何が面白くて一般人と普通の勉強をしなくてはいけないのか?
今、君は俺の素性について興味がわいただろう?教えてやろうか?
答えはNOだ。
人に与えられる知識だけで生きて行こうとするんじゃない。自分でしっかりと調べろ。今時、ググって分からない事は無い。
俺だって、頑張ってググって調べたさ。
俺の人生を狂わせた祖母の悪戯を直す方法をな。
キーンコーン
カーンコーン。
さて、と。ゴミが来る前にさっさと帰ろうかな。
「神谷君」
ああ、運命の神様。何故あなたは、俺の帰路を邪魔するのでしょうか?
俺はクラスメートの才崎綾見の呼び掛けにいやいや振り返った。
「神谷君、山田先生の授業中何も聞いてなかったでしょ?」
山田先生というのは二つ前の授業をしていた化学の先生で、俺達2ーCの担任だ。授業がある日は大抵、ホームルームを授業中に済まし、最後の授業が終わったら帰宅という方式をとる。だから、授業を聞いていない=お知らせも聞いていない事になるのだ。
「神谷君は放課後に職員室に来るようにだってさ」
肩がガクッと下がる。
まあいい。教室にいなくてすむのなら何でもいい。
運命の神様、どうぞお手柔らかにお願いします。
◆ ◆ ◆
俺は生涯、運命の神様を恨むだろう。
職員室に入った俺の目に飛び込んできたのは、平凡な顔をした担任の山田と端正な顔立ちに金髪ツインテールを携えた正真正銘美少女である城ヶ崎朱鳥だった。
運命の神様よ、いつか地に落としてやる。
・・・・・よし、山田からの連絡は忘れた事にしよう。才崎には後で口裏を合わせてもらって。パフェでも奢ってやりゃあいいだろ。
いざ、回れ右をして職員室から出ようとした俺に制止の言葉がかかる。
「ちょっと、そこのへなちょこ。せっかくこの私があなたを待っていたのよ。帰るだなんて、愚行にも程があるわよ」
・・・・・へなちょこで俺の事だと分かってしまうのは、俺、悲しくないか?
それよりもだ。今の言動で分かっただろう?
そう、あの女が・・・いや、あのエゴイストが俺にとっての憂鬱の原因の一つだ。
眉目秀麗、文武両道と言えば聞こえは良いだろう。そりゃあ、聞こえの良い言葉だからな。
少しつり上がった眉は女王気質を漂わし、大きくもなく小さくもない目の奥に潜む鋭い眼光は強い力を放つ。小さな鼻は謙虚さを表し、同じく小さな口は異性を誘惑する魅力を光らせる。
いやあ、俺って出来た人間だね。
奴に俺を表現させたら「へなちょこ」だけどね・・・・・・。
「へなちょこ」
ほらきた・・・・・・って、今の山田の声じゃね?
「おい、へなちょこ。先生が呼んでいるんだから早く来ないか」
・・・・・おいおい、やっぱり山田の声じゃねえか。
俺は後ろに振り向く。山田が少し遠くの自分の席から俺に手招きしていた。
「先生、生徒にへなちょこは問題になるかと・・・・・・・」
教師の呼び掛けを無視する訳にもいかず、俺は仕方なしに山田とゴミに近づいて文句を言った。
「あれ?てっきり俺は、お前が認めたあだ名かと思ったんだが」
んなわけあるか。
「違うんですが・・・・・・」
俺は一応否定する。
「違ったのか・・・・・・どうでもいいんだが」
ああ、人間は不平等だ。
「お前に仕事が出来た。お前、清掃委員だったよな?」
確かに清掃委員だ。しかし!ここで、はい、と言ってしまうと、とんでもない仕事が任される気がするのだが!
「いいえ、違います」
俺は身の危険を察知して回避する事に・・・・。
「違うのか・・・・・まあいい。お前に城ヶ崎の奉仕の手伝いをしてほしい」
誰かこの教師をどうにかしてくれ!
「何で俺なんですか?俺、いろんな仕事を兼任してるんですが・・・・・」
そう、俺はこう見えても(どう見えているのか知らないが)様々な業務をこなせるオールマイティーな人間なのだ。悪く言うと、
「どうせ只の雑用でしょ?」
そうなのだ。雑用だ。正確なご指摘ありがとうございました、城ヶ崎朱鳥さん。
「・・・・・まぁ、雑用なら大丈夫だろ?奉仕作業が増えるくらい」
ええ、良いでしょう。奉仕。好きですよ、奉仕。
問題は一緒にやる人間だ。よりによって、六十億分の一の確率でなぜこいつなんだ?
「よろしく、へなちょこ」
なんか城ヶ崎さんの方はやる気満々だしね!そりゃあね、あんたは楽しいだろうな!いじる人間が奉仕中も傍にいるんだからな!
ああ、地に堕ちろ運命の神様。