第1章:狭界の魔眼
まさに青天の霹靂、という言葉が合う快晴の中、ヒトは同じような日常を飽きる事無く繰り返す。例え死という終点があるといえど、それまではほとんど同じ。それが幸せだと言うように。
そんなような事を考えながら、公園にぶらりと立ち寄る。
久しぶりに外へ出て空を眺める。かれこれ一週間程自宅に引き籠もり、地獄のデスクワークをこなしていた。
その一週間は栄養ドリンクが主食、それ以外に摂取した食物は出前で取った天丼とざるそば。なんてオーソドックスなんだろうって苦笑いしていたっけか。
それも今日で終わり、あの戦場を生き抜いたのだ。これは誇りにしていいものなのか。
そんな下らない事を考えつつ、ベンチに腰掛ける。刑務所から出頭した受刑者も、きっとこんな気分なのだろうかとも考えていた。
つまりは暇なのだ。
仕事が終わり、自由の身になったわけだが、やる事がない。早く終わらせたい、と願いながら一生懸命72時間営業を繰り返してやっと終えたわけだが、いざ終わってしまったら何もする事がない。まぁ一つあったのだが、それはパチンコ。さすがにパチンコに行くのは気が引ける、また疲れるのは勘弁してくれ。
パチンコしかやる事がないのか。不甲斐ないぞ自分。
とりあえず寝るか、と根っこが生えかかった重い腰を上げ、背伸びして爽快に骨を鳴らす。
アスレチックの方からボールが転がってくる。
ボールを拾い上げて投げ返す。
掃除もしなくては、と今後の予定を考えつつ、自宅へと歩を進める。
けたたましく電話のベルが鳴る。はっと目が覚め反射的に受話器を取る。
「はい久遠です!」
「金貸してくれ和也!」
「勝明か?」
芝勝明。幼少からの腐れ縁で今の会社の同僚。健康だけが取り柄ですと、会社の面接の時に声高らかに宣言した彼女いない歴生きた歳という一風変わった男。彼の悲痛なSOSを聞いて心底飽きれる。
「おぅよ」
頭が痛い。
「第一声がそれか」
「食費が足りなくて… お願いだ! 一生のお願いだ! 頼む!」さすがにパチンコに行くのは気が引ける、また疲れるのは勘弁してくれ。
パチンコしかやる事がないのか。不甲斐ないぞ自分。
とりあえず寝るか、と根っこが生えかかった重い腰を上げ、背伸びして爽快に骨を鳴らす。
アスレチックの方からボールが転がってくる。
ボールを拾い上げて投げ返す。
掃除もしなくては、と今後の予定を考えつつ、自宅へと歩を進める。
けたたましく電話のベルが鳴る。はっと目が覚め反射的に受話器を取る。
「はい久遠です!」
「金貸してくれ和也!」
「勝明か?」
芝勝明。幼少からの腐れ縁で今の会社の同僚。健康だけが取り柄ですと、会社の面接の時に声高らかに宣言した彼女いない歴生きた歳という一風変わった男。彼の悲痛なSOSを聞いて心底飽きれる。
「おぅよ」
頭が痛い。
「第一声がそれか」
「食費が足りなくて… お願いだ! 一生のお願いだ! 頼む!」
一生のお願い、何度聞いた事か。勝明、お前の一生は一体何回あるんだ?
ふぅ、と溜め息を入れて
「…金は貸せないが、飯は作ってやる。自宅で待機せよ」
と言う。
勝明はまるで天使が神々しく舞い降りたような健やかな声で
「ありがとう心の友!」
と言って電話を切った。
お前はあの青いロボが出る餓鬼大将か。
受話器を下ろし、さっそく冷蔵庫を散索する。
「とりあえずうどんでいっか」
と独り言を言って冷凍うどんを二玉取り出す。
後はスーパーに寄って残りの材料を買ってこよう、と勝明の家へ行く支度をする。
「カップ麺でも買って恵んでやるか」
そう言いながら家を後にする。
スーパーから勝明の家まで約300メートルほどで、車や原付などの移動手段がないので、いつも徒歩で移動している。
「相変わらず安いな、このスーパーは」
この近辺に引っ越して来てからちょうど3年になる。何もかもが新鮮で、また右も左も分からなかった。
擦れ違う人は皆行き急ぎ、何かに憑かれたような顔をしているように見えた。そう、何もかも新鮮で恐怖したのだ。
そんな頃からお世話になっているスーパーさん。まるで戦場に舞い降りる女神。
ええ、そうとも、あなたは私の女神です。
ちょうど公園の側を通り過ぎる。
子供達が楽しそうに戯れている。一人は
―ヒダリアシガノミコマレテイテ―
ゴムボールでリフティングの練習をしていて、一人は
―ナキナガラチヲススッテ―
二人の男の子と砂場で山を作っていて、一人は
―ナニカヲウッタエテイタ―
ブランコで遊んでいた。
この公園は酷く気分が悪くなる。見たくもないものが多過ぎる。
「―なんだよこの公園は―」
異常だ。
自分の目も異常なのだが、こんなにも視え過ぎるのはおかしい。
―黒い模様―
気味の悪い黒い模様。
“死”と“生”の狭間を顕す黒い模様。
それは死に近付き、生でも無く、死でもない得体の知れない隙間。
それは混沌。
死は万物に存在する。
この目はその死と生の狭間が黒い模様として映像化される。
場所や物、人にこびりつく死に近い所が。
過去に一度だけ、触れたことがある。
冷たく、又生暖かい奇妙な温度。
掴むものは無く、存在というものも無い。
その虚構感に恐怖する。
彼女の死で気付いた、この目が見るもの。
何もかもが遅過ぎた。そう、遅過ぎたんだ。