第3話 告白あるいは独白
もっと早く書くべきなのに……
side 健一
真司が自滅してどこかに走り去ってから僕らはしばらく言葉を発せずにいた。
しかしそんな沈黙はアルミダスさんによって破られた。
「……ねえアンタ、ケンイチだっけ? ……その……あいつの言った事って本当なの……かな?」
頬を赤らめもじもじしている。
僕より背が高いはずの彼女は、恥ずかしさからか僕を下から上目遣いで見てくる。
「多分本当だと思うよ。真司は滅多に怒らないしね……あいつの怒る姿を見るのは2回目だよ」
「……ホントに? じゃああたし相当嫌われてるんじゃ……」
彼女は途端に泣き目になる。潤んだ瞳で上目遣い……正直やめて欲しい。
「大丈夫だよ。……ちょっと昔の話をしようか。僕が初めて怒った真司を見た時の話を」
それは中1の初夏の時期の事だ。
その頃はまだ僕は陰険な奴として虐められはしないものの陰口を叩かれていた。
真司も僕と話すようになってすぐその事には気づいていた。でも僕が何もしなくていい、事を大きくしたくないと真司に頼んでいたため彼が動くことは無かった。
だけど僕が黙っていたのもいけなかったのだろう、その日、事件は起こった。
事の発端はクラスのある女子グループが教室の後ろのほうで
こんな話をしていたことにある。
「ねぇ知ってる? あの根暗(僕のことだ)小学生の時に真ん前で仲の良かった女の子が殺されたんだって!」
「そうなの!? 」
「らしいよ。あいつと小学校同じだった奴に聞いたもん!」
「そうなんだ……それは流石にかわいそうだね。」
「何言っちゃってんの? あの根暗と仲良い女なんてどうせずっと友達も出来ずに1人でいるような奴だったに決まってんじゃん!! そんなの死んで正解じゃね?」
「それは流石に言いすぎじゃ……」
「そんなことないって! それじゃ由梨はあいつと仲良くしたいと思う?」
「それは……全く思わないけど」
「でしょ! だったらあんな根暗の友達なんて根暗に決まってんじゃん! 根暗同士仲良く傷を舐め合ってたんじゃ無いの? はははっ」
彩音ちゃんの事を何も知らない奴が勝手なことを言うな!
……そう言いたかったけど手が足が身体が震えて動けない。
たった一言なのにそれが言えない。僕は強く拳を握りしめた。
そんな時だ。
「おいお前! 俺の親友の悪口を、あまつさえ親友と仲良くしてた子の悪口を言うんじゃねぇ!」
真司が自分の事のようにブチ切れてその女子に向かって行った。
それから真司は一方的に女子を責め続けた。相手の言い分に一切耳を傾けずに。
それはいつも笑ってばっかな真司からは想像もつかない、まるで鬼でも乗り移ったかのようだった。そのあまりもの豹変ぶりにクラスメイトは困惑していた。
真司が切れてから5分程経ってからだったろうか。悪口を言っていた女子が号泣しながら謝って来た。その時の彼女の恐怖に歪んだ顔は生涯僕の脳裏から離れる事はないだろう。
それ以来僕が陰口を叩かれる事はなくなった。それと同時に真司に対する周りの態度は余所余所しくなったが……
ある日僕は真司になんであんなに怒ってくれたのか聞いた。そしたら真司はこう言ったんだ。
「んなもん決まってんだろ。親友が、というより大事な奴がけなされたんだぞ? ましてそれだけじゃなかった。お前の傷を抉るような事までした。それだけで理由は十分だろ? 」
「そして2回目が今日、というわけ。真司は自分が大事だと思った奴のためにしか怒らない。つまりたった一日で真司の大事な奴にアルミダスさんは成ったというわけだ。」
「……そ、そうなの。……それよりアンタ、根暗とか言われてたの? そんな風には見えないのに。あと彩音って誰?」
照れ隠しに話を逸らされた。でもその話の内容がなぁ……なるべく気分を沈めないように喋ろう。
「まぁ根暗って言われないよう努力したしね。で、彩音ちゃ……彩音は……僕の大事な人の事だよ」
そう言って僕は笑いかけた。
「それって……私が召喚したから離れ離れになった……の? だからあいつも怒ったんじゃ……」
「違う違う! そういうわけじゃないよ」
アルミダスさんの考えが変な芳香に向かっていたから慌てて否定した。
「そうなの? じゃあその彩音ちゃんもこっちの世界に来てるの!?」
「……いや、彩音ちゃんは6年前に亡くなった。僕の目の前で殺されたんだ。」
「……ごめんなさい、そんな事を聞いてしまって」
「……いや良いんだよ、これは事実だから。それに僕に力が無かったのが悪いんだし。いや、力があの時あったとしても助ける事は出来なかっただろうね。」
そうだ……僕は彼女を守ることが出来なかった。それは事実としてとうの昔に受け入れた。なのに……
不意に頭の中でカチッという音がした。
「あの……ケンイチ? 様子がおかしいけど大丈夫?」
「……なんであの時護れなかったんだろう、少しでも勇気を出していれば彼女は死ぬはずじゃ無かったのに。そもそもあいつは僕のことを狙ってきたのであって彼女を狙った訳じゃ無かった。でも結果彼女が死んで僕が生き残った。彼女を犠牲にして生にしがみついた。なんで、どうして。僕が生き残るくらいなら彼女に生きていて欲しかった、それくらい彼女のことを思っていたのに。あぁ自分が憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎いニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイ。結局僕があの時彼女と行動をしてなければ、いや、僕なんか居なければ良かったんだそうだきっとそうに違いない。ならとっととこの世から消えよう。そうすればきっと彼女にも会え」
「健一!!」
「…………真司? あれ、僕どうし」
言葉言い終える前に顔面に大きな衝撃が走り、それと共に僕の身体は宙を舞った。
「馬鹿野郎! いくら後悔してたって自分がいなければ、なんて考えんじゃねぇっつったろ! んなこともう絶対言うんじゃねぇよ!」
「真司……ごめん、もう言わない」
真司の言葉で目が覚めた。比喩ではなく本当に。現にさっきまで自分が何を言ったのか記憶が曖昧だからだ。
それと同時に僕の意識は途切れた。
Side リアナ
「ね、ねぇアンタどこから……いやそれよりケンイチはどうしちゃったのよ」
あたしはかなり恐怖していた。それはあいつに責められた時のように。また自分が他人を傷つけてしまったと思ったから。
「まぁ、精神が滅入って眠ったんだろ。そもそも健一には昔の事件は重度のトラウマになっている。……ここ最近はこの『根暗モード』にはなってなかったんだがな」
あいつが状況を説明してくれた。でも……
「じゃあ私のせいでこうなった……の?」
余計にそう思ってしまった。自分が怖い。なんで相手の事を考えずに行動してしまうんだろうか。さっきあいつに怒られたときにもっと考えてから動こうと思ったのに。
……気付けば身体が震えていた。
「いや、リアナのせいじゃない! ……ただ色々有ったからその内の何かがきっかけになったんだろ。それに昔は日常茶飯事だったからな」
そこにあいつが叫んでくれた。こんなにもあたしのことを庇ってくれるなんて思ってなかったのに。
だから……
「……なら少しは安心して良いって事?」
「ああ、大丈夫だ」
私は心はかなり楽になった。身体の震えも止まった。それどころかかなり心が温かい。ポカポカする。
そこであたしはあの時の事を思い出してしまった。
「……そう、良かったわ。……なら聞きたい事が有るのだけど良いかしら?」
胸が高鳴る。場の空気で聞けなかったけど、あの時から聞きたかったこと。聞きたいけど聞きたく無い気もすること。
「おう、構わんぞ」
「じゃあ……あの……アンタがどっか行く前に言ってた……その……あたしに一目惚れしたって……どう言う事?」
--あんたは……シンジは私の事どう思ってるの?--
Side 真司
「え?」
思わず素っ頓狂な声が出た。急にリアナがそんな事を聞いてくるとは思ってなかったからだ。
状況を思い出せ俺。
確か、遠くから二人の会話をずっと盗み聞きしてて、そしてたら真司がまさかの『根暗モード』になったから全力で走って落ち着かせに行って。
そこでなぜか走る勢いの余り止まれなくなったから真司をとりあえず殴って。
したら今度はリアナが自己嫌悪しだしたからそれをなだめて……で今か。
おかしい。ここで「一目惚れしたってどう言う事?」なんて聞かれる流れか?
……けどまあ自分で蒔いた種だ。いつかはそれについて言わなければいけないだろう。
だから、
「……そのまんまの意味だ。リアナ、俺はお前に一目惚れした。そんなに惚れっぽい性格じゃないはずなのに。なんでだろうな、お前が好きで好きでたまらない」
ストレートに言う事にした。……かなり恥ずかしいけど。
「それって……本当なの?」
「ああ。だから……その……俺とずっと一緒にいてくれ」
でもそのほうが相手に気持ちが伝わると思ったから。
Side リアナ
「それって……本当なの?」
身体が熱くなるのがわかった。心臓はすごいスピードで高鳴っている。それはもう破裂しそうなくらいに。
「ああ。だから……その……俺とずっと一緒にいてくれ」
さらに追い討ちをくらい、涙が溢れて止まらなくなった。
「……あたしも、あんたに……シンジに一目惚れした。私のために怒ってくれて、より一層好きになった。今までどんな貴族に愛の言葉を囁かれても鬱陶しいとしか思わなかったのに、真司の言葉は嬉しくて嬉しくて仕方ないの」
なんでだろうか。……多分世の中ではそれを「恋」と言う言葉で片付けるのだろうけど、そんな一言で表す事が出来ない程想いが心の泉から湧き上がってくる。
「だから……あたしこそ、ずっと一緒にいさせてください」
「リアナ!!」
あたしの言葉の直後、シンジがあたしに駆け寄ってきて……
ガシッ
そんな音が聞こえてきそうな程強く抱きしめてくれた。彼の手の中はすごく温かい。
「リアナ、俺嬉しいんだ。一目惚れした、なんて言っても引かれるだけだと思っていたのに」
「あたしだって同じよ。シンジのことこんなにすぐに、自分でもおかしいくらい早く好きなっちゃったからきっとシンジはあたしの事なんてなんとも思ってないと思ってたのに」
嬉しさで涙が止まらない。心の高鳴りも。
「……ねぇシンジ」
「ん?」
だからこの気持ちを全部ぶつけてしまおう。
「……大好き!!」
……彼と目が合った。私は徐に目をつぶった。
やがて彼の吐息が私に触れる距離まで近づいてきて……
唇と唇が重なった。私のファーストキスは少ししょっぱい味がした。
「……なにこの状況? 僕が寝てる間に何があった?」
この声を聞いてあたしたちがキスをやめるまでの時間、それは永遠と思えるほど長く、また永遠にそうしていたいと思うほど心地良かった。
読んでいただきありがとうございます。