忘れないでいてください
また長く空きました。
ごめんなさい。
今回で物語は半分終わります。
朝6時。
目覚ましが鳴ったわけでもないのに、目が覚めた。
…起床。
伸びをして立ち上がる。
何となく縁側に腰掛け、朝の光を浴びて目を覚まさせる。
風鈴の音が心地良い。
なんか、ブタの形した蚊取り線香とか似合いそう。
やっぱ、スイカ食べたいよなぁ。
青い空に入道雲。
今日も空は夏模様。
「みーのる!おはよ!」
空を仰ぐ俺の背中に、ガバッと抱きつくようにかぶさってきたのはリオナ。
「おま…起きてたのか」
「寝れなかったの!」
だろうな。
今日で1人だけお別れなんだもんな…。
「例えばさ、ずっとこっちに居ろよって、俺が言ったらどうするよ?」
「えっ…?」
困ったような顔をするリオナ。
でも、それも一瞬。
直ぐに笑顔になった。
「帰るよ!私にも家があるんだから!」
「なら、良かった」
「え…?」
「いやね、リオナが帰りたくないって言ったら止めるつもりでいたんだ。そこだけは迷ってた」
そう。迷いがあった。
リオナが望んでいることなのか。
それだけが分からなかった。
「でもね…」
…?
「私、もっとみんなと一緒にいたかったな。もっと、みんなのこと知りたかった。それだけは心残り…」
…なんか、遠野来て正解だったな。
そう、心から思えた瞬間だった。
「あと、一つだけ」
リオナが不意に言った。
「何だ?」
「私のことどう思ってる?」
そう聞かれた瞬間、風が吹き込んできてキーンと風鈴を鳴かせた。
「…どうって?」
「ううん!何でもないや!忘れて!」
「心配すんな。悪く思ってないから」
実はそう言いながら縁側を立ち去った。
「…そうじゃなくてさ」
ぽつりと呟いた声は実には届かなかった。
「実兄ぃ!ご飯だよー!」
あやめの甲高い声が境内に響く。
普段は参拝客などいないような神社だから、人に聞かれることはない。
「はいよ~。ってうわ!?」
居間に入った俺を出迎えたのは何とも手のこんだ…要するにめっちゃ豪華な料理の数々。
旅館でもこうはいかんぞ…?
中央に置かれた赤飯が違和感を放つ。
そして朝から刺身か。
しかもこんな田舎のスーパーでは売ってなさそうなやつ。
船に盛られて満足げな顔をする鯛はあやめが自分で捌いたんだろうな。
「こりゃまた偉く豪華だな」
「うん。サミちゃんも手伝ってくれたし、思ったよりも早くできちゃった!」
「手伝ってないのは実だけ!」
素直に目の前に並べられた料理に感想を述べたら、あやめとサミからダブルパンチをもらった。
リオナすら手伝ったのか…。
「てかさ、こんだけ力入れたなら真人も呼べば?着替えも持ってきたいし」
昨日からずっと同じ服なのは気が引けた。
…エアコン無かったし。
「うん、それもそうね。じゃ、実兄ぃ。よろしく!」
「俺か…」
あやめに言いくるめられ、俺は神社をあとにした。
「さて、サミちゃん、リオナちゃん。実兄ぃがいない今のうちに話しておきたいことがあるの」
実がいなくなった神社で、あやめはゆっくりと話を始めた。
「何?」
「なんでしょう?」
2人は料理の並ぶ机を挟み、あやめと向き合って座った。
「リオナちゃん。ずっと友達でいようね!」
「うん!ありがと!」
明るく返したリオナ。
迷いのない笑顔だった。
「サミちゃん、もし何があっても、私はサミちゃんを突き放したりしないからね!」
キョトンとするサミ。
何かって何?
疑問は浮かんだが敢えて深くは聞かず、「うん!」とだけ返事をしたサミだった。
「しっかし、実兄ぃも鈍いわねぇ。ねぇ、リオナちゃん!」
ニヤつきながらあやめが言う。
「え…?」
「私が気付いてないとでも~?」
「…へ?」
リオナは冷や汗が止まらない。
「実兄ぃのこと好きでしょ?」
「はぅ!?」
ビクンと背中を大きく震わせたリオナ。
「な…な?…え?」
上手く喋れていない。
「ふふふ~。やっぱりね~」
得意気な顔で腕を組んでみせたあやめ。
リオナは観念したように溜め息を一つ。
さっきまで取り乱していたのにもう落ち着きを取り戻している。
「はぁ…。何を言われるかと思えば…」
「で、どうなの?」
しばしの沈黙。
あやめが聞いてから7秒。
リオナはゆっくりと言った。
「…好きだよ」
リオナの顔は真っ赤だった。
「やっぱり!」
ビンゴ!と言いたげなあやめと…。
「え!?全然気付かなかった!」
ニヤニヤしながらも驚くサミ。
「絶対秘密にしてよね!」
耳まで赤くなるリオナ。
「いいけど…。気持ち伝えなくていいの?」
「え…?」
あやめに真面目な顔でそう言われ、一瞬拍子抜けした声が出た。
「だって、実兄ぃといられるのはあと少しだけなんだよ?後悔しない?」
……。
後悔しないかなんて分からなかった。
いや、ほぼ間違いなくするだろう。
あの時、好きと言えたら…。
そんな後悔の念に振り回されることになるかも知れない。
でも、今のリオナには決心がつかなかった。
告白―…。
さっきだって縁側でしようとした。
でも、羞恥心が邪魔をする。
踏み出す一歩が怖い。
ただ、ひたすらに…。
「実兄ぃは鈍感だから言わないと通じないんだよね~」
溜め息混じりにあやめが呟いた。
「そうなのよ。前にバレンタインにチョコ渡したら、『おっ!チョコ?サンキュー!』って言われたのよ!特別な意味があること知らないかのようにね」
実らしいやと思う傍ら、サミは気付いた。
「それって、もしかしてあやめも…」
最後まで言い切らずとも意味は伝わったようで。
「昔はね~。でも、私の前からいなくなっちゃったから…。あ…」
そこまで言って気付く。
リオナだって、まさに好きな人の前からいなくなろうとしている。
そのことで実兄ぃを傷付けることを恐れている。
あやめは直感として感じるのだった。
「ただいま~。あち~…。リオナ、着替え持ってきたぞ」
暫くすると実が戻ってきた。
真人も一緒である。
「おー!ありがとう!」
実は既に着替えていた。
リオナは実から着替えを受け取ると別室に入っていった。
「覗かないでよね!」とかいいながら…。
覗かないっての!
「うわっ!なんだこの贅沢な食卓は…。あやめが作ったの?」
真人も目を見張った。
やっぱりスゴいんだよ。
「私だけじゃなくてサミちゃんもだけどね!」
「そうよ!私も頑張ったのよ!」
そう言って、サミとあやめは顔を見合わせて笑いあう。
「さて、じゃあいただきましょうか!」
リオナが着替えから戻ってくるのを待ってから、あやめが言った。
「よっしゃ!いただきます!」
「いただきます!」
俺のあとにみんな続き、朝食を食べ始めた。
「はぁ、食えるもんだな。こんな量…」
大量だったはずの料理は、今となっては皿を残すのみとなっている。
「じゃあ、今日の午前11時。あんまり引っ張っても仕方ないし、11時になったらリオナちゃんを帰すわよ!」
あやめがそう言ったので時計に目をやると、現在9時を過ぎたところ。
「分かった!最後までみんな、よろしくね!」
笑顔で言ったリオナだった。
「んじゃどうする?どっか行く?」
真人がリオナに聞く。
「みんなで、河原に行きたいな。写真撮ろうよ!」
そういえば、写真とかしばらく撮ってなかったかな。
リオナに言われてふと思った。
神社にあったコンパクトデジカメとちょっとした三脚を持ち、川へと向かった。
「サミって写真に写るの?」
「そりゃ写れるわよ~!」
それなら変な心配はいらなさそうで良かった。
相変わらず誰もいない河原。
高く登る太陽の光を受け、いつもより輝いて見えた。
俺たちの存在に気づき、シラサギが飛び立っていった。
近くでみるとなかなか豪快なものがあった。
太陽はなんともちょうどいい位置にあった。
川を背景に並んでも逆光にならない。
それどころか順光で眩しいくらい。
俺がカメラの設定をして、三脚に立てる。
あとは走る!
タイムリミットは十秒。
足場は石だらけで走りにくいけど…。
すっころんだりするお決まりのギャグは無しで。
真人の隣に並び、五秒ほど後。
なんのために光ったかわからないストロボが光った。
写真をみんなで確認。
カンペキ!
サミも写っているなんともダイナミックな心霊写真が撮れた。
「みんな、ありがとう!この夏の出来事、私絶対覚えてるよ!」
リオナが言った。
「忘れない」ではなく「覚えてる」というのがいかにもリオナらしい。
その後は神社で写真を印刷した。
楽しい時は無情にも早く過ぎていく。
現在、午前11時になろうとしていた。
「じゃあ、行こうか!」
誰が切り出すかタイミングを見ていると、意外にもリオナ本人が言い出した。
「…そうね!ちょっと待ってて!着替えてくる。あ、リオナちゃんも来て!」
あやめはそれだけ言うと、リオナと部屋から出た。
その間にサミは自分の仕事を確認した。
「私はあの体に入って、箱から出ればいいのよね?」
「そうみたいだね。出来る?」
真人が聞いた。
「そりゃ幽霊だもん!憑依はお手のもの!実に取り憑いてあげようか?」
「あやめに祓ってもらおうか?」
「いやー…」
いつもと変わらぬ会話が流れる。
一方あやめの部屋。
「リオナちゃん、いいの?」
「え…?」
あやめが巫女服に袖を通しながら聞いた。
リオナはなんのことだかわかっていない様子。
「実兄ぃに気持ち伝えなくて」
「…いいの」
「そうなの…。強制はしないけど…」
それだけ言って、半ば着終えた巫女服の裾を払った。
「じゃ、行こうか!」
「うん!」
笑顔で二人は部屋を出た。
神社の裏へと続く道。
セミの声が辺りに響き、もはやそれしか聞こえない。
ここに来たときにはあまり聞こえなかったツクツクホウシの声が一段と大きくなった気がする。
確実に時は流れている。
しばらく無言であるくと、その洞窟は入り口を柵に囲まれながら口を開けていた。
河童の風穴。
あやめはその柵に手をかけた。
「あれ?開かない…」
力を入れて押すも、柵は開かない。
「あやめ、それ引くんじゃない?」
真人が言った。
「あ…」
引いたら開いた。
気を取り直して。
御札を取り出して入り口の岩肌に貼り付けた。
それに右手を当てて…。
「そーれっ!」
相変わらず呪文を唱えたりはしない。
封印を解除し、これで無理な力が加わることなく風穴に入れる。
「行こう」
それだけ言うと、俺を先頭に風穴へと入っていった。
前回とは違い、足早に最深部へと進んで行く。
そこにあった、前と変わらない光の膜。
そして、沙実の体。
…お別れが近い。
ひしひしと感じる。
「じゃあ、やるよ。サミちゃん。お願いね」
あやめがサミを促す。
「うん!」
サミは沙美の体に入り込み、体を起こした。
「やっぱり重たいなぁ。体無いほうが楽かも」
そう言って笑った。
その時、光の膜が大きくなった。
「もう十分だわね…。リオナちゃん、いつでも帰れるわよ!」
あやめがそう言った。
リオナは、少し戸惑っているように見えた。
一歩がなかなか踏み出せない。
「な~に迷ってんだよ!俺は迷いのないリオナが好きなんだから!早く行きな!また会おうぜ!」
俺はリオナに親指を立てて見せた。
その瞬間、リオナは涙を流し…。
「私も、好きだよ!絶対会おうね!」
眩しいくらいの笑顔を見せた。
そして…。
「ありがとう!みんな!」
そう言って、光へと飛び込んで消えた。
光は未だに残り続けている。
この向こうに、リオナの住む世界が…。
そう考えると、そんなに遠くないような気がした。
また会えるよね!
「さて、行きますか…」
そう言うと、サミが困っていた。
「私はどうすれば?」
「もう魂は有るべきところに入ったから、体から出れないでしょ?」
あやめが左目を閉じながら得意気に言った。
「あれ?あ!ホントだ!私もしかして!?」
サミの声はうわずっていた。
「うん。蘇生おめでとう!沙美ちゃん!」
「おー!なんかそれ、すごくね!?な、ミーノ!」
真人が興奮気味に言う。
「確かにスゴいけど…」
なんか実感湧かない。
「やったよ!実!」
沙美は俺の手を握る。
ああそうか。
ちょっと前までサミに触れたこと無かったかも…。
なんか新鮮だった。
「ま、取りあえず出ようぜ」
風穴を戻ると現れる光。
でもあれは俺たちの住む世界への出口。
…戻ってきた!
そんな実感が湧いた。
「さて、もう一回。今度は誰も眠らないように封印しないとね」
あやめはそう言うと、先程貼った御札を剥がした。
そして新しい御札を貼り直した。
同じように、今度は左手を当てて…。
「それ!」
封印した。
その時だった。
脳裏に流れてくる幼い頃の記憶。
今まで覚えていたことに修正が入るような感覚。
…なんだ、これ。
それは一瞬で終わったが、長い時間のように感じた。
しかも、それを体験したのは俺だけじゃなかったようで…。
「俺、全て思い出した…」
懐かしむように、真人が言った。
「私も…」
「俺も…」
あやめに続いて言葉を重ねた。
そして3人で沙美を見た。
沙美はただ涙を流し、そっと呟いたのだった。
「お姉ちゃん…」
リオナ
「私、今後出番は?」
実
「無いんじゃない?」
リオナ
「はーっ!?帰らなきゃ良かった…」
実
「それじゃ話が進まないじゃん」
真人
「そんなことよりミーノ!俺のセリフは増えるの?」
実
「さぁ…。どうだろ?」
沙美
「私はもう死なない?」
実
「死なないよ。そもそも死んでたかどうかも怪しいぞ」
あやめ
「私は?また穴入るの?」
実
「あーもう!次回を楽しみに待ってろって!」
リオナ
「でも、次回は私が主役の番外編だよ!」
実
「じゃあリオナ以外出ないんじゃね…?」




