何で、よりによって
手慰み、第数弾であります。
お楽しみいただけたら、幸いであります。
「聖者も聖女も、偽者だっ」
そんな、場を読まない叫びが響いたのは、聖女覚醒を祝う、祝賀会の最中だった。
主役の聖女と、聖女を神国から迎えに来た聖者に、祝辞を送る列に並んでいた商会長が、盛大に溜息を吐く。
「……ったく、毎回毎回、こう言う社交場は、修羅場が起こるな」
同意を求められ、隣に立つ副会長は目を上げた。
進行方向を向いたまま、大柄な銀髪男は呆れ顔だ。
小柄な副会長は、小声で返す。
「オレは、数年振りですが? しかも、ここまで目立つ修羅場、初めてです」
驚いた会長が、小柄な男を見下ろした。
紫の瞳には、驚愕がある。
「お前、オレより社交に出てたよな?」
「はい。主にあなた方が、人前に出るのを渋るせいで、その傾向がありますが?」
好きで出ているわけでもないと、暗に仄めかす副会長に、会長は神妙に問う。
「あれは、余興じゃあ、ないのか? あれが嫌で、余程の上客目当て以外の夜会は、参加していないんだが」
「……どこの世界に、主役を貶めて晒す余興をする国が、あるんですか?」
あるとしても、少なくともここではない。
先の叫びに、主催国の重鎮たちが固まっていたが、
聖者と聖女を挟んで立つこの国の王夫妻が、声の主を探して目を動かしているものの、明確な命を下す気配がなく、聞き流しが妥当と判断したようだ。
すぐにざわめきが戻って来た。
と、思ったら、また叫び声が響く。
「その偽者たちは、ただの平民だっ。しかも、親に捨てられた、穢れをまとまった、孤児だっ。そんな奴らを、聖者聖女と祭り上げ、恥ずかしくないのかっ」
うわあ。
内心、頭を抱えそうになった。
会長率いる商会が立ち上がって、十数年。
爆発的に大きくなった商会は、金を持て余し始めていた。
そこで、金の使い道を模索し、各世界の各国に一つずつ、親を持たない子を保護する施設を作った。
暇だが、金稼ぎは飽きた連中の中から教育者を募り、施設に送り込み、最低限のマナーも叩き込ませて、社会に送り出し始めて数年後、この世界で奇跡が起きた。
長く神の御代が覚醒しなかったこの世界で、同時に二人、覚醒が確認され、平民にのみ覚醒者が出ると言うその御代が出た場所が、国は違うが、後見者が同じ施設……つまり、商会が後見している施設だった。
会長が大掛かりな割に、実入りがなさそうなこの祝賀会の、出席を決めた理由が、これだ。
本当は、夫婦揃って祝いたかったようだが、間が悪いことに、夫人の体調が思わしくなく、副会長である男と同伴する事になった次第だ。
今まで、何事も起こらなかったから、副会長は油断していた。
気づくべきだったのだ。
隣にいる商会長その人本人が、修羅場を呼んでいる可能性に。
そして今、その修羅場に、自ら首を突っ込む事を厭わぬ顔で、会長は声の主を探していた。
自分たちが後ろ盾になっている施設を貶められ、怒る気持ちは分かるが、静かな視線の流れを見ると、反論だけで済ます気配ではない。
退場しよう。
瞬時に決めた副会長は、藍色の瞳を主役たちに向けて、優しく微笑みながら、手刀に全神経を集中させた。
このまま、無防備な会長の鳩尾を狙うつもりだったのだが、副会長の視線に気づいた聖女が、ぱっと顔を輝かせた。
「まあっ。商会の会長と副会長が、揃って来て下さってるわっ」
「え? わあっ。珍しいなあっ」
聖者も顔を輝かせ、声をあげる。
その声で、会長が我に返り、物騒な空気を霧散させた。
代わりに、柔らかな笑顔を浮かべる。
「この度は、聖人認定されたと聞きました。おめでとう御座います」
取り繕った挨拶の後、副会長も慌てて頭を下げ、言葉を継いだ。
「神国入りも、決定したと聞きました。商会従業員一同を代表し、祝いの品を持参いたしましたので、お納め下さい」
形ばかりの挨拶にも、二人は喜んで声を弾ませる。
「ありがとうございます。わたくしたちを拾い上げ、育ててくれただけでもありがたいのに、祝いの場に駆けつけて下さった上に、お祝いの品まで。施設の先生方にも、幾ら感謝しても、足りないくらいです」
「ああ、ここまで迎えに来て良かった。本社が近いここなら、神国入りする前に、直接感謝を伝えに行けるかもと、考えていたんです。まさか、この場に来て下さるとは」
図らずも、聖人たちは会長を持ち上げてくれた。
お陰で大男は狼狽えてしまい、先の怒りをそっちのけに、言い訳を始めた。
「い、いえ。大した事はしていません。施設の質は、そこの従業員たちの気質によるものですし、商会からは寄付金を出していただけですから……」
その、だけが長期間は難しいのだが、それは指摘しない。
このまま話を進めて、退場しよう。
副会長は、狼狽えたままの会長をそのままに、優しく切り出した。
「聖女様の護衛の依頼を承った件ですが、この場で紹介しても、よろしいでしょうか?」
「おいっ。話を聞けっ」
「まあっ。もう、人を見つけてくれたんですね。流石、仕事が早いですわ」
雑音を物ともせず、聖女は明るく手を叩いた。
そんな若い女に、副会長は後ろに控えていた二人を紹介する。
「商会の護衛担当の、夫婦です。夫人の方は、私の姉弟子に当たり、夫の方は、私の師匠の一人です」
薄緑色のドレスに身を包んだ、白髪の長身の女と、礼服に身を包んだ黒髪の長身の男が、静かに挨拶と祝辞を口にする。
「貴様らっ、無視をするなっ」
「ご希望通り、神国でも守護出来る、選りすぐりの人材を集めました。気心知れた者も、含まれておりますので、ご安心ください」
「流石です。我が国の商会も、わたしの引っ込み思案を考慮した、護衛を選りすぐってくれたんですよ」
聖者が嬉しそうに聖女に報告し、空気が和やかになるが、再び雑音が響く。
「おいっ。オレを無視するとは、何事だっ。無礼千万、許せんっっ」
楽しげな主役たちの表情から、笑顔が消えた。
その変化を見守っていた副会長が、優しく微笑んだまま、ぽつりと呟く。
「……うっざっ」
しんと静まり返った場に、はっきりと響いてしまった。
「こらっ」
ギョッとした会長より先に、姉弟子が副会長の頭を軽く叩く。
「その言葉は古い」
「いや、そこじゃない」
姉弟子の旦那が、小さく指摘したが、二人は止まらない。
「すみません、言い直します。五月蝿い上に、鬱陶しい雑音が入りましたね。折角、聞かない振りで、場を乗り越えようとしているのに」
「気にするな。どうせ、負け犬の遠吠えと、変わりがない」
弟弟子も酷いが、姉弟子の返しも大概だ。
その時には冷静になっていた会長が焦る横で、護衛担当の旦那が眉を寄せた。
「一緒にしてやるな。犬に失礼だ」
今回、ブレーキが余るほど同行していると思っていたら、実は一人もいなかった。
そう気づいてしまった会長自身が、ブレーキにならざるを得ないと判断したが、それは手遅れだった。
場を取り繕う間もなく、雑音の主が姿を現したのだ。
高貴な貴族らしい、派手な礼服の若い男と、その側近らしき男たち三人だ。
聖人二人の横に立つ国王夫妻が、倒れそうな顔色で三人を見る中、男の方が肩を怒らせて怒鳴る。
「無礼な平民ども。オレの言葉を無視した罪、万死に値するぞっ」
再び静まり返った場で、聖女が静かに口を開いた。
「あなた、誰の許可を得て、発言しているのですか?」
「は? 誰の許可も、必要ないだろうっ。この国の王子の発言を制限出来るのは、国王陛下だけだ」
「お前こそ、誰の許可を得て、発言してるんだ? 平民風情が」
どうやらこの国の王子らしき男と側近は、自信満々に言い切ったが、当の国王陛下は王妃と共に、気絶寸前だ。
それを一瞥した聖女は、大袈裟に溜息をついた。
「……わたくしはこの度、聖女認定されました。こちらの方も、正式に聖者認定されております」
「っ、だから、それはっ」
「聖女と聖者は、どの国の王より、最高位に位置しているのは、ご存じですよね?」
王子は不機嫌そうに顔を顰めた。
「だから、その認定がっ」
「わたくしは、あなたが発言する事を許可した覚えが、ないのですが。無礼なのは、あなたの方です」
「っ、偽者がっ、偉そうなことをっ」
聖女の正論に、王子は完全に逆上し、側近二人が腰に提げていた剣を抜き、二人の聖人に飛びかかった。
何と言うか、気が触れているんだろうと、副会長は感想を述べた。
「それか、誰かにない事を吹き込まれたか」
「そちらだと、思いたいものですが」
消えかかりそうな声で答えたのは、今まで空気のようだった、この国の王だ。
ざわつく会場の真ん中で、国王は王妃と共に、床に跪いて、王子の首根っこを掴んで頭を床に押し付けていた。
それに倣って、国の貴族たちも国王たちの後ろで床に跪いたので、立っているのは聖人二人と商会会長、護衛担当夫婦だけだった。
副会長は、聖人に飛びかかった男二人を重ねて床に組み敷き、完全に動きを封じながら、先の感想を述べた。
会場の招待客を見るに、聖人たちの身分が高い事を、周知しているのは当然の話のようだと、予想しての感想だった。
後者希望の国王に頷き、国の重鎮の一人らしき初老の男が、控えめに言った。
「聖人の性質なのか、長い歴史の中で一度も、貴族の家からは神の御代が誕生したことはありません。それを、面白く思わない者は、一定数おりますので、可能性はあります」
「とは言え、神国の認定を、頭から否定するのは、異常です。これ以上の弁明は、致しません」
覚悟を決めた王妃の言葉を受け、貴族たちも黙り込み、聖人たちの言葉を待った。
「王子は、城の塔に蟄居、か」
帰りの馬車の中で、会長がしみじみと呟いた。
生温いと思っているのが、ありありと分かる呟きだし、副会長も同意見だが……
「会長」
「何だ?」
優しい呼びかけに、気楽な返事を返した大男に、小柄な男は優しく言い切った。
「あんたは二度と、社交するな」
これは、罰にはならない。
寧ろ、褒美に取られそうだが、仕方がない。
今回のように、直接商会に関係していなかったから、今までの修羅場は会長に無視されていただけで、一人で招待されている時のこの人が、どれだけ危うい状態なのか、分かってしまった。
会長には、これからは現場だけ見ていて貰い、営業は自分が担当しようと、副会長は心に決めた。
お粗末でございます。




