第一章 一話 目を見て話す
雲一つ無い快晴の下、レストランやマンションといった建屋を横目に、慌ただしく歩く人が一人。身長180cm、白のシャツに黒のパンツを着た黒髪黒目の男性が、足を忙しなく動かし、しきりに前とスマホを見比べている。
「今から10分後の10時30分、待ち合わせ場所は、銀狼喫茶一階奥の窓側の席…落ち着け僕…落ち着くんだ。深呼吸だ。そう深呼吸だ。」
スゥーハァーと呼吸音を響かせながら、ドクドクと脈動する心臓を落ち着かせる。
周りの通行人が、冷ややかな目で見ているが、彼は目にもくれず、スマホを少し見ては一歩歩き、また少し歩いては一歩と緩慢な足運びで、道を歩いている。
まだ……9分ある時間は大丈夫だ。目的地は目と鼻の先だ。こんなビクビクしてたら駄目だ。もっと凛々しく、堂々と男らしく臨まなければ。男らしく、そう男らしくだぁ…。
喫茶店の戸を掴んだり、離したり、ぐるぐる回りながらありもしないタイミングを窺うように入ろうか悩んでいたが不安と動揺に心が支配されていた僕に一筋の明光が見える。
イケメンでスマートな男を宿せば失敗しない。多分。
そう考えると自然と男は俯いていた顔を上げ前をしっかり上げ、丸まっていた背中をまっすぐに伸ばし、眉に力を入れ、顔シュッとなった…ような気がした。
喫茶店の扉が開き、聴き心地の良いベルが鳴り、一人の来場者を告げる。喫茶店はコーヒーの豆の香りが漂い、静かで穏やかな心地よい空間が広がっているが、男にとってはそうではなかった。そこは、尋問室に入場する被疑者の如く、一挙手一投足に神経を巡らせ、自分にとって不都合となることが許されざるような静謐とし、息が詰まるような空間に感じられ、自然と顔が引き締まる。
「いらっしゃいませ。一名様ですか。」
「はい、一階奥の窓側の席を予約したものですが。」
「わかりました。では案内しますね。」
そういうと、僕は店員の後ろを付いていった。内心では、今後の展開に不安を寄せていたが、スマートな男を宿した僕に死角はない。決意を再結晶したところで木造の廊下を通り、奥の窓側の席に着いた。
「では注文が決まりしだい。机のベルを鳴らして下さい。」
そういって後にした店員の背中が退き、机の席の様相が明らかになると、同時に僕は目を見開いた。
そこには茶色のチェックワンピースを着た華やかな女性が座っていた。
「こんにちわ」
「…こんにちわ」
思いもしない女性からの挨拶に少し狼狽しながらも、顔キリッとさせ、僕も負けじと挨拶を返した。
「ふっはははは」
突然、はち切れた笑いを挙げた彼女に、僕は困惑を隠せない。顔や手と穴という穴から汗が滲み出る。何か笑われるようなことをしただろうか。手や顔をてんやわんやしている僕を見ながら、彼女は言葉を紡いだ。
「ごめんね。さっき喫茶店の前でぐるぐるしてる君が窓から見えたから、堂々とした君が面白くて。つい笑っちゃった。ごめん。」
笑われた。死角はないとは、何だったんだろうか。僕は愕然とした様子で、物思いにふける。
今思えば…家の前からしっかりと構えるべきだったのだ。どこからみられているかも、分からなかったのに、いや、今思えば来る時間が遅すぎたのかもしれない。もっとh
「座りませんか、その早くあなたのことを知りたくて。」
僕の逡巡を、遮るように言った、彼女の言葉に従い、素直に席に着いた。そういう彼女は微笑むようにこちらを向いている。その微笑みが少し眩く、僕の心にはもったいないぐらいの友好に感じられた。
「すみません。お恥ずかしいところを見せてしまって。」
「いえいえ、可愛いかったですよ。ふふ」
「えーっと、神崎さんで間違いないですよね。」
「はい、あなたのレンタル相手、神崎かおりであります。そういうあなたは、墨田さんで間違いないですか?」
「はい、墨田…墨田智久です。」
頬をこそばゆくかきながら、お互いの確認をするもっとも、その必要はなかった気もするが…確認…そう明確にすることは、自分にとって大切だ。世の中には、マゼンタやシアン、といった明確に断言できる色から、いろいろな色が混ざり合い、一目には断言できないような澱んだ色があり、そして溢れている。ただあるだけなら何も、問題ない。だが、それらは一人で居られないが故に、澱んでいるのである。二度と出されることがないと理解していながらも何度も何度も餌をのぞむ猿、病気、餓死、孤独から解放されたのにも関わらず自然と数を減らす鼠、世の中は澱んでいる。それは神羅万象あらゆるものを穢し、苦しめ、己の生き様をつけんとしている。だからこそ、明確にしなくてはいけない、澄んだ水が流れる川に土砂を流さないために、子供の純粋な心を傷つけないために、守るために必要だったんた明確にすることは。
「大丈夫?」
彼女が声をかけてきた。その声色には、心配する心持ちを感じられた。
「申し訳ない。最近、悩むことがありまして、今日は相談も兼ねております。迷惑でしょうか?」
「いやいや、迷惑じゃないよ。異性関係で相談したい人とか結構いるからねー。それこそ彼女がいるのにもかかわらずレンタルする人とか思った以上にはいるんだよね。」
彼女に相談をする前に大きく息を吸ったそして
「では、メールで書いた通りですが… 今まではいなくても、よかったのですが特に思うこともなかったので、ですが最近、街を歩きカップルや夫婦を見かけるたびに、僕の隣には誰もいないことに気が付きまして、それで少し寂しいと感じたんです。どうして僕の横には誰もいないんだろうか、どうして今まで作ろうとしてこなかったのか、少々後悔することもありました。そこでこの寂しさを埋めるためにはどうするべきか考え、彼女を作ることでした。僕も彼女を作ることで僕の隣を埋めて、解決を図りたいと考えました。ですがそういった経験も知識もなく、途方に暮れて、迷い迷い思いついたのが、レンタル彼女に相談することでした。神崎、名前に神の名を関するあなたを見かけ、大変頼もしい方だと思い、レンタルさせていただきました。ぜひ女性目線から、彼女の作り方をご教授願ってもよろしいでしょうか。」
僕はメールで書いた内容を一息で話を終わるために、疾く早く話した。新幹線のごとく高速にそれでいて正確の発音で、嚙まないように何日も練習してきた僕の相談内容は、述べるのに2秒もかからなかった。
”決まった” 時間を効率良くするために練りに練ったこの弾丸トークを完遂できたことに僕は安堵した。
そしてしばし沈黙が流れた。彼女が僕の相談を受け、考えてくれているのだと思う。しかし間が長く感じる。彼女から回答をすぐ来るものだと見ていただ予想と反し、彼女は口を固く閉ざし、目を瞑っている。そんな彼女からは寝ている雰囲気とは反対に、重くゆらゆらと動き落ち度ころを探すどころか、慣性に押され段々と振りを大きくするような荒々しい振り子のような火力のある沈黙に感じられた。なぜだろうか…それは何となく説教のように感じられた、人と碌にコミュニケーションをとらず生きてきた僕には分からないが、それが吉と出るか、凶とでるか、ただ祈るしかない。ただ待つ、いや待てるなぜならば、今日の僕はスマートなイケメンなのだ。こんなところで話を急かすような、ちゃちな男ではい。目の前に置かれている水を飲みながら、机端においてあるメニュー表を見る、当然、耳は彼女からの応答を待った。そして数秒後、決壊した。
「早い。」
僕は練りに練ったそうだんを、一蹴され、唖然としたそして
「要は、彼女の作り方を教えてください。ってことでしょう。」
「まあ、大雑把にいえばそういうことですが…」
「そうでしょう。早くてよく聞こえなかったけど、おそらくそこに至るまでの過程やきっかけといったものでしょう。大切なことなんだからちゃんと話さなきゃダメでしょう。」
「でも、レンタルできる時間が決まっているから早く話さなきゃって。相談も長いし時間を取るからってかんがえt」
「言い訳をしない。彼女を作りたいなら、間違いをちゃんと認めることは大切だよ。それに、時間のことを考えるなら、ただ付き合うから、お金のことは気にしなくてもいいから。君の悩みが打ち解けるまでしっかりと話し合おう。そのためにはまず、相手の目を見て、伝わるように会話しなきゃ。会話は相手と築くからこそ、楽しいものだからね。」
そう言われて僕は、初めて神崎と目を見た。その目は強く、凛々しく思いやりに満ちたものだった。
「かたじけない。こんな恥をさらしてしまって」
「ははは、かたじけないってお侍さんかよー。彼女を作る時間は、かかるかもしれないけど。絶対いい相手が見つかるから、頑張ろうね。墨田君。」
僕に足りなかったものだ。”対話”。もし僕が、彼らと話し合っていたならば…
きっと神崎からは、僕が挫折してきたことを学べる。人との会話に、距離感、そして共感
僕は、彼女から学ばなくてはならない。ここで生きていくために、ここで平穏と過ごしていくために、願いを思いを希望を感じざるを得ない。
どうか、彼女が…神崎かおりが僕の殻を打ち砕く銀の弾丸でありますように。
僕は注文する内容を決め、メニュー表を神崎に渡し窓を眺めた。




