召喚ざまぁはよくあるけど、大抵の勇者も聖女も大人しく王様に従っている
召喚した人も召喚された人も相互利益のために手を取り合っていける素晴らしい未来を願っています。
目が覚めた時、ハルメアスは石造りの床に倒れていた。
冷たい。硬い。知らない天井だ。
身体を起こす。広い円形の部屋。床に複雑な紋様が描かれ、まだ光の残滓が漂っている。魔法陣だ、とすぐに分かった。召喚魔法の。部屋の周囲には十数名の魔術師らしき者たちが倒れ込んでいる。消耗しきった顔で、それでも安堵の表情を浮かべていた。
そして正面に、玉座がある。
玉座に座った老いた王が、ハルメアスを見下ろしていた。その隣に立つ若い男——宰相だろう——が一歩前に出て、朗々と声を上げた。
「偉大なる勇者よ、ようこそエルディア王国へ。あなたの召喚を、神々に感謝する」
ハルメアスは答えなかった。
まず状況を把握する。……左手を見る。印の線がない。消えている。レベル5の力も、印の声も、何もない。ただの人間の手だ。
それからもう一つ、気づいた。
自分の隣に、別の人間が倒れている。
女だった。二十代半ばか。黒髪を短く切り、動きやすそうな見たことのない服を着ている。意識を取り戻したところらしく、ゆっくりと上体を起こしながら周囲を見回していた。
目が合った。
その目は、状況を素早く整理していく目だった。慌てていない。ただ、冷静に現実を確認している。
「……召喚、されたんですね」
彼女は小声でハルメアスに言った。帝国語ではなかった。だが意味が分かった。翻訳魔法が働いている。
「そのようです」
「あなたも?」
「俺もだ」
彼女は小さく息を吐いた。
「最悪の展開ですね……」
「完全に同意する」
宰相が咳払いをした。
「勇者よ、聖女よ——まずは立っていただけますか。王陛下がお言葉を賜りたいとのことです」
二人は立ち上がり、玉座を見上げた。
王が立ち上がり、ゆっくりと口を開いた。
「勇者よ、聖女よ。我が王国は今、未曾有の危機に瀕している。魔王軍が国境を侵し、村が焼かれ、民が死んでいる。我らの力だけでは、もはや限界だ。そなたたちの力で、どうかこの世界を救ってほしい」
宰相が続ける。
「勇者殿には魔王を討つ力が。聖女殿には癒しと加護の力が授けられているはずです。どうかその力を——」
「一つ、確認させてくれ」
ハルメアスが静かに遮った。声は低いが、部屋に響く。
「なんでしょう、勇者殿」
「俺は召喚に同意していない。気づいたらここにいた。それで正しいか?」
宰相が一瞬言葉に詰まる。
「……召喚魔法の性質上、事前にご連絡をすることは難しく——」
「つまり、同意はなかったんだな」
「……はい」
「俺の人生を、俺の許可なく中断させた。それが最初の事実だ」
宰相の表情が固まる。
ハルメアスは淡々と続けた。
「二つ目。軍はどこにいる?」
「は?」
「国境が侵されていると言った。では軍はどう動いているんだ」
「勇者殿をお迎えするために、儀式を優先し——」
「つまり、勇者が来るまで国境の防衛を後回しにしていたのか?」
「動かしてはおりますが、魔王軍の力は我らの比ではなく……」
「その間に、俺に何をさせるつもりだ?」
「魔王を倒していただく——」
「その魔王城はどこにある」
「北にございます」
「距離は?」
「徒歩で半年ほど——」
「補給はどうする? 道中の町や村で、か?」
「……はい」
「俺が半年かけて辿り着く間、国境はどうなる? 四天王が各地に散らばっているなら、俺が一人ずつ倒している間に残りは? 俺が道中で死んだ場合の次の手は? 魔王を倒した後の統治は誰がするんだ?」
宰相の顔から血の気が引いた。
「一人の人間に国家の命運を全部賭けるのは、軍事的に自殺行為だ。俺が死んだら終わり。精神が折れたら終わり。帰還したら終わり。なぜそんな一点賭けをする?」
「し、しかし召喚の儀式は神聖なものであり、神託に基づいて——」
「神が選んだ救世主を呼んだ、ということか」
「そうです。だからこそ——」
「では神は、俺の同意を取り付けたのか?」
宰相が黙った。
隣の老齢の貴族が声を荒げた。
「無礼な! 勇者として召喚された以上、王国への奉仕は義務——」
「義務?」ハルメアスが冷たく繰り返す。「誰が決めた義務だ?」
「神託が——」
「俺はその神託を聞いていない。俺の知らない場所で、俺を道具として使う決定がなされた。それを義務と呼ぶのは、ずいぶん都合のいい解釈じゃないか」
貴族の顔が赤くなる。
「貴様——」
「言葉が通じない相手を、話し合いもせずに魔王と呼んでいる。同意なく召喚し、義務だと押しつけ、補給も統治も考えていない。これで本当に世界を救えると思うのか?」
長い沈黙が落ちた。
隣でサクが小さく息を吐いた。ハルメアスが横を見ると、彼女は口元に手を当てて笑いを堪えていた。
その瞬間、王が口を開いた。
「……そなたたちの言い分は分かった」
声は静かだった。怒りではない。落ち着いた声だった。
「だが、一つ聞かせてほしい」
「どうぞ」
「そなたたちは、元の世界へ帰る手段を持っているか?」
ハルメアスは少し間を置いた。
「……今は、持っていない」
「持っていない」王は繰り返した。「では、帰り方も分からないな」
「……そうです」
「ならば」王は静かに続けた。「こちらに協力した方が、そなたたちにとっても賢明ではないか。魔王を倒した者には、元の世界への帰還魔法を授けると約束しよう。それだけの術師が、この国にはいる」
ハルメアスは答えなかった。
答えられなかった。王の言葉は正しかった。帰り方を知らない。この世界で生きていくなら、どこかの勢力に頼るしかない。そしてその事実を、ハルメアスは論破の最中に一度も考えていなかった。
王は続けた。声はあくまで穏やかだった。
「それにそなたたちの力が開花するまで、待つことはできる。だが待てなくとも構わない」
一拍の間。
「そなたたちの命は、今この瞬間、我らの手の中にある。それは理解しているか」
謁見の間が、しんと静まり返った。
ハルメアスは王を見た。王は目を逸らさなかった。ただ、事実を述べていた。そしてその事実は、完全に正しかった。
言葉が出なかった。
どれほどの沈黙だったか。
隣でサクが一歩前に出た。
「……申し訳ありませんでした」
サクの声は落ち着いていた。
「私たちは突然こちらに来て、混乱していました。言い方が行き過ぎた部分があったと思います。私たちは……生きたいです。できれば、元の世界にも帰りたい」
王は黙って聞いていた。
「少し、時間をいただけますか。二人で話し合う時間を」
王はしばらくサクを見ていた。それから小さく息を吐いた。
「……反省してくれ」
それだけだった。
「客室を用意しろ。二人をそこへ」
ハルメアスは歩き出しながら、横のサクを見た。サクは前を向いたまま歩いていた。
「……助かりました」
「交渉の基本ですよ」サクが小声で返した。「負け色が見えたら、いったん引いて時間を稼ぐ。命がかかっている場面では特に」
「俺には……それができなかった」
「私だって怖かったです。でも、そこで黙っていたら本当に終わりだった」
通された部屋は、想像よりずっとまともだった。
石壁だが窓がある。天蓋付きの寝台が二つ。テーブルと椅子。外から鍵はかけられているが、牢ではない。
「軟禁、ですね」サクが部屋を見回しながら言った。
「そうだな……牢よりはマシだ」
二人はテーブルに向かい合って座った。
しばらく重い沈黙が続いた。
「さっきは本当にありがとう」ハルメアスが先に口を開いた。
「いいえ。あなたがあそこまで正論を突きつけてくれたおかげです」
「……俺が黙ってしまったせいで」
「正論で攻めていたのに、正論で返されたんです。誰だって一瞬言葉を失いますよ」
ハルメアスはテーブルの木目を見つめたまま、低く言った。
「情けないな……」
サクは少し考えてから、穏やかに微笑んだ。
「私は、あなたの言ったことは全部正しかったと思っています。ただ、正しいだけでは生き残れない場面って、確かにあるんですよね」
「あなたは……なぜ頭を下げられた?」
「そうしないと死ぬと思ったから」サクはあっさり答えた。「プライドより命の方が大事です。今の私にとっては」
「……割り切りが早いな」
「交渉の仕事が長かったので。相手に主導権を渡すのが一番安全な時もあるって、身に染みてわかっています」
その時、扉が静かにノックされた。
扉がノックされ、入ってきたのは老王本人だった。側には宰相、数名の魔術師。皆、静かに緊張している。
「そなたたちの力が、開花したようだな」
王の声は穏やかだが、目は確信に満ちていた。
ハルメアスは立ち上がり、サクもそれに倣った。
「……結界で察知したのか」
「そうだ。試してみせてもらおう」
拒否する意味はない。二人は部屋の中で力を示した。
ハルメアスは身体を軽く浮かせ、瞬間移動で端から端へ。
サクは淡い光を放ち、側近の軽い傷を癒し、防護膜を張ってみせた。
部屋が静まり返った。
王の唇がわずかに緩んだ。
「……素晴らしい。神託通りだ。未来見の魔術師の予言は、今回も外れなかった」
宰相が慌てて進み出る。
「陛下、これで正式に——」
王は手を上げて制した。
「30年前、私の師匠である帝国の筆頭魔術師ヨクアールが、同じ予言に基づき勇者を召喚した。あの時も、一人の戦死者もなく魔王を討ち、世界に平和をもたらした。勇者たちは名誉騎士に取り立てられ、平民の10年分の報奨金を与えられた。今も冒険者として暮らしているそうだ」
王はゆっくりと語った。まるで教訓を語るように。
「ヨクアールによれば、勇者たちは最初、礼儀作法に疎く、名誉にも鈍感だった。皇帝への謁見でも突っ立ったまま叱責を受け、騎士団の訓練を『名誉』とは思っていなかったという。だが、帝国は彼らを丁重にもてなし、訓練を施し、補給を完備し、治療師・鍛冶師・兵士1000名を同行させた。結果は完璧だった」
王の視線が二人に注がれる。
「我々も同じことをする。そなたたちを丁重に迎え入れよう。力を鍛えるための訓練所、治療師、伝説の武具——『聖剣エクセリア』と『聖盾アヴァロン』、『聖鎧カリバーん』のありかも教える。帰還の術についても、ヨクアールに連絡を取ってみる。あの男なら、何か知っているかもしれない」
サクが静かに尋ねた。
「……条件は、魔王討伐だけですか?」
「そうだ。生き延びたいなら、これが最も確実な道だ。拒めば……そなたたちの命は、この城の地下で終わる」
ハルメアスは沈黙した。
(……論破したつもりだった。だが、王は最初からこの展開を読んでいた。力が発覚すれば、こうなることを)
サクが小さく息を吐いた。
「わかりました。……協力します。まずは力を鍛えさせてください」
王は満足げに頷いた。
「では、明日から訓練を始めよう。部屋の鍵は開ける。城内は自由に動いてくれ。必要なものはすべて用意する」
王と一行が退出した。
部屋に静けさが戻った。
ハルメアスは窓辺に寄り、夜の街を見下ろした。
「……結局、こうなるんだな」
サクが隣に立った。
「異世界召喚ものの基本ですよね。反発しても、力がバレたら丁重にもてなされて、結局協力せざるを得ない。帰還の術は『後で考える』で先送り」
ハルメアスは苦笑した。
「俺たちの論破は、ただの前座だったってことか」
「まあ、そういうものですよ」サクは肩をすくめた。「でも、生きてるうちはチャンスがある。訓練中に情報を集めて、伝説の武具を手に入れて……いつか、自分の道を探せばいい」
ハルメアスは夜空を見上げた。
「そうだな。……とりあえず、明日から本気で鍛えてもらうか」
二人は思った。
——これが、召喚された者の「基本的な結末」なんだろうな、と。
貴重なお時間を使ってお読み頂き、本当に有難うございました。
興味を持って頂けたならば光栄です。
作者のモチベのために☆やいいねを残して頂くと幸いです。感想などもお待ちしております。
ブクマ頂けたら……最高です!
ーーー
2人はさまざまな困難を潜り抜け、伝説の武具を手に入れ、さまざまな戦場を救った。そして、二年後、魔王城に辿り着き、魔王を倒した。
凱旋は盛大だった。
沿道は民衆で溢れ、花びらが舞い、歓声が響いた。
城で王は二人を迎えた。
「よくやってくれた。そなたたちは真に世界を救った勇者と聖女だ」
夜、帰還の祝宴が開かれた。
王が杯を掲げる。
「今宵は心ゆくまで飲め。明日、帰還の準備を整えよう」
二人は杯を受け取った。
そして、聖女は死亡し、勇者は生きながらえた。
勇者、ハルメアスは夜明けと同時に王の寝室へ。
「最初の謁見の日を覚えているか」
王は黙っていた。
「あの日、あなたは言った。『命は我らの手の中にある』と」
「……覚えている」
「今日、同じ言葉をお返しする」
ハルメアスは言った。
「俺はサクの遺体を元の世界に返す。それだけが目的だ。復讐は——この国の秩序に委ねる」
王の顔から血の気が引いた。
「帰還魔法の術師を呼べ。今すぐ」
術師が魔法陣を描き、サクの遺体を元の世界へ送った。
そして、ハルメアスは手紙も託した。
サクの世界では、一つの遺体が届いた。
深夜の住宅街だった。
誰もいないはずの路上に、突然人影が現れた。監視カメラの映像には、その瞬間がはっきりと記録されていた。前の一コマには何もない。次の一コマには、若い女性が横たわっている。ワープでも編集でもない。物理的に、いきなり出現していた。
通報を受けた警察が駆けつけた時、女性はすでに死亡していた。
若い。二十代半ば。黒髪を短く切り、見たことのない素材の服を着ていた。外傷はない。身元不明。所持品なし。ただ一つ、傍らに小さな紙切れが落ちていた。
紙に書かれていた文字は、既知のいかなる言語にも属していなかった。
司法解剖の結果が出たのは、発見から三日後のことだった。
担当医は報告書を書きながら、手が震えるのを止められなかった。
死因は毒物による心停止。しかし使用された毒の化学式が、既存のいかなるデータベースにも存在しない。自然界に類似物質すらない、完全な未知の化合物だった。
さらに問題は別にあった。
遺体から、未知の病原体が検出された。ウイルスでも細菌でもない。既存の分類に当てはまらない微生物だ。毒性は現時点では不明。ただし、担当医が接触した後に軽度の発熱が確認されたため、遺体は即座に隔離された。
報告は国の機関へ上がった。
国の機関は、報告を受けてしばらく沈黙した後、上位機関へ回した。
上位機関は、一つの可能性を検討し始めた。
分析チームが紙の文字の解読に着手したのは、発見から一週間後だった。
文字そのものは解読できなかった。しかし紙の素材を分析すると、地球上に存在しない植物の繊維から作られていることが判明した。インクの成分も未知。羽根ペンで書かれたと思しき筆跡は、しかし既知のいかなる鳥の羽根とも一致しない。
映像解析チームは監視カメラの映像を何十回も見返した。編集の痕跡はない。電磁気的な異常もない。遺体は、物理法則を無視して出現していた。
量子物理学者が呼ばれた。
宇宙物理学者が呼ばれた。
そして最終的に、一人の研究者が静かに言った。
「これは、別の世界から送られてきたものです」
会議室が静まり返った。
「証拠は全て揃っています。未知の化合物、未知の病原体、未知の植物繊維、そして物理的な瞬間出現。この世界の科学では作れない毒で殺され、この世界にいない微生物を持ち、この世界に存在しない植物で作られた紙と共に、この世界の物理法則を無視して出現した。他に説明がつきません」
長い沈黙があった。
「つまり」誰かが言った。「この女性は——異世界から送り返されてきた、ということか」
「はい」研究者は答えた。「おそらく、そちらの世界で殺されて」
遺体の身元が判明したのは、さらに二週間後のことだった。
鈴木サク。二年前から行方不明になっていた女性だった。
家族が呼ばれた。父親が遺体と対面し、しばらく動けなかった。
父親は後に、調査官にこう話した。
「娘は突然消えたんです。二年前の朝、出勤するはずが帰ってこなかった。どこを探しても見つからなくて……まさか、別の世界にいたなんて」
調査はさらに進んだ。
過去二十年間の行方不明者データベースと、今回の遺体の出現パターンを照合した結果、類似した「瞬間出現」の報告が世界各地で散発的に記録されていたことが分かった。いずれも未解決。いずれも身元不明か、あるいは当初から行方不明者として処理されていた。
研究チームは確信した。
これは一件ではない。繰り返されてきた事象だ。
国際会議が招集されたのは、発見から二ヶ月後のことだった。
議題は一つ。
「異世界からの拉致事案への対応について」
発言台に立った研究者は、データを示しながら静かに言った。
「確認できているだけで、過去二十年間に世界各地で百件以上の類似事案があります。いずれも行方不明後に遺体が戻るか、あるいは本人が帰還するケースです。帰還者の証言を改めて精査すると、全員が共通して『別の世界に連れて行かれた』と述べています。これまで精神疾患として処理されてきた証言の多くが、実は事実だった可能性があります」
会議室がざわめいた。
「彼らは何のために連れて行かれたのか」
「証言を総合すると——戦争に使われていました。魔王と呼ばれる存在との戦いに、勇者や聖女として」
「つまり、兵器として使われていたと」
「はい。そして用が済めば、こうして遺体が戻ってくる」
沈黙が落ちた。
やがて一人の代表が口を開いた。
「対応策は」
研究者は答えた。
「現時点で、召喚を防ぐ技術はありません。しかし——召喚しようとした側に、相応の報いを与える方法については、検討中です」
一方、エルディア王国。
ハルメアス、勇者の暴露により王が失脚した後の混乱の中で、一部の貴族が新たな召喚を強行しようとした。
魔法陣が光り始めた瞬間、中央に鉄の円筒が現れた。
表面に数字が刻まれ、カウントダウンが始まっている。
「これは何だ?」
「時間を計っている……あと三分……」
貴族が命じた。
「どかせ。詠唱を続けろ」
鉄の箱は動かなかった。
二度目の召喚が始まり、今度は紙が現れた。
翻訳魔法で読み上げられる。
「『異世界召喚は拉致行為です。これ以上の召喚は行わないでください。なお、先ほど送付したものは、再度召喚を試みた場合に起動する装置です。カウントダウンがゼロになれば——』」
読み上げが止まった。
全員が鉄の箱を見た。
数字は残り十秒を切っていた。
「止めろ! 詠唱を止めろ!」
叫びが響いたが、時すでに遅し。
ゼロ。
瞬間、鉄の箱が眩い光を放ち、空間そのものが裂けた。
光と熱と衝撃波が召喚の間を飲み込み、瞬時に城の半分を吹き飛ばした。
続いて連鎖反応が起きた。
王都の至るところで、同じ光が上がった。
魔術師たちが隠していた召喚陣の残滓全てが、同時に共鳴し、暴走した。
一夜にして、王都は炎と瓦礫の海に変わった。
生き残った者はごくわずかだった。
ハルメアスは遠くの丘から、その光景を呆然と見つめていた。
彼はただ、サクの世界へ「警告の手紙」を託しただけだった。
ハルメアスには、何一つ分からなかった。
ただ、夜空を染める炎と、遠くから聞こえてくる悲鳴と絶叫だけが、風に乗って届いてくる。
「……何が、起こった?」
翻訳の加護が拾う声は、断片的で、意味をなさない。
勇者であるハルメアスは、召喚されたその日から、ただ生き延びるために戦ってきた。サクと出会い、翻訳の加護を引き継ぎ、魔族と人間の橋を架け始めた。それは国王が決して望まなかった「別の未来」だった。ハルメアス自身も、この旅がここまで続くとは思っていなかった。復讐でも、帰還でもなく、ただ「続けること」だけが、彼に残された役割だった。ハルメアスは元の世界に帰らなかった。
一方、召喚した国王は、命を握ることで全てを支配できると信じていた。老いた玉座で、勇者を道具として使い捨て、最後まで「秩序」を守り抜いたつもりだった。しかしその秩序は、異世界の報いによって脆く崩れ去った。王は玉座の間に引き出されたとき、最後の瞬間に何を思ったのだろうか。夜明けの光を見ながら、初めて勇者を召喚した朝を思い出し、「自分の手の中にあった命」が、実は自分自身を縛る鎖だったことに気づいたのかもしれない。
ハルメアスは丘の上で、ゆっくりと息を吐いた。
「……これで、終わり、なのか?」
サクが始めたことを、終わらせるために。
もう誰も、異世界から引きずり込まれることはない。
少なくとも、この世界からは。
ーーー
残念ながら現在の地球ではこのレベルに文明が育っていないので泣き寝入りするしかないですね。というか、うっかり帰ってきちゃったら疫病を撒き散らすことになりそうです。




