過去
第一印象は「真面目そうな人」だった。
雄大さんはどこか母と似てほんわかした感じだったけれど、状況を上手く読む彼の姿はいかにも頭の良さそうなかんじ。
そういえば蒼井って苗字、どこか見覚えがあると思っていたら理科と数学で毎回上位に名を連ねていたような気がする。
特待コースの人も確かその教科だったら何人か負けていたかも。
正確には覚えてないけど。
こういう時って大体、緊張とかを感じるのが与野一般論だと思うのだけど、そんなのは微塵も感じない。
はじめまして、と他人行儀な挨拶。
素直に伝える第一印象。愛想笑い。
昨日まで他人だった人が家族になって兄までできる。
よほどの精神の持ち主でない限り、ラフに接することなんてできるはずがない。
それなのに慌てふためくことがなかったのは、多分彼が私と同じ気持ちを持っていたからだと思う。
よく見せたい人の前では取り繕ったり、上手く会話を合わして場面を進めたりすること。
嫌いなことをするのは時間が長く感じるとか、はたまたその逆とか。
でもそれは結局感情に左右されているだけであって本心ではない。
だから人の心って面倒臭いんだろうね。
世の中には様々な捉え方があるけど私はそう思う。
一通り自己紹介を終えると安堵したかのように母が横でゆっくりと息を吐いた。
「どう?千歳、緊張してる?」
それは普通、もっと前に言うことだと思うんだけどな。
私の緊張をほぐそうとしてくれているのかも。
「まあちょっとね」
小さいことを表すジェスチャーをして答えた。
本当はしてないと答えれば、私は嘘をつかないでいられたけれど恐らく母さんは緊張しているだろうし、同感してくれる人がいれば心強いと思ったのでそう言っておいた。
夜のファミレスはあちらこちらで賑やかな話が聞こえてきて、しんみりとしたこのテーブルがなんだか別世界に居るみたいだった。
仕事の都合とかもあるだろうけど、別日程でも良かったかもね。
その後、雄大さんから蒼井さんと誕生日が3日違いであることや、彼が本当は恥ずかしがっていたことなどを聞かされた。
私がお堅い挨拶をしたとか、余所行きの格好が着慣れていなくて変に見えているとか考えられる要因はあげたらキリが無いけど、別にどうでもいい。
何よりそれを彼が否定しなかったので本当かそう出ないかどちらだったとしても対応としては1番正しいであろうスルーを選択させてもらった。
今、私の目の前には母と会話する兄がいる。
昨日までは「男性」というくくりでしか私からは認識しない存在が義兄という名前に変わった。
だが、結局は他人。
観客をあっと驚かせる奇抜なマジック。
懐かしさを思い起こさせる卒業アルバム。
全ての感想や感情は、多大な同じ主観の集まりによる客観に過ぎない。
グラフであればその他に分類され、お客様の声では表にすらでないような一個人の変わった考え。
そんな考えだからこそねじ曲げることは少ない。
だから私は、昨日まで他人だった人が家族になろうがならまいがその人に対する感情は全く変化しない。
嫌いな嘘で感情を作って全体のために動く。
もちろん私だって多数派の意見の時もある。
別に逆張りがしたい訳じゃない。
だけど、結構その時の行動は取り繕った時の行動と変わらないから。
だからきっと、この先彼に抱く感情が変わることは無い。
多分そっちの方がやりやすいよね。
彼の横顔を見てそう思った。
止まる気配のない盛り上がりを見せる他のお客さんたちの声を浴びながら蒼井さんと外に出た。
比較的高い位置にあるこの地域でもこうして周りに建物が密集していると熱が籠って暑い。
着ているシャツをパタつかせて風を胸元に送る。
ちょうど鎖骨がくっきり見えるくらいだけど、彼は全く意識して無さそう。
こんなに暑いのに涼しく感じるのが少し不思議。
ちょっと調べてみようかな。
そんな探究心にあふれた思考を巡らすのも悪くないが、せっかく二人きりだし、私の過去についてできるだけ柔く話すことにした。
いつもこの話をするときは脳よりも先に体が反応する。
確か反射、だったっけ。
どう言ったとしても重く受け止められて、私と相手の間に距離ができることが脳では当たり前と認識しつつあるのに、体がまだ否定し続けている。
頭の中で再生されるのは
悪口の書かれた机、隠された上靴、罵詈雑言を浴びせられている私。
蒼井さんに伝えたのは母さんの話だけだけどもう一つ私が人を信じられなくなった理由がこれ。
怖くて、辛くて、虚しい。
そんな感情が脳を蝕んでいった。
いじめの主犯格。加担する人。傍観者。他人。
私の視点からは全員が黒い何かに染まっているようにしか見えなくて、ああ結局みんな同じなんだなって思った。
もちろん母には相談してない。当時の自分でもそれぐらいは分かっていたみたい。
私が今になっても友達が1人しかいないのは、感情を偽ったところで変えられない過去をいつまでも引きずっているからかもしれないな。
泣きもせず、叫びもしない、うずくまる私を見てそう思った。
彼の顔を見てしまうと恐らく声が震えてしまうから、夜空に光る三日月を見ながら話を終えた。
伝えた母の事と、イジメのことでトラウマになっている体の症状を抑えるための私の願いはすんなり受け入れてくれてその後、すぐ2人が来たのでそのまま解散となった。
流石に二軒目行くほど野暮じゃないか。
暗いのに賑やかな夜の街からバスに20分ほど揺られて、15年間過ごしてきたカフェ「Le Boneheur」の二階部分へと入っていく。
もうすぐこの部屋で過ごすことがなくなるのを、比喩的に表現しているかのような段ボールの数々。
ソファの前のミニテーブルに置かれているエアコンのリモコンを取ってつける。
「今日はどうだった?」
薄く羽織っていたカーディガンをハンガーにかけていた母がそう言った。
「ん〜」
最寄りのバス停から歩いて15分の距離のところにある家なので十分冷えていたバスに20分いても結局汗びっしょりになっていたTシャツを脱ぐ。
多分同時に欠伸もした。
「楽しかったよ」
「そう、それならよかった」
羨ましいことに母はあまり汗をかかない体質だ。
私もさっさとお風呂に入って明日も勉強しないと。
母が化粧を落としに行くのと同時に小走りでついて行った。
静寂に包まれるリビングの棚に、2つの写真が立ててあった。
「須磨千歳6歳、書道、入選」
金髪の少女が表彰状を持って笑顔でピースをしている。
「府立橘高校入学式」
糸瀬千歳と母親が校門でならんで写真をとっている。
裏側に乗っている写真の情報によると、それぞれ 和歌山と京都だった。
本当に遅れてすいません。




