父と二人で
太陽が西の空へ傾き始めてから4時間ほど経った、現在4時。
蒼井家と糸瀬家の家が合体した記念すべき瞬間だ。
父と夕食の材料と日用品などの買い物を近くの大型ショッピングモールで済ませて、後部座席がパンパンに埋まった車を地下駐車場に止める。
自分が住んでいるマンションは15階建て、4LDK構造となっているため何部屋空きがあるかは知らないが、駐車場がとにかく広いうえ、それがB3まである。
1度しか挨拶に行ったことがないのであまり覚えていないのだけど、このマンションの管理をされている方はここに住んでおらず、市内でも一際目立つ豪邸に住んでいる。
全然堅苦しい雰囲気はなく、チャラい感じの40代ぐらいの人で豪邸というワードからお金のイメージを持っているだけかもしれないが、貧乏。と言われれば疑うぐらいのチャラさではあった。
そんな方が管理するこのマンションの駐車場は、
1部屋に対し、2個まで借りることができるのだが、朱里さんは車の免許を持っていないらしいとのことでここで見る車の数は変わらないようだ。
後部座席の荷物4つを自分と父で2つずつ持ち、先にあるエレベーターへと進んでいく。
「なあ優。今日夕飯作るんだけど、手伝ってくれるか?」
「珍しいね、そんなこと言ってくるなんて」
父さんはとある会社の部長として雇われている。
朝は早いし、夜も遅いというのがいつもの事なので夕飯を作るということ自体があまり無かった。
「いやあ..新しくできた嫁さんと娘にいい所見せたいだろ?」
「まあ分からなくもないが..」
会話では同情しつつ、父さんの「自分や優も料理をできるから」と密かな朱里さんや糸瀬さんに対しての優しさだと心の中で思う。
家庭とは助け合って、時に気遣いする場所であると、新しい状態を目の当たりにして考える。
前を歩く父のその背中は少し張り切っているように見えた。
右上の小さなモニターが1から10まで上がっていく様を無心で見続け、出てすぐの1番手前側の部屋までくる。
1度荷物を置き、タッチで開ける部屋のカードをポケットから取り出す。
このカードは俺と父しか持っていなかったが、朱里さんたちのために新しく2つ作ったらしい。
部屋番号は1001、住人名は「蒼井/糸瀬」...
「父さん、これいつ変わったの?」
タッチされた音がなり鍵が開く。
荷物を2つとも右手に持って、ドアを開けつつ、こちら側を少し向いて答える。
「ああ、それか。買い物の間に業者に頼んでおいたんだ。どうだ、驚いただろ」
「いやまあ、驚いたんだけど...名前これでいいの?」
「とりあえず、2人の高校卒業まではこれで行こうって朱里さんとも話してあるよ」
なるほど、いきなり糸瀬さんの姓が俺と同じ「蒼井」になったら何かと困ることがあると見越してくれたらしい、
冷静に考えてみれば、「そりゃそうか」とはなった。
見慣れた部屋、見慣れた景色。
使わない二部屋が倉庫と化していた蒼井家の部屋事情だが、もうすぐそれは美女達が住む部屋と呼ぶようになる。
あの顔合わせから早2週間。
夏休み真っ只中だ。
幸いにもエアコンが壊れたなどといったことは無かったのだけれども、父さんが仕事に行っている間に行っていた倉庫から何も無い部屋へと変える作業には大変苦労した。
だが、それと同時にbefore、afterを感じられるというのがやりがいの1つでもあるのだろうな。
家具は糸瀬さん達が家から引越し業者に頼んで持ってくるらしいので、元々あった物はそれと入れ替わりで置いてくれるらしい。
彼女たちが来るのはまだ二時間ぐらい後なので、まだ部屋は殺風景のまま。
覗ける時間も恐らく限られてきている。
決して堪能するものではないが、目に焼き付けて部屋をあとにした。
どこかのジャーナリストが言っていた。
「人の印象は3秒で決まる」と。
あの顔合わせや糸瀬さんとの会話は、家ではなく外で行われていた事。
父さんと朱里さんは知らないが、私生活やそれ以外の家での振る舞いは知る由もない。
つまり、これから4人で生活していくにあたって何が大事であるか。
それは些細な行動である。
「3秒で決まる」というのは正直、誇張表現だと思うがやっぱり「塵も積もれば山となる」と言った感じで、細かい行動がその人という枝に対して情報という肉をつけていき、印象ができる。
そんな考えを持った上で、今ソファに座りながら黙りこくっている我の悩みは何であるか問おう。
答。
それは歓迎の挨拶だ。
「一生一緒だね...キモすぎるな。今日からよろしく。無難にこれかな...」
ブツブツと様々な挨拶の決まり文句を自問自答しながら少しの間考えていた。
「おーし!優。そろそろ始めるぞー」
「はいよ」
時計の針は午後4時40分を指している。
買ってきた日用品の片付けを挨拶をどうしようか決めたあとに行い、終わったところで父からのお呼び出し。
クッキングのお時間だ。
水道で手を洗って、エプロンを腰に巻いて父の横に立つ。
「今日は何を作るんでしょうか。お父さん」
2人並んだキッチンでどこかの料理番組のようにそう問いかける。
「本日はローストビーフとポテトサラダ。それからピザを焼いていこうと思いまーす!」
おお〜とそれっぽい驚嘆と拍手を数回。
その後父さんは、誰に説明しているのか分からない材料の説明を行っていた。
料理番組風にハマったらしい。
「今作ったら料理冷めない?というか肉は固くなるよ?」
ふたりが来るのはまだ後なので、今作っても味が落ちてしまう。
「ある程度出来たら隠しておこうと思うんだ。小さなサプライズ的な感じでね」
確かにポテトサラダは冷やせばいいし、他二つも直前で調理すればと問題は無さそうだ。
「ほら、2人も荷物の整理とかあるだろうしね」
その時、ついでに糸瀬さんの部屋の手伝いを何の前置きもなく頼まれていたのだけど、不覚にも気にせずわかったと返事したのが今となっては遅い悔い。
プライバシーがどうとかで部屋を作ってあげた癖に、息子には手伝えと言うとかよく分からないな。
じゃがいもをふかして潰したり、ローストビーフを作っている父さんの姿を見たりしていると少し昔を思い出す。
これは料理中に限らずだが、不定期だ。
昔、まだ自分が幼稚園児や小学校低学年だった頃は今みたいに二人で料理を作っていた。
徐々に浮かびが上がってくる当時の記憶と、少しずつ楽しそうな会話が脳で再生される。
その頃から父さんは料理を作ることが好きだったようで、簡単な作業を俺に任せていた。
今、浮かんでいる思い出の中の俺は楽しそうにひき肉を手で捏ねている。
トレイに並べられているハンバーグだと思われるその肉の塊は不揃いで歪なものばかりだ。
それでも一生懸命捏ねては、父さんに「見てみて!」と言って。
それに対して父さんも、「おおすごいな〜、優は将来シェフにでもなるのかな?」と笑って頭を撫でている。
その言葉はお世辞としか捉えられないようなそんなセリフに聞こえる。
でもそんな気持ちは少しも感じられなかった。
ワクワクと胸を踊らせながら蓋をしたフライパンを見つめている当時の自分。
目を輝かせながら「まだ〜??」と何度も父に聞く。
積極的に準備を手伝って、食卓に並んだハンバーグを大きな口で美味しそうに頬張る。
時間にして数時間の、ハンバーグを作ったという思い出の欠片。
ふと思い出したからか、随分と昔の思い出だからか分からないが今日はとても懐かしく感じられた。
そして父さんに関しても、ひとつ気付いた。
父さんは料理を作ることが好きな訳じゃない。
俺と作ることが好きだったんだ。
今日、これから囲む新たな食卓もいつか思い出す記憶となるかもしれない。
しょうもなくて、普通すぎる変哲のない話。
それでも、そこから新しく楽しさを作っていけたらどんなに毎日が鮮やかになることだろう。
横で楽しそうに味付けを考えている父に理由もなく、一つお願いをした。
「ハンバーグも作らない?」
少し驚いた顔をした父であったが、すぐに快諾してくれた。
具材を混ぜて、ある程度の大きさのひき肉をこねる。
当時のようなワクワクや好奇心はない。
楽しい会話だって生まれはしない。
でも、父と自分の2人だけの時間が、いつも以上に速く進んで行った気がする。




