頼るということ
特にこれといった問題が起こることもなく、その日の顔合わせ会は暖かい雰囲気のまま9時半頃に終わりを迎えた。
互いに明日が早いから、という理由でそのまま解散する流れとなった。
父さんと朱里さんは少し話をして会計をしておくから、と店に残り新しくできた「妹」という存在と外で待っておくことにした。
いくら夜の街と言えど9時半になれば少しは静かになっているかと思ったが、そんなことはなく風物詩という言い方はあまりしたくないのだけれど夜の街そのままの雰囲気は全く変わっていなかった。
大人たちの楽しそうな声が四方八方から聞こえる。
そのような派手で陽気な夜の街とは平行線の別の世界を生きているかのような清楚極まりない女性が隣にはいる。
変わらず響く喧騒の中で、黒の中に真っ白が混ぜられたかのような存在は道行く人でも振り返る人は少なくなかった。
外見で物事を判断しないようにはしているのだけれど、見た目通りの礼儀正しい挨拶はこちらの勝手な見解を除き、安心した。
これで仮に彼女がギャルピースとやらをしてきていたら疑心暗鬼な性格がイメージとして残るぐらいにはなっていたかもしれない。
だがしかし、この「妹」という存在。
観察眼が優れているなどとは全くと言っていいほど思っていないが、少し気になることがあった。
それは距離の置き方だ。
初対面であった俺や父さんならまだしも、朱里さんとの会話中でさえ一歩距離を置いているように見えた。
先程も言った通り見抜く事が得意なわけでは全然ないので間違っている可能性もあるのだが、その違和感は本人の口によって解消された。
「あのね、蒼井さん。少し私の話をしてもいいかな」
長い沈黙を破って、糸瀬さんが話を始めようとしてくれている。
手足が少し強ばって緊張している様子だ。
俺は黙って頷き、彼女の話を受け入れることにした。
俺の顔を見て聞いてきた糸瀬さんだったが、どこか遠くの何かを見つめるように前を向いて話し始めた。
「私がまだ1歳だった頃ね、両親が交通事故で亡くなったの」
「当時の私はまだ物心がついてないものだから、両親なんてものも、しかもそれが既に居なくなっている存在なんて到底理解できなかったんだ」
「それでね、自分で言うのもなんなんだけど私、結構物分りが良かったらしくてさ、今の母さんに小三の時に話を聞かされたの」
「それでちと―――糸瀬さんは大丈夫だったの?」
変えることのできない過去ではあるが、少しでも慰める気持ちでそう質問した。
それに対して糸瀬さんはううん、と首を横に振って一息ついてから答える。
「私はその時、どうすることも出来なかったんだ」
「泣いたり、怒ったり。そんな感情が芽生えなかった」
「実の親が亡くなっているって知らされたのに、ホント最低だよね」
そう言ってどこか悲しそうにははは、と笑う糸瀬さん。
頭の中では当時の記憶や感情が蘇っているのかもしれないと思うと胸が締め付けられる。
「でもね、その時から私には自分の中の心構え、見たいなものができたんだ」
だが、彼女は決意したようにそう言った。
「人を信じない、事だよ」
「別に誰のせいで、とかじゃなくて。そうすれば何でも都合良く収まると思ってるんだ」
月明かりが綺麗な黒髪を照らしている。
儚さと美しさを同時に纏った彼女に少し見とれていた。
そして彼女は最後に俺に頼み事をした。
「だからさ...私を頼らないでほしいんだ」
この先ずっと...と付け加えた彼女の瞳には己の顔が写っている。
答えなら決まっている...。
どこかへとつき離されたかのようなその言葉は、俺にはしっかりと届いている2人の関係のこれから。
「ああ、わかった」
それは彼女に聞こえるはっきりとした声で。
「安心したよ」
もう1つは自分にしか聞こえないぐらいの小さな呟きで、そう答えた。
「頼る」という行為は恐らく彼女の話からして、精神的に身を委ねというものだろう。
しかし俺はそんなこと、頼まれずともするつもりはこれっぽっちも無かった。
自分がされて嫌なことは他人にもしない。
その教えを心に刻んでいるからだ。
私は「嘘」という言葉が嫌いだ。
偽りだけで作られた外側の情報で、人々は物事を済ませようとする。
嘘はそんな愚かさと醜さの権化だ。
だけど私は同時に「嘘」をたくさんついている。
私がみんなの前で表現する、笑い、怒り、悲しみ。
それらの感情はみんなの話し合う壇上から一段降りて、観客として盛り上げているようなもの。
それでも、人の話は最後まで聞いて微笑んだり、ドラマの話で盛り上がっているならばその人たちが感じていたらしい気持ちを表現して作り出す。
そして相手は思うだろう。
「この人は私の話を理解してくれる」
取り繕っているだけの感情だって、そんなの誰も見破れない。
「美味しい」と言われて流行ったものだって、本当は美味しくなかったとしても、そんなことは誰も言わない。
だから正直レビューなんてものが重宝されるのだろう。
世間はそうやって円を成す。
私はその一員?
誰に問いかけるでもない疑問符のついた質問は、胸の奥に閉じ込めておく。
頭の中に広がる暗闇の世界には、少しずつ成長していく私の姿。
私はそれを抱きしめることも、追いかけることすらしようとしない。
見慣れない部屋に、見覚えのある家具。
そして散らばっているたくさんのダンボール。
窓から差し込むオレンジ色の夕日の輝きが時計に示される午後6時半を強調しているかのようだ。
いつもは家から見上げていたタワマン、という存在だが今日からは見下ろす側になった。
もともと住んでいた喫茶店の上の部屋は今後倉庫として使うと母さんが言っていた。
10階、4LDK。
どちらも体験するは愚か、聞くことすら生涯ないだろうと思っていたその言葉。
「千歳ちゃんにもプライベートはあるだろう」と雄大さんが用意してくれた私の部屋だって初めてのこと。
出会いは始まりを産み、別れは終わりを告げる。
RPGの主人公っぽいキザなセリフもしっくりくる状況に私は置かれている。
表に出すことは無いが、少し楽しいと思った。
貼られているガムテープをはがし、作業を始めようとするとドアが2回ノックされる。
「糸瀬さん、手伝ってって言われたんだけど、入ってもいいかな」
「分かった、いいよ入って」
そうやって入ってきたのは私の「兄」。
お互いにとって1番都合のいい関係として捉えられている双方。
いきなり、家族になりました、と言われたところでこの前まで他人だった人といきなり兄妹になれるはずがない。
兄妹は1番近い他人とも言うらしいが、この場にはぴったりだろう。
私は彼と、「家族」として他人という枠組みをいつか越えられる日が来るのか、そんな事は全く分からない。




