蒼井優の自筆
―――これは今から少し先の話。
騒がしい車の音。交通規制の笛。
なんとなく、楽しそうな雰囲気で溢れかえる街中が現実であると知らせてくれる役割のようなものがあると思う。
人々は手を繋ぎ花火を心待ちにしたり、狙いの景品がゲットできるまで射的をしたり、はたまた店のくじを全部買うとかいう奇行に走っているかもしれない。
俺は今、鳥とコンセントぐらい縁のない場所に来ている。夏祭りだ。
例えが下手であることは置いておくとして、縁がないのは確か。
人類皆、夏祭りがなくなっても大丈夫なはず。
炎上した芸能人はすぐ替えができて、学校の教師だってこの世にはたくさんいる。
オセロがなくなったところで、自分たちに害はない。
では、議題を戻そう。
そのような一概である、夏祭りという存在。
なぜ行こうとするのか?
答。
貴重感である。
かけがえのない時とか、一生忘れられない思い出を毎度毎度、作りに来ているわけではない。
人生80年、80度の夏の中で、夏祭りに何度行けるかわからない。
そんな価値の高さがこの普通名詞には詰まっているんだ、多分。
だが、そのような感性を持たない者も、もちろん一定数いるわけで。
みんながみんな同じ価値観を持っていることはない。
周囲に合わせることこそが存在意義であった自分が最も理解すべきことだ。
水の入ったヨーヨーや金魚を持っている子供達が横切っていく度についつい自分の昔と重ね合わせてしまう。
意味もなく過ごした中学生の頃、こんなことになるなんて、全く想像していなかった。当たり前だ。
奇想天外のストーリー、常識を覆すゲーム。
それは二次元だからいいのであって、現実に起こっていいものではない。だから面白い。
澄んだ夜空と空気の中で輝く天の川を見上げる。
くだらなくて、みっともない自分の生き様がこんなに美しくあれたなら...。
そんな行くあてのない気持ちは神社に満ちる、たくさんの声で消え失せていった。
△
バタバタしていた同居生活は2日目の朝となった。
夏休みも残り一週間、残暑が厳しいところ。
生活リズムを崩さないように、一応7:00にアラームをかけているが、今日は少し早めに起きてしまった。隣の目覚まし時計は、6:00を示している。
寝ることにあまり欲がない俺は少し髪を整えてから、リビングへ向かった。これといった他意はない。
世の一般的には、今日は日曜日。
休みである父と朱里さんを起こさないように気をつけながら、リビングのドアを開けると、そこにはエプロン姿の糸瀬さんがいた。
こちらには気づいていないようだったが、見ておいて挨拶しないのも、家族としてどうかと思い声をかける。
「おはよう、糸瀬さん」
IHの前でなんやら腰に手を当てながら吟味していた様子であったが、さすがに気づいてこちらへ振り向く。
「おはよう、結構早いね」
「まあね」
既に2日目、まだ2日目。
どちらと考えるかは時によりけりだが、軽い挨拶はレベルが高い。返してくれるとさらに嬉しい。会話とはそういうものだ。家庭内でもそれは変わらない。
「何か作ってるの?手伝おうか?」
自分のドがつく料理下手は伝わっているはずだが、さりげない優しさは、人間関係の基盤。
困っていたらしい糸瀬さんに微力ながらも力を貸したい。
「いやー、朝ごはん。パンかご飯か...どっちがいいのかなって」
「え?」
思っていたよりもしょうもない考え事だった。
仲のいい兄妹なら「愚問だな...」とか返しそうだが、そんなことは普通にない。当たり前に。
「父さんはどっちでも行ける人だよ...あ、俺もね」
「そうなんだ、ありがとう」
あかりさんがどっち派であるかは知らないが、一応助けにはなっただろうか。
何か作り始めるのを見届けて、俺はリビングを後にし、洗面所へと向かった。
新しく並ぶ見たことのない化粧品の数々と追加された2つの歯ブラシ。
新鮮な様々なグッズたちが頭を切り替えていくように感じる。
シャワーを浴びて服に着替え、リビングに向かうと3人揃っていた。
「珍しいな、優がシャワー入るなんて」
「ちょっとサッパリしたかったんだ」
一番大事な「朝に」という修飾語が抜けていることによる唐突な不潔発言を否定し、正面に座る。
結局、朝ごはんはパンだった。
食卓に並ぶのはパンとバターとジャムとソーセージ、そして 味噌汁?
「糸瀬家では毎朝必ず味噌汁を飲んでいたのよ〜」
疑問に思っていたことが見透かされたのか朱里さんが言った。
「なんかあんまよくわかんないけど、体に良さそうだからって 母さんが始めたんだ」
言葉に締まりがない辺り、本当に突発的に始めたものらしい。
「随分健康的な朝食ですね」
「そう言ってもらえると嬉しいわ〜」
家にはその家なりの習慣があるものだ。
それが糸瀬家では朝の味噌汁だっただけ。おかしい話ではない。だけど、こんなことならご飯派って言っておくべきだったかもしれない。
家族らしく、4人で食卓を囲んでからしばらく経った頃、朱里さんが思い出したように口を開いた。
「そういえば今日、夏祭りがあるのよ、みんなでどうかしら?」
口調からはわくわくが感じられた。多分行きたいのだろう。
父はともかく俺は糸瀬さんの顔を横目で見た。
また始まったよ...みたいな顔?
分からないけど、少なくとも驚きはしていないかな。
自分は正直どっちでも良かった。
別に、夏祭りに苦い思い出を抱いてるわけでもなければ、青春したい!とか思っているわけでもなかったから。
一人ずつ順に聞いてきた朱里さんのYES or NOに対して俺は、
ノリ悪く「行きます」と答えた。
△
夏祭りは16時から。現在時刻は11時。
俺は自室に戻って、日課の小説を書く。
誰に見せるわけでも読ませるわけでもなく、ネットにあげることもしない。
どちらかといえば自分の思いを書き連ねたものだから、日記の方が近いかもしれない。
昨日の続きのページを開いて、書き始める。
初めての人との生活は難しいことの始まりでもあれば、今までの終わりでもある。発見というものが、過去を捨て去ることであるように、新しさは古きへの別れだ。
信じると頼るの違い。それは何だろう。
少なくとも自分は、信用して任せることができない。
だから他人に判断してもらって自分はそのように動いていく。
それでうまくいかなくても自分1人を責めればいい。誰か責めることや恨むこと、妬むことはできない。きっとそれは優しさや責任感なんてものではなくて、自分が諦めるか、他者が諦めるかの違いによるものだ。
あの時こうしていれば、その時あいつがああしていれば。
そんなものを一生背負って生きていくのは重いし、苦しいし、辛い。
ならば一人でやってしまえばいい。
嘆いて悲しんで一人きりになる。
それでことが済むならその道を選ぶ。
人に助けられることも時には素晴らしく評価される。
そしてそれに慣れれば、今度は自分が人を助ける。そんな意識が芽生える。それは人を頼ることも同様に。
協力することや、力を合わせる仲間意識が屈強なチームを作り上を目指していける。
だが、それだけに賛同する気はない。
人を頼って、助けてもらって、多大な人脈を持つ人材が世間において優秀であることは間違いない。
ただ、物事には必ずデメリットが存在する。
つながりは時に、ほどけなくなる。
一度の貸しがどんどん増えていけばもう逃れられない。
頼る、頼られるの関係が悪いこととは言わない。
だが、一方が偏り、単独の人間に対して全てを任せる。
そんな環境が嫌いだ。ものすごく。
信じると頼るの違いとは何だろう。
この問いに答えるのがすごく難問のように思えてきた。
いつかこの答えがわかるその時のためにこのページの空欄はそのままにしておく。




