この日々の名前は
蒼井さんが手伝いに来てくれてから、しばらく経った頃。
彼がいつか書いた私のスケッチが入った箱を開けた。
趣味で、意味もなく、たくさん書いてきたものだったけど、中に入っていた二枚の絵には少し思い入れがある。
私には小学生の頃、憧れていた人がいた。
名前は風乃。
彼は私が引っ越す小学4年生まで、一度も同じクラスにならず、行事ごとを欠席しがちであったがために顔も知らない。
私が彼の名前を知っているのは、16年間生きてきた私の人生の中で唯一追いつくことができなかった存在だったからだ。
テストでは学年一位、スポーツテストでTOP10。
クラスの境を越えて入ってくる彼のニックネームは『天才』。
精神的に辛い思いをしていた小学4年生中も、私が学校に行っていたのは何より、彼の存在があったからだと思う。
憧れという燃料が私を燃やし続けたんだ。
苦手だった運動も積極的に取り組んで勉強にもより一層励んだ。
一回ぐらいは勝てる、前向きな姿勢で私は居続けた。
だけど、一位風乃。二位須磨。
これが変わることはなかった。
だけど私は転校する時も、その結果を見た時も嬉しくなってしまった。
私の中の憧れは、未だ憧れでいてくれていると。
徐々に人を信じられなくなっていた私にとって、彼は期待を裏切らなかった。
手の届きそうで届かない存在。それをまるで具現化したような彼という存在がいつまでも目印。
私が京都に来て、まず一番に書いたこの絵には離れていても変わらない光。
希望とか夢とか、そんな大きいものではないけど、消え失せることのない輝きは、私を導いている。
懐かしくい思い出に浸ると、今も昔も私は人に支えられているとわかる。
人を信じたり、頼ったりすることはできなくても、私を導いてくれる存在が近くにいることが、何よりもありがたくて、素晴らしいことだ。
そんな嬉しさや大きな憧れに満ちた一枚目とは違い、二枚目の絵は後悔を表している。
それは直接的なものではなく、絵から思い出されることへのもの。
和歌山にいた頃、私はよく遊んでいた男の子がいた。たしか名前は奏。顔は思い出せない。年こそ分からなかったものの、私の初めての趣味の合う友達だった。
その奏という子は小学校であったことを聞かせてくれたり、逆に私が話をしたりしていた。
そういえば、当時は気にならなかったけど、今思い返せば、少し違和感を感じる会話内容だった。
「今日、本を読んだんだ」
「今日、絵を描いたんだけど」
「少しお話を書いてみたんだ」
なんというか学校らしい話を何一つしていなかった。まるで私に合わせてくれているかのように。
一度思えば関連することが数珠繋ぎになって溢れかえってくる。
思い出せば、思い出すほど不思議な子だった。
私としっかり会話をしているはずなのに、距離を取っているようにさえ感じてしまった。
だけど当時の私はそんなこと微塵も感じておらず、ただただ仲良く遊んでいた。
日が暮れるまで、毎日のように。
すごく楽しくて、時間も忘れていた。
今だって、あんな高揚を覚えることはない。
少年少女特有の、汗をかいて、外で友達と遊ぶその楽しさをその時の私も体験していたんだ。
だけど、そんな血気盛んだった、当時の私でさえ拭いきれないもどかしさがあった。
それは彼に対する感情だった。
学校で一人だった私にとって人に抱く感情といえば、うるさいとか、そんなものばかり。
だから私にとって、彼という存在が支えであり、かけがえない友達でもあったことは確かだけど、それ以上の感情についても、私は否定できなかった。
形にできないわからない何かを抱え続けたまま、私は彼と会えるはずもない、京都という地に来てしまった。
数年が経った今、私が持っていたその情の名前を、私は知っている。
それは今では考えられない。
人間不信である私にとって、全く異なる存在だから。
もちろん、今はそんな感情を誰にも持ち合わせていない。
だからこその未練、後悔。
あの時伝えていれば、私達はもっと変わることができたのだろうか。
名前のついた関係に胸を躍らせていたのだろうか。
私がこの絵を描いたのは決心を表意するためでもあった。
出会っていても交わることのない二つの存在。
これは一方的なものかもしれないけど、思い出に区切りをつけて頑張っていこうと描いたもの。
だけど、どうしてだろう。
蒼井さんがこれを見つけた時に、私は反射的に目をそらしてしまった。
区切りをつけて頑張っていこうと決めたはずなのに、思い出した記憶から私は逃げているような気がする。
心に訴えかけてくる何かは、あの頃に近い何かを持っている私に伝えている気がした。
「あなたはもう新しいそれに出会っているよ」と。
私の心にまだそれは届かなかった。
△
1時間ほど経ち蒼井さん伝授のコツを胸に刻んで、大方部屋が片付いてきた。
片付いてないというか、見てないものといえばあれぐらいしかないけど…。
ちょうどそのようなことを考えていた時に、蒼井さんの持つ小さな箱が目に入った。
絶対人には見られたくないものが入っている、それを私はさっと取り返して尋ねる。
少し乱暴になってしまった自分を叱ると共に見られてないことを安堵する。
この箱の中身はアルバムだ。
思春期をこじらせているつもりじゃないけど、昔の自分を見られるのは気恥ずかしい。
別に相手がどうこうとかではなく、当時と今はすごく変わっているから余計に。
笑っている顔とか泣いている顔とかそんなものが全てこのアルバムに詰まっている。
絵を描いていた人からすれば、写真とはものすごく画期的な発明。
1800年代フランスで鉄板写真が発表されたのが写真の始まり。
それまで油絵やら高級なものでしか、自分たちの姿を残しておけなかったのが安価で量産できる写真によって、たくさん残せるようになった。
絵画には、絵画にしかない良さがあるのも当たり前の話だけど、一瞬見せた感情や気持ちの変化を捉えることができ、収めることができる写真は何にも変えることができない唯一無二のもの。
今となっては、少し理由をつけて取らなくなってしまったものの、あの頃をあの頃のままに残しておけるのはやっぱりいいことでもあると思う。
かけがえのない時間が詰まったアルバムをクローゼットの棚において、クッション性の高いベッドに腰を下ろす。
数回跳ね返ってくるあたり、バネの吸収力を感じる。
今、私と蒼井さんは互いに干渉せず頼らない。
表面上の会話だけで、物事が進んでいく名のない関係。
別に、二人の間に何かを生み出したいとか、そういうことを思っているのではない。
ただこのままではいけないと、そう思った。
相手とその親の人柄を知った上で言えること。
謙虚で頭の回転の速い蒼井さんと、思いやりがあって、優しさに満ち溢れている雄大さん。
私だけの都合で騙し続けるのは良くない。
直感で思った。
蒼井さんを隣に呼んで私が思っていることを察してもらうために、まずは回りくどく伝える。
そして、私のわがままなお願いを伝える。
なんとも堅苦しい約束を取り付けてしまったような気がした。
私が知っている言葉でできるだけわかりやすく伝えようとすれば、いつもこうなってしまう。
でも、そんな私の発言もしっかり理解してくれた。やはり頭が冴える。
私はそんな彼のことを素で微笑ましく思って、くすっと笑ってしまった。
秘密な形をしている私をスライムのように、柔軟に適応してくれてるのがとても嬉しかったんだと思う。
私は、蒼井さんの事をまだよく分かっていない。
もしかしたら何かすごいことを抱えているかもしれない。
けど、一瞬でも分かり合えたような。
そんな気がしたから。
彼の目を見て誓う。綺麗な茶色の目。
人を信じることのない私の人生で幾度目かの決心。
傷ついて憎まれて、それでも立ち上がってきた複雑な形の人生に、最近は少しずつ合うものが見つかっているような気がする。
理由は分からないけれど、でも彼や雄大さんと出会う前の自分とは明らかに違う。それはわかる。
誰とでもこんな風にできたらよかった。
本心でもありながら、嘘でもあった。
ずっとずっと拒絶してきた。
だけど分かり合えれば、物事はこんなにも変わっていくこと。
人の生きる人生。人と生きる人生。
孤独か否か。
殻にこもっていた自分は少しずつ遠ざかっているかもしれない。
人と関わっていくことはまだ難しいかもしれないけれど、少なくとも既に私は円を書き始めている気がする。
未知に溢れた、たくさんの無数の点を全て繋げよう。
そうすれば円が完成するはず。
△
約束を交わした後、他愛もない話を数分していた。
友達のこと。気にしていた家事のこと。
少しふざけた話もしたりした。
この新しく始まった日々に、私は名前をつけない。
今名前をつけたら、もったいない。
どこかでそんな気がしているから。




