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義妹が出来たその日から  作者: Nanomu
糸瀬千歳:新しく始まった日々に

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10/14

「私がいるから」

閉店した7時から3時間ほど経っていよいよ客足も弱まってきたところ、見覚えのある顔が来店した。

「おっす〜、会いに来たよー」


手に紙袋を持って現れたのは、今日の朝早くに電話してきた彩美だった。


遊びに誘われること自体は、あんまり珍しくないけど、今日はそれを断ってしまったから、少し心配していた。

でも、そんなものは杞憂だったみたい。


「てっきりもう遊びに行ってるかと思ったんだけど、本当に今日は無理だよ?」


勉強とか読書がしたいなどの理由ならまだしも、今日の用事は大切かそうでないかなど、以前の問題で回避できない。


「わかってますよ!そのくらい。千歳にだって、男の一人や二人や三人はいるもんね」


「そんなのじゃないし、3人もいらないでしょ」


「あ!否定したー!!」


「やかましい」


一瞬蒼井さんの顔がよぎったのは気のせいだ。


その後、じゃあ仕事頑張ってねとすぐに彼女は帰った。

手土産として渡された紙袋の中には、某チェーン店のドーナツが入っていた。後でLINE送っとかないと。

チアの友達を持つことは、時に少し面倒くさいこともあるけれど、全然悪くない。

そうやって気づかせてくれるのも、また彼女のいいところの一つ。

私が友達でいられること自体が、彼女のおかげでもある。



最後に帰ったお客さんのカップやら皿やらをシンクに持っていき、ドアにかけているオープンをクローズに変えた。


楽しさを実感していた訳でもないけど、心なしか早く時間が過ぎたような気がする。

勉強と読書。そして、仕事。

時間を感じる速度が速いものがもっと増えればいいな。

そうすれば1日が早く終わるのに。

人間がいい情報しか鵜呑みしないように、体感なんてものもいい影響を受けていると思えば、そうとも言えるような都合のいいもの。

でも失うものはないし、言うだけ得とも思っている、簡単だけど、難しい話。


ドーナツを厨房に置いて壁の時計を見ると、十字を回ったところ、外の掃除と店内の最後の確認をしていた母が戻ってきた。


「お疲れ様〜、はいこれ」


そうやって渡されたのは、白い封筒。


「なにこれ」


「お金よお金。働いてくれてるんだから、当たり前でしょ?」


一応、ここを手伝い始めたのは夏休みからなので、考えることに関しては、おかしくないけど...


「いらないよ?お小遣いあるじゃん」


月一で、お小遣いを貰っている私には到底必要のないもの。

挙げている本人なんだから、それぐらいわかるでしょ。


「だって、千歳。本にしか使わないじゃない」


まあこれに関しては図星。言い返すすべがない。


「でも流石にこんなにいらない。はい」


そう言って私は、封筒の10万円から5万円を抜き出して、母に返した。


母は少し驚いたが何を思ったか、「もう、あんたって子は...」といかにも目に涙を浮かべていそうなセリフを言って私に抱きついた。

こんな情緒がちょっぴり変な母でも私の母だ。





時刻は昼頃になった。

一階のカフェは完全に閉め、二階で二人、昼ご飯の支度をしている。

いつも思うけれど、母の料理はすごく美味しい。

家庭の味というか、安心感というか。そんなものを感じさせてくれる。私も料理は好きだけど、母には及ばない。味付けや工程を全て真似ても、追いつくことができない。


母が言うには、料理は心で作るらしい。

いつかこんなことを言っていた。


「料理って、誰かに美味しいって言ってほしい。うまくできたらいいな。みたいな自分の心から広がっていく思いで完成されるものなのよ」


正直私には、その話の意味が一ミリもわからなかったけれど、横で料理をしている母を見て思ったのは楽しそうということ。


鼻歌を歌って、肩で軽くリズムを取って料理の匂いを嗅いではわあとか、おぉとか、感嘆の声を漏らして。


もし私が食材だったら、こんな人に調理してほしい。みたいな変な思想を考えてしまうぐらい母は美しかった。

時にそれは「愛」、「エール」、「真心」。

状況に応じて変化していく。粘土のように。

決して固くならないのは母の注ぐ楽しさという水が耐えることがないから。


いつか私も絵を描く時とか。いや、どんな時だってこんな風になれたら、毎日が明るくなるのかもしれない。

具体的に誰かとはないけれど。誰かのことを思ってすることは、きっと素晴らしいことなんだろう。


母さんに言われた通りに着々と料理を進めて、トマトソースが出来上がった。

味見しても、何も問題はなし。我ながらいい出来だ。あとはこれを母の茹でているパスタと絡み合わせれば完成。

残すはそれだけなので、先に皿やフォークの準備をしておく。水も忘れずに。

茹で上がったことを知らせるタイマーの音から数十秒後、食卓にスパゲッティーが並んだ。

ミートソーススパゲッティ。

人によっては、ミートソースパスタというところもあるらしいが、スパゲッティは、パスタの一種ロングパスタであり、意味的には変わらないので、家ではこう呼んでいる。


母が席に座り込んで二人で手を合わせて「いただきます」。


味見しているから味は分かっていると思っていたが、少し訳が違かった。

麺と合わされば倍美味しい。口いっぱいに広がるトマトの酸味とソースの旨味がもちもちの麺と合っている。教えてもらった通りに作ったといったけれど、そのテンプレが恐ろしくすごいものだった。




半分ほど食べ進めた頃、母が重く口を開いた。

料理している時の態度とは180度違って。


「前も言ったけどほんといきなりこんなこと、というか、まぁ、ごめんなさいね...」


申し訳なさそうに言ってきた言葉は、二週間前、唐突に告げられたことへの謝罪。

言われた時こそ驚いたけれど、納得はした。


まず第一に母はすごく美人。

もちろん私の実の母親ではないから、私が似ることは、性格ぐらいしかないんだろうけど、もし私が母と同い年になった時に、これほど美しくあれるかと問われるとないと答えてしまうだろう。

そして相手。確か、雄大さんだったかな?

バイトを始めていない時から私が顔を覚えていた数少ない一人でお店の常連さん。

あの人もとても優しそうな方だったから、惹かれる理由は十分だと思うけど、何より話している母がとても生き生きしていた。

くだらない世間話をしては、意味もなく笑い、あって、まるで本当の夫婦のような。

私は、母が私を引き取る前にどんな生活をしていたかとか、そんなことは全く知らない。

でも、もし何かあったとしても、雄大さんになら母を任せられる。

そんな根拠のない安心感が持てた。

フォークを置いて下を向いている母の肩をトントンと叩いて大丈夫だよと励ます。


「今から不安がってちゃ、何も出来ないでしょ。私は大丈夫だから」


「ね?」と母の目を見て、力強くはっきりと言う。


小学校4年生のあの日。隠していたイジメがバレたことが、記憶として蘇る。

その時の母は感じているはずの不安を打ち明けてもらえなかったという自分に対する無力感に泣いた。今でも覚えている。その日から誰にでも優しくて、謙虚だった母に人間らしさが減った。

私のせいでなってしまったことだけど、もちろん二度とそんな風にはなってほしくない。


だって母があの人と話している時は、ものすごく生き生きしていて。

そしてあの人は母が好きになった人で。


そんな母の人生を、私のためを思ってのことで、自分が不幸になるような道にはしてほしくない。


私にはまだ好きとかの感情を持つことはできないけれど。いつか部屋でふざけた会話を見せてもらったり、二人が作った料理を食べたり。


そんなのでいい。

そんなのがしたい。


新しいことに踏み出した母を私は応援する。


「私がいるから」










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