第5話 ステージの向こう側
フェス当日。
空は驚くほど青く澄んでいた。
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■麻耶 ―― 朝の支度
キッチンに差し込む朝日。
麻耶はエプロンを外し、鏡の前に立つ。
久しぶりに引いたアイライン。
少しだけ派手な口紅。
「ママ、今日どこ行くの?」
娘が不思議そうに聞く。
「歌いに行くの」
「テレビ出る?」
「ううん、でもね…ママにとっては特別なステージ」
子ども達はよく分からないまま、笑って手を振った。
玄関で靴を履きながら、夫が言う。
「終わったら連絡して。
最高の声、期待してる」
麻耶は小さく頷いた。
“母”じゃない自分に戻る、たった数時間。
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■響 ―― 車の中で
会場へ向かう車。
助手席にはギターケース。
ラジオから流れてきたのは、偶然にもレベッカの「フレンズ」。
「……出来すぎだろ」
思わず笑う。
信号待ちで、ハンドルを握る手に力が入る。
会社の携帯は今日は電源を切った。
「今日は…ホットハンズのギタリストだ」
10年前、文化祭に向かう朝と同じ気持ちだった。
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■慎司 ―― 楽屋で
会場の楽屋。
慎司は黙々とベースのチューニングをしていた。
指先は、驚くほど落ち着いている。
「緊張してない?」と大地。
「してるよ。でも…心地いい」
数式を解く前の静けさに、少し似ている。
「今日、俺たちの“証明”をしよう」
慎司はそう言って、ケースを閉じた。
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■大地 ―― 会場の音
ステージ裏。
ドラムセットに座った大地は、会場のざわめきを肌で感じていた。
観客席の奥に、見慣れた顔がある。
喫茶店の常連、昔の同級生、近所の人。
「……来てくれたんだな」
スティックを握り、深く息を吸う。
この音は、俺の人生そのものだ。
本番10分前。
4人は円になって立った。
誰も大きなことは言わない。
言葉はいらなかった。
麻耶が静かに言う。
「10年分、歌うね」
響が答える。
「10年分、弾く」
慎司が頷き、
「10年分、支える」
大地が笑う。
「10年分、叩く!」
その瞬間、ステージ係の声が響く。
「次、ホットハンズの皆さん、スタンバイお願いします!」
照明が落ち、歓声が上がる。
足音が、板張りの床に響く。
まぶしいライト。
熱気。
ざわめき。
麻耶がマイクを握る。
“あの頃”と“今”が、同時に胸を満たす。
響がギターを鳴らし、
慎司のベースが低く響き、
大地のドラムが、心臓を打つ。
カウント。
――ワン、ツー、スリー、フォー。
BLUE TONE が、会場を染め上げていく。




