第2話 動き出した日常
フェス出演の話が出て三日。
4人はグループラインを作り、久しぶりに頻繁に連絡を取り合うようになった。
「リハ、いつ入る?」
「仕事終わりだと twenty のスタジオ空いてるよ」
「子ども寝かせてから来れる?」
「大地の店で夕飯食べてから行くのもアリ」
10年前と同じ軽やかさ。
だけど、それぞれの生活は確実に重く、複雑で、責任を背負っていた。
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■麻耶の朝
家中に子ども達の足音が響く。
「ママー!靴下どこー!」
「このプリント学校に出すやつ!」
「ごめん、今日お弁当いるんだっけ!?」
洗濯物、食器、幼稚園バスの時間。
怒涛の朝をこなしながら、麻耶はふとキッチンの冷蔵庫に貼ったメモを見る。
〈ホットハンズ リハ 金曜20:00〉
胸が、小さく高鳴った。
“音楽”が家事と子育てに少しだけ入り込む。それだけで世界が明るくなる。
「…久しぶりに、声出しとこうかな」
子ども達を送り出したあと、静かな家で小さくハミングする。
10年前と同じ声が確かに自分の中に残っていた。
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■響の昼
社長室のデスクに積み上がった資料。
電話、メール、部下からの相談。
高校時代はギターさえあれば十分だったのに、今は何もかもが自分の判断にかかっていた。
「ひびきさん、来週の商談の件なんですけど…」
「わかった、午後に資料見せて」
忙しさに追われながらも、机の引き出しには一本のピックが入っている。
同窓会の翌日に、なんとなく買ってしまったものだ。
――フェス、本当に出るんだな。
考えるだけで胸がざわつく。
「久々だ…ギター、弾きたい」
仕事帰り、スタジオへ自分だけで寄ってみた。
10分だけのはずが、いつの間にか1時間が過ぎていた。
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■慎司の研究室
静かな大学の廊下。
授業とゼミの合間に、慎司はベースケースを覗き込んだ。
「弦、張り替えないと…」
理詰めで生きてきた彼が、ベースに触れる時だけは“理屈より感覚”。
学生時代から変わらない唯一の領域だった。
研究室の本棚に、こっそり置いた譜面。
そこには響が送ってきた、新曲のギターのコード進行が書かれている。
「…いいじゃないか。響にしては珍しくエモい」
指が自然と空中で動く。
フェスまでの3ヶ月を計算して逆算したシミュレーションも、すでに頭の中にあった。
慎司は静かに笑った。
「数学よりずっと難しいな。…だからこそ楽しいんだ」
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■大地の喫茶店「カモメ堂」
お昼どき、店は常連客で賑わっていた。
「大地くん、聞いたよ〜!バンドまたやるんだって?」
「へへっ、まぁ…久しぶりにね!」
カウンターから響く皿の音。
店中に広がるコーヒーの香り。
そして厨房奥には、古くなったスティックが飾られている。
大地にとってバンドは“青春”であり、“家族”でもある記憶だった。
「フェスか〜。緊張より楽しみの方がデカいな」
ふと、入口のベルが鳴った。
「よっ、大地。今日のミートパスタ頼む」
響が顔を出した。
「お、リーダー!珍しいじゃん」
「ちょっと相談があって…」
2人でコーヒーを飲みながら話す。
10年前は毎日のようにこうしていた。
自然と、あの頃の距離感に戻れるのが不思議だった。
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■4人再び集まる夜
金曜20時。
スタジオの扉を開けると、4人が揃っていた。
「遅れてごめん、子ども寝なくてさ」
「大丈夫大丈夫!今日はまず音合わせからだな!」
アンプが温まり、スティックが手に馴染む。
慎司がベースの弦を弾き、響がギターを鳴らす。
麻耶がマイクを握った瞬間――
そこには、10年前の“ホットハンズ”がいた。
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「なぁ、フェス……本気でいくか」
響の一言。
慎司と大地が頷き、麻耶がゆっくりと笑った。
「うん。私も…本気で歌いたい」
青春の音色
その夜から、彼らの「BLUE TONE」が本当の意味で動き始めた。




