レベッカ3
私が“レベッカ”になって、早くも数ヶ月が過ぎた。
街へ降りて体の治療を受け、今後に備えて薬も手配している。
本当は、いつか彼女のことを魔王に話さなければと思っていた。
こんな不毛な偽りを、いつまでも続けられるわけがない。
「今度ゆっくり時間がある時に」「落ち着いたら」——
そう思い続けているうちに、時間だけがどんどん過ぎていった。
それだけではない。
こんな風に誰かと穏やかな日々を過ごす事は初めてだった。
魔女というだけで存在を否定され、王都では家畜以下の扱いで、無理矢理力を使役しなければならない。
今日の食事もままならない。
街へ降りれば関わり合いたくないと姿を見せれば逃げられる。
ここでは他人の目に怯え、逃げ隠れるように生活する必要はない。
そんな心配をしなくていいのは私が"レベッカ"だからだ。
もし、彼女が私を庇って壊れてしまった事を魔王が知ったら?
仲間を大切にする彼だから、私を軽蔑するだろうか。
***
あの日以来、王の命令で派遣された兵士たちが、森に入り込むようになっていた。
最近では彼らも遠慮がなくなってきたのか、手を焼くことが増えてきた。
変身したまま防御を行うのは、体力の消耗が激しい。そのためエレナの姿のまま、姿を隠しつつ魔法で対処している。
それにしても、なぜ彼らは今になって森に侵入してくるのだろう?
今のところ、こちらが牽制すれば深追いせず引き下がっているが、本格的な戦闘が始まるのも時間の問題だ。
私は魔王に、現状の報告と、対策について尋ねた。
「僕が魔力を抑えているから、あの程度の装備でも侵入できるんだろうね」
私が淹れた紅茶をゆったりと飲みながら、魔王様はのんびりと答えた。
「何を呑気なことをおっしゃっているんですか」
最近、魔王様は紅茶がお気に入りらしく、よくお代わりをする。
ソーサーを添えて優雅に飲むその姿は様になっているが、今はそれどころではない。
「魔力を抑えている、ですって? なぜそんなことを……」
悪意を持って攻撃された場合、魔王様であってもタダでは済まないはずだ。
「放っておけばいい。不可侵条約は城までだ。森に入ること自体は規制されていないし、罪を犯しているわけじゃない。それに……その時が来たら、魔力の抑制をやめれば済むことだよ」
「では、今すぐ抑制を止めてはいかがですか?」
「……そうだ、この杭を森の周囲に打ち込んでおいてくれないかな。僕が作った結界だから、簡単には入って来られないはずだよ」
はぐらかされたような会話に疑念を抱きつつも、私は指示された杭を持ち、結界の設置に向かった。
魔王様の言う通り、杭による結界は非常に効果的で、攻撃はぴたりと止んだ。
ここ数日は巡回だけで事足りている。
だが、何も行動を起こさない国王に、私は逆に不気味さを感じていた。
己の失敗や過ちを認めない彼らが、そう簡単に手を引くとは思えない。
一般市民を魔女でないと分かっていながら、処刑を強行してきた人間たちだ。
私を追ってきたのか、それとも別の理由なのか。
魔王様からは「ゆっくりしていればいい」と言われたが、どうにも居ても立ってもいられなかった。
そして、その不安は的中した。
***
「…………!」
杭が引き抜かれ、結界が破られている。
そのすぐそばには、若そうな兵士が事切れていた。
……いつからだ?
昨夜見回った時には、結界はまだ無事だったはず。
今から追えば、まだ侵入者を見つけられるかもしれない。
——いや、その前に、魔王様に報告を……。
そう考えて身体を城の方へ向けた瞬間、思い出したくもない、ぞっとするような声に呼び止められた。