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あらし

「やっほー、芥川先生久しぶりー! 痩せた?」

「藤川さんが大きくなったんじゃないんですか」

「女性に向かってそういうこと言うかね、相変わらずひねくれてるねぇ」

「ちゃんとアポを取ってから来る人になら、丁寧に接しますけど?」

「いいじゃん、同じサークル仲間なんだからさぁ、それぐらい」

「異性ってことを考慮してくださいよ」

「大丈夫、アタシ芥川先生タイプじゃないから!」

「はっ倒すぞ」

「押し倒すってことぉ!? ちょっと見ない間に情熱的になったねぇ!」


 玄関でさっそくダル絡みをされ、天井を仰ぐ。

 藤川さんはいつもこうだ。

 普段はインターネット越しではあるが、ネットの姿とリアルの姿がこうも変わらない人間は珍しいだろう。

 日焼けした褐色の肌に、明るく染めた茶髪をポニーテールにしてニシシと快活に笑う姿は、まさしく陽キャだ

 これで身長が180cmあって、行動力もあって、絵も上手いんだから、人生は不公平だ。

 天は二物を与えずと言った人間の顔を見てみたいものだ。

 きっと自分のように性根がねじ曲がった人間に違いない。


「......あれ、先生同居人いたっけ」

「訳アリが一人」

「なるへそ、オッケーオッケー」


 玄関に置いてあった春の靴を目ざとく見つけて、質問してくる。

 説明が面倒なのでぼかすと、深く追及するつもりはないのか、適当に相槌を打ってくる。

 この割り切りの良さは、どこで身につけることができるのだろうか。


「あ、コレお土産ね」

「何ですか、この紙袋?」

「コミケ用の新刊。原作に感謝感謝」


 紙袋から中身を取り出すと、本と呼ぶには薄っぺらなものが何冊も出てくる。

 女性が男性に持ってくるお土産が薄い本ってどうなんだ。

 そもそも自分が原作をやっているサークルの新刊なら、お土産とは言わないだろうに。


「未成年いるんで、今日はこういうの勘弁してくださいね」

「......芥川先生、ついに手を出しちゃった? 通報していい?」

「ついにってなんだ、ついにって」

「そっかぁ、今までありがとうね。ムショでも頑張ってね」

「マジで追い出すぞ」

「ジョーダンジョーダン。芥川先生にそんな度胸があるとは思ってないよ」

「それはそれでバカにしてますよね?」


 ため息をつく。

 最近癖になってしまったな。

 玄関でバカなやり取りをしていても仕方ないので居室へ案内する。

 春の服を買うついでに座布団とか買っておいてよかった。

 来るはずもない来客の備えがここで活きるとは。

 扉を開けると、自分のベッドの隅っこで少し怯えたような顔をしてこちらの様子を伺っている春がいる。

 見たことのない表情だ。

 極度の人見知りなのだろうか、それとも知らない人が怖いのだろうか。

 こいつにもそういう感情あるんだな、俺の時はほいほい付いて来たくせに。


「あー、春。この人は──」

「えー可愛い! 日本人形みたいだね! ほっそいし、白いし、先生も隅に置けないねぇ!」

「え、あ、え。芥お兄さん......」

「声も可愛いね! 何歳? 先生とどういう関係?」


 手荷物を全て置いてベッドの春に向かって藤川さんが抱きつきに行く。

 貧弱な春は豊満な肉体を持つ藤川さんには抵抗できないようで、されるがままだ。

 身長差だけで30cmぐらいあるからな、ゴールデンレトリバーとポメラニアンぐらいの体格差がある。

 自分のベッドが乱れるのはストレスになるが、まぁ今日は許そう。


「芥お兄さん、助けて」

「ほら、藤川さん離れてもらっていいですか。あまり人慣れしてないんで」

「えー、年下の可愛い子ちゃんと触れ合う機会そんなに無いのにぃ」


 藤川さんが名残惜しそうに春を離すと、春は慌てて自分の背中にしがみついてくる。

 同年代とボディタッチなどのコミュニケーションをしてきていない春には、少し刺激が強すぎたようだ。


「春、このギャルみたいな人は藤川 めいさん。22歳だからちゃんと敬うように」

「芥川先生、女子の年齢に言及するのはモテないよ」

「モテたいと思っていないので問題なしですね」

「そんなにカワイ子ちゃんに懐かれておいて?」

「これは事故みたいなもんですから。春、初対面の人とは自己紹介するんだ」

「春、です。14歳です」

「はぁー若いなぁ。中学2年生かぁ、アタシにもあったなぁそんな時期」

「22歳も若いでしょ」

「うっさいな、二十歳こえてからじゃないと分からない感覚があるの」


 顔合わせは無事に済んだようだ。

 藤川さんを買ったばかりの座布団に座らせ、自分はベッドに腰掛ける。

 本当は椅子に座りたかったが、春がべったりとくっついて離れない。

 よほど藤川さんのインパクトが強かったようだ。

 服が強く握りしめられて、首元が少し締まって苦しいので早く離れてほしい。

 そんな様子を気にすることなく藤川さんは買ってきたピザの箱をノリノリで開封し始める。

 うぅ、家にピザの匂いが付いてしまう。

 ギリギリと頭痛がするが、藤川さんに言っても帰りはしないので諦めるしかない。


「自由に食べていいよ、アタシも自由にするからさ」

「人の家なんですからもっとかしこまってほしいんですけどね」

「アタシと先生の仲じゃん?」

「そんなものはない」

「えぇそんな。アタシ、今でも覚えているよ。初めての出会い。あんなに熱く口説いてくれたっていうのに......」

「変な表現をするのをやめろ! 口説いてはいない!」

「芥お兄さん、藤川さんみたいな人がタイプなの?」

「あぁもう、春が変な影響受けるでしょうが!」

「親みたいなこと言っててウケる。あ、春ちゃんアタシはめいでいいよ」

「……めいさん?」

「......可愛いね、持ち帰ったらダメかな?」

「犯罪ですよ」


 ピザをつまみながら雑談をする。

 春はピザも初めてのようだ。

 伸びるチーズに目を丸くしている。

 ボロボロとこぼれている生地に関しては見ないフリをする。

 明日こいつにちゃんと掃除させよう。


「でもさぁ、先生側から話しかけてきたのは事実じゃん? 春ちゃんにも聞かせてあげようかなぁ」

「本当に黒歴史なんでやめてください。それよりもお願いしたいことがあるんで、そっち優先にしてもらっていいですか?」

「アタシにお願いって珍しいね」

「春に化粧とかファッションとか色々教えてやってください。こいつ、訳アリで知識ゼロなんで」

「おやまぁ、アタシでいいのかい? アタシ色に染めちゃうけど?」

「常識的な範囲でお願いします」


 アタシ色、そう言えるだけのアイデンティティがあるのは羨ましい。

 俺色に染めるってなったらどうなるんだ?

 ……いかん、パーカーとジーンズしか服の選択肢がない。

 染め上げるだけの個性も趣味もなにも無いことに気がついて少し悲しくなる。

 いいもん、掃除はできるから。

 男の、いいもんってクソきもいな、次からはやめよ。


「ほら、春、聞きたいことは自分で聞けよ」

「へーいバッチコーイ、なんでも答えちゃうよぉ」

「えぇっと、えっと」


 唐突に話を振られて困っているようだった。

 急に知りたいこと聞け、って言われても確かに困るか。

 何が分からないか分からない状態だしな。

 助け舟を出そうとした時、春は喋りだした。


「芥お兄さんのこと、知りたいな」

「お、いいねぇ。知ってる事ならなんでも話しちゃうよ」

「おい、もっと違うこと聞けや」


 思ってもいない質問に春の方を向く。

 口にケチャップがついている。

 ピザは相当お気に召したようだ。

 カップラーメンといいピザといい、普段食べてないジャンクフードが好きなんだろうか。

 ティッシュで口を拭いてやりながら、藤川さんに釘をさす。


「変なこと言わないでくださいよ」

「うーん、変なことかぁ。難しいなぁ」

「おい」

「逆に、春ちゃんは何が聞きたい?」

「さっきの、芥お兄さんが口説いたっていうのが聞きたい」

「お、いいよいいよ。って言っても大した話じゃないけどね。全然人気ない時に、先生がすごいケンカ売ってきたんだよね。それが出会い」

「芥お兄さんが、ケンカを売ったの?」

「そうそう。アップした絵にさ、なんでそんなに絵が上手いのに話が下手なんですかって言ってきてさぁ。あ、飲む?」

「二十歳越えてるのアンタだけだ」


 目の前で若かりし頃の過ちを話されるの、滅茶苦茶恥ずかしい。

 どこから取り出したのか、缶チューハイ片手に遠いところを見ながら話している藤川さんを止めることは無理だろう。

 下手に否定して、別のところに飛び火するのだけは避けよう。

 無言でピザにかぶりつくだけのマシンになろう。


「あの時はアタシもSNS慣れしてなくてねぇ。売り言葉に買い言葉、じゃあお前がストーリー考えてみろやってキレたんだよね」

「SNSってなに?」

「また今度教えてやる」

「そしたらさぁ、本当に原稿送られてきてさぁ。ビックリしたよねぇ」


 酒に弱いのだろうか、もう既に酔っぱらいの気配を感じる。

 トロンとした目に気の抜けた語尾は、布団に転がしたら今すぐにでも寝そうな気配がある。

 ……マジで何しに来たんだこの人。


「何文字分書いたのアレ? 短編だけでも何個かあったし、相当送ってくれたよねえ」

「30万」

「うひゃひゃひゃ、バカだこいつ」

「うるせぇ、送ったストーリー全部R18に改変しやがって」

「でもバズったじゃん」

「R18ってなに?」

「......18歳になったら分かる」

「R18はぁ、エロ──」

「黙れマジで」


 敬語が崩れ落ちるほど口調が強くなる。

 本当に過去の過ちだ。

 自分にもやさぐれていた時期があるのだ。

 イラストは綺麗なのに話がゴミだな、って感想を本人に投げつけてしまうほどの若さがあった。

 今はそんなこと、恥ずかしくてできやしない。


「あぁダメだぁ。疲労と血糖値スパイクとアルコールで眠くなってきたぁ。布団借りるねぇ」

「おい」

「なぁに? 一緒に寝る?」

「ぶっ飛ばすぞ。布団の隅で寝ろ。春も布団で寝かせるんだから」

「え、春ちゃんお泊り!? じゃあ一緒に寝ようよ!」

「......芥お兄さん、めいさん怖い」

「分かる」


 怖さのベクトルは違うだろうけど、言いたいことは分かる。

 距離感の詰め方がエグい人間って怖いよな。

 春は多分、捕食者に目を付けられたような恐怖だろうけど。

 布団が一つしかないから、春には諦めてもらうしかないのだけれど。

 勝手にベッドに潜り込んだ藤川さんは、近くに腰掛けていた春を布団の中に引きずり込んだ。

 予定とは違うが、自分以外に矛先が向かったので良しとしよう。


「春ちゃん、二人でゆっくり話そうねぇ」

「芥お兄さん......助けて......」

「人生な、そういう時もあるから。頑張れ」


 耳にイヤホンを差し込み、我関せずの姿勢を見せる。

 電気を消してしまえば、もう自分が感じ取ることは何もない。

 生贄を差し出す人の気分って、こんな感じなのか。

 これはネタになりそうだなぁ。

 なんて呑気なことを考えながら、寝心地の悪い椅子に横になった。

 部屋に残ったピザの匂いに、後処理が大変だと少し頭痛がした。

 ……結局、何だったんだ今日は。


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