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初めての

「芥お兄さん、切符ってどうやって買うの?」

「券売機に行きたい場所への代金を入れればいい」

「そうなんだ、やり方教えてよ」


 平日の昼、人がまばらにしかいない駅で春に乗車券の買い方を教える。

 最寄り駅の改札口では、ICカードなんていう文明の利器は使えない。

 1時間に一本しか来ない電車のために、ハイテクな機械を置く意味はないと判断されているのだろう。

 もちろん、電光掲示板なんてものはない。

 早朝と夜には駅員すらいない。

 都会から引っ越してきた自分には衝撃的な光景だった。

 いくらでも不正し放題じゃないか。

 俺は小心者だからキセル乗車なんてしないが、他の人もそうなんだろうか。

 無人駅や無人販売所を見る度に、人の本質は性善説なのかなぁと思う。

 まぁ、最近は盗難がひどくて無くなる店もあるけど。

 難しいね、人って。


「芥お兄さん?」

「なんだ、ガキ」

「このあとはどうするの?」

「どうするもなにも、電車が来るまで待つんだよ」

「いつ来るの?」

「そこに時刻表貼ってあるだろ、それ見ろ」

「分かった」


 自分の横から離れて、時刻表のある掲示板へ歩いていく春を見てため息をつく。

 家から出る度に、質問攻めにあって少し疲れた。

 本当なら家でゆっくりしたいのだが、冬休みのせいか朝っぱらから春が邪魔しにくるのだ。

 制服姿で家に居つかれるのも嫌なので、今は制服しか持っていない春のために買い出しに行く途中だ。

 俺の私服であるパーカーを学校の制服の上から羽織っている姿だけ見ると、背伸びしてオシャレしている少女に見えなくもない。

 スカートから伸びる生足も、最近のオシャレにこだわりのある女子みたいだ。

 俺はこんな真冬に生足出すなんて狂気の沙汰だと思うけど、オシャレって言えば受け入れられるから不思議だ。


「あんまりウロチョロするなよ。あと黄色のブロックより先には立つな」

「分かったよ」


 特に見るものもない駅のホームを楽しそうに歩く春の姿を見て、またため息をつく。

 家に来ることは許容したが、一緒に出かけるとなると話が変わってくる。

 誘拐とかには見えないよな?

 自分の顔に自信があるわけではないが、少なくとも犯罪者顔ではないはずだ。

 甘く見積もって、最大限自分に優しく評価して、上の下ぐらいはあるはずだ。

 年の差も4歳あるが、普通の兄妹ぐらいには見えるはずだ。

 少なくとも、初見で通報されるような見た目ではないはずだ。


「芥お兄さん、疲れてるの?」

「誰のせいだと思ってる」

「私のせい?」

「3割ぐらいは」

「残りの7割は?」

「お前の親」

「うーんと、ごめんなさい?」

「ガキが、悪いことしてないのに謝るな。癖になるぞ」


 春が悪いわけではない。

 親が子供を選べないなら、逆もしかり。

 教育放棄の責任は春に一切ない。

 制服以外他の服を持っていないのは、自分を着飾る楽しさを教えなかった親が悪いのだ。

 服を買いに隣の市まで行くことになったのも、春の親のせいだ。

 本当ならショッピングモールで買えばいいのだが、春の同級生に見られても面倒なのでわざわざ移動している。

 正直女性物のファッションなんて分からないから、適当にサイズが合うものだけ買って帰るつもりだ。

 ……化粧とかも俺が教えなきゃダメなのか?

 髪とかもろくにケアしてなさそうだし、そういったことも教えなきゃいけないのか?

 人生において彼女ができたことのない俺が?

 社会不適合者にも二種類。

 恋人を作れる奴と、作れない奴。

 俺は後者だ。

 友人ですら煩わしくなる俺に、彼女なぞできるわけがない。

 そんな俺が、化粧やファッションを教えるのか?

 いかん、頭が痛くなってきた。

 別のことを考えよう。


「お前、家に居て親と話さないの?」

「パパもママもほとんど家にいないんだ。朝テーブルに行くとね、千円だけ置いてあるんだ」

「提出書類とかどうしてんだ?」

「プリントとかはテーブルに置いとくと、次の日に書いて置いてあるんだ」

「ふーん、ガチの最低限って感じだな。三者面談とかは?流石に親と会うだろ」 

「こないだは、先生がママと電話して終わったよ」

「は? 許されるのそれ?」

「分かんないけど、毎年そうだよ」


 うーん、思ったより闇が深い。

 学校側も意図的に目を逸らしてそうだなぁ。

 提出書類は守るし、一応保護者とコミュニケーションが取れないわけではないから、積極的に介入するだけの理由がないのか。


「飯とかどうしてんの? カップラーメン初めてとか言ってたけど」

「コンビニでね、一袋にたくさん入ってるパンを買うの」

「菓子パンだけ? 千円ならもっと買えるだろ」

「毎日お金貰えるわけじゃないから、貯めておかないと。冬休みとかね、お休みが長い時は何日も帰ってこなかったりするから」

「おわぁ……」

「給食も美味しいけど、カップラーメンってすごい美味しいね。また食べたいな、芥お兄さん」

「コンビニにも置いてあるぞ」

「そうなんだ、今度探してみるね」


 なんというか、ちょっと本気で関わったことに後悔してきた。

 こんな話聞いて、二度と来るなとは言えんよなぁ。

 ……いや、入れ込むな俺。

 あくまで、一時的な保護だから。

 羽の傷ついた鳥が、飛べるようになるまで面倒を見るようなものだから。

 それ以上の感情を持つのは、ろくなことにならない。

 同情に沈み始めた思考を遮るように、電車の甲高い警笛の音がした。

 春を見ると、黄色の線の向こう側に立ってホームに走ってくる電車を眺めている。

 慌てて春の手を取って引き寄せる。

 軽い体は、大した抵抗もなくこちらに体重を預けてくる。


「黄色より先に立つなって言ったろうが」

「……えへへ」

「あ? 怒られてんのに何笑ってんだガキ」

「温かいなぁって、芥お兄さんの手」


 春の目線の先には、強く握られた俺の指がある。

 人肌の温かさを知らないのだろう。

 それは春にとって、なにか心が揺れる温もりだったようだ。

 

 離すと、少しだけ寂しそうに瞳が伏せられる。

 幸薄い顔には、憂いを帯びた表情というのはとても似合っている。

 なんだか俺が悪いことをしている気分だ。


「ねぇ、また触ってよ芥お兄さん」

「調子に乗るなガキが。捕まるだろうが」

「そうなの?」

「そうなの、ほら乗るぞ。人がいる場所ははしゃぐなよ」


 開いた電車に乗り込むと、春はちょこんと隣に座る。

 ボックス席で前が空いてるんだから、そっちに座れよ。

 よほど温もりが気に入ったのか、細い指が俺の手に絡んでくる。

 いくら追い払っても楽しそうにしているので、こういったじゃれ合いも初めてなのかもしれない。

 若干うざったいが、春の生い立ちを考えるとあまり強く拒否はできなかった。


「春、人前でベタベタするな。マナー悪い」

「名前で呼ぶんだね、芥お兄さん」

「人が近くにいるところでガキなんて呼べるわけないだろ。印象が悪すぎる。ほら、触るな」

「でも芥お兄さん、あの人達も触りあってるよ」

「……人を指差すな。あとな、カップルはちょっと例外なんだ」

「そうなんだ。私たちもカップルになればいいの?」

「俺をブタ箱にぶち込みたいのか、お前は」

「ブタ箱ってなに?」

「……とりあえず離れろ」


 前途多難すぎる。

 何から教えればいいんだろうか。

 ……とりあえず、俺が捕まらないように距離感だけはちゃんとさせるか。


「人前で俺に触るな」

「人前じゃなければいいんだね」

「いや、人前じゃなくてもダメだが?」 

「じゃあ、私はいつ触っていいの?」

「触っていいタイミングなんてない」 

「あの人達はいいのに?」

「許される人と、許されない人がいるんだ」

「私は許されないの?」

「俺が許されないんだよ」

「話が難しいよ、芥お兄さん」

「それが理解できるようになるまで、俺に触るなよ」

「じゃあ、理解できるようにたくさん喋ろ、芥お兄さん」

「……喋るだけならいいか」


 あー、対応が甘すぎるな、俺。

 流れていく景色を眺めながら、自分の受け答えにダメ出しをする。

 でもなぁ、拒絶できないよなぁ。

 一時の気の迷いでも、気まぐれな懐きでも、むき出しの好意を跳ね除けるだけの意志の強さは自分にはなかった。


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