青空の下
あてもなく寒空の下をブラブラと歩く。
切り過ぎた頭がスースーとして、耳周りに感じる空気が冷たくて仕方がない。
髪って意外と温かいんだなぁ。
ポケットに突っ込んでいた手で耳を温めながら、静かな農道を散歩する。
駅や学校、住宅街とは反対側に歩けば、辺り一面田んぼばかりの味気ない景色が見える。
真冬の田んぼは何もなく、夏場はよく見かける農家もおらず農道は空いている。
雪化粧をした山々は、日光を反射して荘厳な雰囲気を醸し出していて壮観ではあるのだが、去年や一昨年と何も変わり映えがないので心は動かない。
飽きてしまうなんて、贅沢なことだ。
綺麗な風景や澄んだ空気に、最初は感動していたがもう何も思わないのだから。
引っ越してきた時は、水道水が都会よりも美味しいと思ったが、今では別に変わらないような気がしている。
結局、カルキの臭いはするんだよな。
風が強く吹いて、軽くなった髪がたなびく。
いつもよりは髪は短くなってしまったが、ある意味サッパリとして気持ちがいい。
歩きながら、昨日のことを思い出す。
春は髪を切ることの難しさを実感していたが、その難しさに楽しみを見出したようであった。
『髪を切る感触って、楽しいね』
『まぁ、分かるけど』
『自分の髪も、切りたいな』
珍しく主体性を見せた春を強く否定をすることはできず、ハラハラしながら手伝うことにした。
何も考えずにハサミを入れようとするものだから、うるさい姑のように何回も口出しをしてしまった。
『もっと鏡見て切れって! 横にハサミ入れたらパッツンになっちゃうって!』
『こう?』
『あぁ! もっと躊躇しろ!』
あまりにも大胆に切るものだから、怖くなって自分が途中でハサミを取り上げてしまった。
わざわざ自分の髪を切らせた意味を、その時にはもう頭にはなかった。
失敗してもらった方が、次から店に行く理由にはなったが、我慢できなかった。
胸元まであった髪を、うなじが見えるぐらいには切っていたのに、まだ切ろうとしていたからな。
長さが自然に見えるように、結局自分が春の髪を整えることになった。
最初から自分で切ればよかったと、床に散らばった長い髪を見て少し後悔した。
「さみぃ」
人の気配がしない道で、一人ポツリと呟く。
気がつけば春のことばかり考えている自分の姿が、ひどく滑稽に感じた。
今日は、家に来るだろうか。
学校の時間割を把握しているわけではないから、どの時間に春が来るかは知らない。
俺がいなくても部屋に入れるように、一応鍵はかけないで書置きも残して出てきてはいる。
不用心だが、俺がいない間ずっと部屋の前にいられるよりはよほどいい。
スマートフォンでも持っていれば簡単な話だが、春の両親がそんなものを買い与えるわけがない。
どうしたものか。
深く吐いた息が、風にさらわれて消えていった。
見上げた空の青さがなぜか癇に障って、ずっと下を見て歩いていた。
——————
クラスルームは友達同士で話し合う声で埋まり、ずいぶんと賑わっている。
給食が終わり、皆思い思いの昼休みを過ごしている。
いつも通り窓際の席で窓を見ながら、その話に耳を傾ける。
昨日見たテレビだとか、好きな服だとか、面白いゲームだとか、私には分からない単語がたくさん聞こえてくる。
「新作買った? グラフィックえぐくない?」
「ねぇ見て、新しい服買っちゃった。めっちゃこの写真盛れてるでしょ!」
えぐいとは味のことではないのか。
写真の何が盛れているのだろうか。
知っている単語が、理解のできない言葉となって耳を通り抜けていく。
普通の人の、普通の会話。
それが理解できない私は、普通ではないのだろう。
ふと、窓ガラスに映った私と目が合った。
見慣れた顔の、見慣れない髪型。
芥お兄さんに整えてもらった髪型は、ボブという名前らしい。
軽くなった頭を少し振ってみる。
後ろ髪がうなじの上で揺れている。
(私、今日はずっと変だ。)
鏡、水たまり、窓ガラス。
いつもは気にしない、反射した私を見るたびに目が止まってしまう。
短くなった髪形を見ると、なぜか嬉しくなってしまう。
(こんな気持ちになるのは、普通じゃないのかな)
問いかける相手が近くにいないことが、初めて少し寂しく感じた。
学校生活で、話せる相手は二人しかいないが、その二人とも今日は欠席のようだ。
授業をサボってばかりでいつも教室にいないミィちゃん。
キレイな絵をずっと一人でノートに書いてるリンちゃん。
本名は分からない。
二人がそう呼び合っているから、私も真似して呼んでいる。
(友達......なのかな......)
とても仲が良いというわけではない、と思う。
クラスに馴染めていない三人が集まると、少しだけ気が楽になるのだ。
2年生になってからの付き合いだから、ミィちゃんやリンちゃんはそう思っていないかもしれないけど。
……やっぱり、今日はずっと変だ。
いつもなら、そんなこと考えないのに。
気持ちが沈んだりふわふわしたり、あっちに行ったりこっちに行ったりして忙しい。
私から目線を外して、青い空を見る。
芥お兄さんなら、こんな気持ちの理由も分かるのかな。
無意識にアパートのある方角を、チャイムが鳴るまでじっと眺めていた。
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