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野良に餌を与えてはいけない

 俺の名前は(あくた)

 18歳高校中退社会不適合の無職だ。

 収入がないわけじゃないし、全く働いていないわけではないから、フリーターというべきか。

 どちらにせよ、定職には就いていないから大差はないが。

 強いて言うなら、作家かな?

 趣味は人間観察と脳内会話。

 脳内会話ってなんだって?

 こうやって自分に質問して、自分で答えることだよ。

 考えやアイデアをまとめるために、ずっとずっと脳内で会話をしながら生きている。

 いや、ちょっと盛ったわ。

 マンガを読んでる時とかゲームをしてる時は、何も考えずに頭空っぽにしてるからな。

 そういうときほど、何が面白いとかストーリーがどうとか考えなきゃいけないんだが、そう真面目に生きられたら苦労はしていない。

 今は何してるかって?

 ……何してるんだろうな。

 聖なるクリスマスの夕方、フードコートの隅っこでぼんやりと人の群れを見ながら、温くなった水をすする。

 創作に行き詰って気分転換しようと外に来たのだが、今日がクリスマスであることをすっかり忘れていた。

 大して栄えていない駅前には、ショッピングモールぐらいしか人が集まる場所はない。

 子供をつれた若い夫婦、人目も気にせずにイチャついてるカップル、死んだ目をして働いている飲食店の店員。

 老若男女がひしめき合っており、喧騒が耳に入る。

 目を惹くようなものはなにもない、ただの一日にすぎない。

 田舎とは言い切れないが、かといって都会ではないこの街では、1年に一度のイベントでも何も変化はないようだ。


(ネタにできそうなもんもないな)


 行列がはけたら適当に注文に行こうと思ったが、人が減る様子はない。

 トレーを抱えて席を探してる人もいるし、一度立ったらこの席には誰かが座るだろう。

 注文もしないで、混雑した場所に居座るだけの図太さはない。

 社会不適合者にも二種類ある。

 マナーやモラルを気にする奴と、そうじゃない奴。

 俺は前者だ。

 守らなければいけないルールだから、なんてまともな理由で気にしているわけではない。

 単純に、守らなかったときに向けられる視線や声を過剰に気にしてしまうのだ。

 ほら、今もカップルがこっちを指さして何か話している。

 一人で注文もせず席使うな、って言ってるぞ多分。

 自意識過剰かもしれないが、本当にそう思ってしまうのだ。

 生きにくい考え方だ。

 そんな考え方でなければ、高校中退なんて暴挙はしないが。


(帰りの公園の自販機で、コーヒー買って帰るかぁ)


 空になった紙コップをゴミ箱に捨てて、フードコートを後にする。

 ただただ、無意味な時間を過ごしてしまった。

 まぁ、普段から有意義な時間の使い方なんてしてないから別にいいのだが。

 そんなんだから締め切りがいつもギリギリになるんだぞ俺よ。

 ……守ってるだけ偉いんじゃないか?

 背を丸めながら、しょうもない思考をして外に出る。

 雪がざんざんと降っている。

 明日にはすねぐらいは積もっているだろうな。

 足を引きずるようにして帰路につく。

 新雪を踏みしめる、ザクという音と感触が苦手なのだ。

 理由は分からない。

 黒板を爪でひっかく音が苦手なように、アルミホイルを噛むと歯に痛みが走るように、雪を踏みしめることが生理的に無理なのだ。

 スニーカーには水を孕んだ雪がまとわりついて、足取りを重くさせる。

 雪の日に出かけたら気分転換になるんじゃないか?

 そう考えた自分をぶん殴りたい気分だ。

 何の収穫もなく、ただフードコートに長時間座っていた不審者が生まれただけだった。


(公共施設にただ居座っているだけの不審者の話……ストーリーにしづらいな)


 無理やりネタにしようと思ったところで、話が膨らむわけもなくただの変人が脳内にできただけだった。

 不審者が主人公の作品なんてホラーやサスペンスに腐るほどあるだろうし、そういったジャンルは扱っていない。

 ホラー? どうしたら作品が怖くなるんだ?

 サスペンス? トリックなんて思いつくわけがない。

 作家ではあるが、創造性なんてものは枯れ果てている。

 あー、こう、寝て起きたら完璧な完全犯罪の方法が頭にインプットされていたらいいのに。

 そんな簡単に思いつかないから、ミステリーが売れるのだろうけど。

 くだらないことを考えていると、目的地にたどり着く。

 そこには、野ざらしのベンチと黄色いテープで封鎖された滑り台しかない公園。

 ……はたして、これを公園と言っていいのだろうか。

 休日、クリスマスの夕方だというのに、人影は一切ない寂れた風景に寂しさを覚える。

 遊具、自分が子供の時は禁止なんてなかったのになぁ。


(ん? 人いるじゃん)


 完全な無人だと思っていたが、ベンチには一人の少女が座っていた。

 雪が降りしきる中、傘も差さずに座っている少女の髪や肩には雪が積もっている。

 存在感のなさは、ジッとしていて微動だにしないからだろうか。

 失恋か、待ちぼうけか。

 こちらに背を向けている少女に、少しだけ興味が湧いた。


(失恋中の少女、ネタにはなるか……いや、面倒事な気配もするな?)


 少女を観察し、奇妙な点に気が付く。

 休日だというのに、なぜ制服姿なのだろうか?

 塾か何かの帰りだろうか。

 ……塾って制服か?

 行ったことないから断言はできないが、土日にわざわざ制服に着替えて塾に行くことはないだろう。

 午前中が授業だったとしたらどうだろうか。

 ……着替えずに、ずっとこの公園にいたのか?

 肩に積もった雪を見ると、結構な時間ベンチで待ちぼうけをくらっているだろう。

 発想力の乏しい頭で少しだけ考えて、関わらないことにした。

 ちょっとだけ顔を見てネタにしようかなぁ、なんて考えは持たないことにする。

 そもそも冷静に考えれば、女子学生に興味を持つこと自体、周りから見たら事案なのだ。

 変に警戒されても困るし、触らぬ神に祟りなしだ。

 当初の目的通り、自販機でコーヒー買って帰ろ。

 雪で詰まった投入口に無理やり小銭を押し込んで、缶コーヒーもだいぶ値上がりしたなぁなんて思いながらボタンを押す。

 ピッ、ガチャンと小気味のいい音を立てて落ちてきた缶を見て、思わず声が漏れる。


「は?」


 缶ではあるし、ホットでもあるのだが、ラベルが望んだモノとは違う。

 出てきたものはココアであった。

 間違いなくコーヒーのボタンを押したから、業者の入れ間違いだろう。

 困った、ココア飲めないんだよなぁ。

 甘いものがダメなわけではない。

 舌に残る甘ったるいものが全般的に苦手なのだ。

 飲まずに捨てるには日本人的良心が痛む。

 かといって業者に電話するほどの損失ではない。

 チラリと目線がベンチの少女に向く。

 こちらを向くことなく、ただただ雪に降られている少女。


(……押し付けよ)


 真冬に制服一枚は寒かろう。

 温かい飲み物を恵んであげよう。

 善意だから、通報とかはやめてほしい。


「なぁ、間違えて買ったから、飲んでくれないか?」


 少し声が上ずった自分に内心で舌打ちする。

 不審者に見えないように作った声が、逆に意識してるみたいで気持ち悪かった。

 慣れないことはするものじゃない。

 少女が自分の声に反応して振り返る。


(......ミスったな)


 少女の顔を見て、そう思う。

 決して顔が好みではないとか、ルッキズム的な判断ではない。

 見た目だけなら儚い系とでも言えばいいだろうか、まぁ可愛い部類に入るだろう。

 胸元までまっすぐ伸びた黒髪、少し垂れ気味な大きい目と困り眉、白い雪のような肌。

 良いように書けば、美人だろう。

 毛先はキューティクルという言葉とは無縁なほど痛み、瞳には陰を宿して活気がなく、肌は血色が悪く不健康な白さだ。

 悪いように書けば、陰気すぎる。


(ガッリガリだな、おい)


 制服の裾はダボダボに余っており、スカートから伸びる生足は細すぎる。

 幼い顔からして、中学生1年生ぐらいだろうか。

 明らかに、厄ネタのニオイがプンプンしている。


「じゃ、自由に飲んでくれ」


 声を掛けてしまった以上、何もしないのは不自然だ。

 鈍い反応の少女の手にココアを握らせ、自然に立ち去る。

 あくまで、見かねた第三者が善意でおごってあげただけ。

 そう見えるように渡して立ち去る。

 余裕を見せるように、わざとゆっくり歩く。

 なぜ、休日なのに制服なのか。

 なぜ、雪が積もるまで何もしていないのか。

 なぜ、あそこまで不健康そうに見えるのか。

 気になることはたくさんあったが、それに首をツッコむほど優しくはない。

 なに、中学生ならある程度は自分で判断できるだろう。

 自分が中学生の時はバカだったような気がするけど、今の子供は賢いらしいし大丈夫だろ。

 ザク、ザクと鳥肌が立つ音が後ろからしてるのも気のせいだろ。

 相も変わらず、自分は足を引きずるように歩いているのだから音が鳴るはずがない。

 あぁ、それとも通行人がいるのかな。

 過疎っているとはいえ、家が全くないわけではない。

 誰かこれから外食でもするのかな?

 クリスマスに一人で外食とは剛の者だな。

 自分にはそんなアクティブさはないからうらやましいよ。

 ザク、ザクと雪を踏みしめる音が等間隔で鳴り続けている。

 この音、やっぱり嫌いだ。

 自分が足を止めると、自分についてくる嫌いな音も止まる。


「なぁ、何か用か?」

「......」


 振り向きたくはないが、このまま家まで付いてこられても困る。

 少女の見た目からして、憑いてくると言ってもいいかもしれない。

 はははは、つまんね。

 少女の手にはココアだけが握られている。

 カバンがないなら、塾帰りでも学校帰りでもないだろう。

 なんで制服なんだ?

 頭に思い浮かんだ答えは一つ。

 この少女は、制服以外の服を持っていない。

 年頃の少女が、私服を持っていないとは考えにくい。

 が、面白いトリックの一つも考えつかないこの頭では、それしか思いつかなかった。

 一瞬だけ少女と目が合う。

 虚ろな瞳に見つめられると、心がざわついて落ち着かない。

 見て見ぬふりをしようとしたやましさが、一丁前に自分を責め立てている。


「......ガキ、何か用かって聞いてるんだよ」


 口が悪くなる。

 あぁ、怖がって離れてくれれば簡単なのに。

 少女の顔に、怯えや恐怖の色はない。

 きっと、俺が強い言葉を使ってもビビらないだろう。

 分かってない、俺が嫌がってるってことに。


「......ない」

「あぁ?」

「お礼、できないから、もらえない」


 凛とした鈴を鳴らしたような声、とは真逆の、蚊の鳴くようなか細い声だ。

 静寂に満ちたこの空間で、ギリギリ聞き取れるレベルだ。

 関係ないけど、太っている人って歌うまいよな、偏見かな?

 痩せた体では、十二分な声量が出ないのかな?


「いいんだよ、俺が飲めないって渡したんだから」

「......いいの?」

「あぁ、精一杯堪能してくれ。じゃあな」


 これが健康そうで愛嬌に満ちた子だったら、知らない大人相手にも礼を考える律義な子だって感心するんだけどな。

 絶対に、そういったものではないんだろうなぁ。

 これ以上は関わりたくない。

 自分の手には余る。

 別れを伝え歩き出す。

 ザク、ザク、ザク、ザク、周囲には足跡だけが響いている。

 じゃあなって言ったじゃん。

 なんで付いてくるんだ?

 消えない足音に観念し、もう一度振り返る。

 少女は変わらずに無表情でこちらを見上げている。

 俺が167センチぐらいだから、150センチ前後くらいか。

 小さくて、細いな。

 太ももなんて、蹴ったら折れそうなほど細くて見てて不安になる。

 こういう、やっちゃいけないこと考えるのって、なんか名前ついてるのかな。


「なぁガキ、なんで付いてくるんだ?」

「家に、帰れない」

「......迷子とかか?」

「明日の昼まで、家に帰ってくるなって書置きあったから」

「おーおー、すごい親だな。クリスマスに閉め出すとか、このご時世にしてはずいぶんロックな生き方してるな」


 ロックで、ろくでもない毒親だ。

 ……俺に韻を踏む才能はないな。


「家に帰れないのと、俺に付いてくるのは関係ないと思うが?」

「そうかも」

「なら──」

「でも、お兄さんだけだったから、声かけてくれたの」

「人が通らなかっただけだろ」

「昼からいたけど、誰も話しかけてこなかったよ?」

「……何で公園に座ってたんだ?」

「行く場所、どこも知らないから」

「あ? 行くところなんていくらでもあるだろ。フードコートとか市営図書館とか、屋根のある場所行けよ」

「そこって、お金なくても行っていいの?」

「……行ったことないのか?」

「ないよ」

「お前、夜になったらどうするつもりだったんだ?」

「分からない」

「……あー、くそが!」


 頭をガシガシとかきながら顔を歪める。

 世知辛い世の中だ。

 知らねぇガキがどうなろうと知ったこっちゃないが、ここまで話した以上知らんぷりはできない。

 この感じだと、突き放したらまた一人でベンチに座り続けるのだろう。

 それは流石に、寝覚めが悪い。

 これをほったらかしにできるほど、自分の精神は図太くはない。

 明日のニュースで、夜の公園で凍死した少女が見つかった、なんて流れたらたまったものではない。

 社会不適合者の心は、繊細で臆病なのだ。

 本当ならば、しかるべき機関に任せるのが正しいのだろう。

 ただ、児童相談所や警察には通報という選択肢は俺にはない。

 説明できる気がしないし、自分も巻き込まれそうだから。

 死なれたら心が痛むぐらいには繊細で、結局のところ我が身かわいさで何もしないほど臆病だ。

 自分にできる妥協点は、一晩ぐらい軒先を貸してやるぐらいだろう。


「ガキ、年は?」

「14歳」

「今日は面倒見てやるから、明日朝一で帰れよ?」


 こくんと頷く様子を見て、隠さずにため息をつく。

 あーあ、これでめでたく犯罪者の仲間入りだ。

 同意はあるけど、これって捕まるのかな?

 法律上は大丈夫だと思うけど、まぁ世間の目からは許されないだろうなぁ。


「芥だ」

「芥......芥お兄さん?」

「うわ、犯罪臭がすごい」

「?」

「いいよ、ガキは分からなくて」

「あ、私、春」


 そこでようやく、少女の表情が初めて和らいだ。

 笑顔というわけではないが、無意識に張りつめていたものがほどけたのだろう。

 ジッとこちらを見つめる少女の瞳には、俺がどう写っているのやら。

 懐かれたのかな?

 ココア一つで懐かれるとは、安いものだ。

 ……真冬に追い出すような親と、温かい飲み物をくれる人なら、自分も後者に懐くかもな。

 ふと、野良猫に餌を与えて怒られた昔を思い出した。

 懐かれたどうするのと言われた子供の時は、好かれることに悪い意味があるとは思っていなかった。

 今更になって、過去の叱責の意味が分かるようになるとは。

 野良猫でも野良犬でも野良人でも、無責任に食べ物を渡すのはよそう。

 野良の人ってなんだって話なんだけど、現実にそうなっているのだから表現に困る。


「よろしくね」

「よろしくはしない。一晩だけだからだ」

「わかった、芥お兄さん」

「......分かってないだろ、ガキ」


 名前では呼ばない。

 これ以上懐かれても困るから。

 背を向けて歩き出す。

 通報されませんように、祈ることに必死になる。

 後ろの少女が自分の服の裾を握っていることには、祈りに夢中で気がつかなかった、ということにしておく。

 あーあ、ネタ探しにいってすごいもん拾っちゃったな。

 これも、ある意味ネタにはなるか?

 社会不適合者とネグレクト。

 ……あまり面白い話にはならなそうだ。

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