第六十五話 いつもの日常
舞踏会も無事に終わり、私たちには平凡な学園生活の日々が戻ってきた。授業を受け、放課後は中庭でサーラとアイリスと一緒に雑談をしたり勉強をしたり。舞踏会の騒々しさとはかけ離れた安心できる日常に私は居心地の良さを感じていた。
一方、学園内ではお兄様とアガタお姉様との婚約が話題の中心だった。なんでも私が知らなかっただけでお兄様は『薄緑の貴公子』と女子生徒から呼ばれていたらしく非常に人気だったらしい。家ではそんな話を一切しないから気づかなかった。そんな薄緑の貴公子がルバッフォ家の息女と婚約を結んだと知ったお兄様のファンたちは卒倒したらしい。
「にしてもお兄様が学園内でそんなに人気だなんて知らなかったよ。」
放課後のいつものお茶会でそう呟くとサーラとアイリスはお互いに顔を見合わせ呆れたようにため息を吐いた。
「あなたのその妙に鈍感なところはどうにかならないの?」
「エレナ達兄弟はいつも異性の的だよ。エレナ、男子生徒の間でなんて呼ばれているか知ってる?」
「え?普通にキーニャ家の息女エレナじゃないの?」
「ハズレ。正解は太陽の女神だよ。」
くすくすと笑いながらアイリスは言った。私は紅茶を吹きそうになる。それを聞いていたサーラもどこか楽しげに微笑んでいた。
「私が太陽の女神?せいぜい薄緑の貴公子の売れ残りでしょ!」
私がそう言うと二人は笑い出した。事実を言ったまでだが何やらツボにはまったらしい。二人を不満げに見つめていると「おーい」と危機なじみのある声が聞こえた。反射的に振り返るとそこにはお兄様とエドお兄様の二人がいた。
「話は聞こえてたよ?太陽の女神さん。」
お兄様の穏やかな笑みが非常に鬱陶しい。
「あら、そうだったの。薄緑の貴公子さん。」
「僕が悪かったからその呼び方で呼ぶのはやめてくれ。」
「兄妹そろって変なあだ名をつけられたものね。」
「全くだよ。」
そう言いながらお兄様は苦笑した。その顔はよく見るとどこかお父様に似ていた。
「そういえばエドアルド様もあだ名がありましたわね。なんでしたっけ?」
サーラは意地の悪そうな顔をしてエドお兄様に問いかける。この話題はしばらく続きそうだ。
「俺にそんなあだ名ないよ。そもそもモテないしな。」
「まぁ、聞いたアイリス。エドアルド様はモテないんですって!」
「それじゃ私のクラスにいるエドアルド様、緑の貴公子のファンは一体誰に憧れを抱いているのかしら。」
「へーエドお兄様は緑の貴公子なんだね。私の身内あだ名が緑の人ばっかり。」
「確かにそうですわね。」
女子三人で笑っているとエドお兄様とお兄様は困った様子で何かを言おうとしてはやめるような動作を繰り返した。最終的にエドお兄様の「これだから女子は怖いんだよ!」の一言でその場はおさまった。そう叫んだ時のエドお兄様の顔が忘れられない。今思い出してもクスッとしてしまう。
「それよりもお二方は私たちに用事があったのではなくて?」
サーラがそう言うとお兄様たちは急に真剣な顔をして周囲を見渡した。まるで周辺に誰もいないかを確認するように念入りに。一通り確認が終わるとお兄様が口を開いた。
「王女殿下は知っているかと思いますが近頃悪魔崇拝の動きが活発になっています。だからアイリス嬢とエレナにも気を付けて欲しくて。お婆様の話だと悪魔崇拝、教団とでも言い直しますか。教団は贄を欲しているそうです。特に高貴な血を持つ贄を。だから三人ともしばらくは放課後のお茶会を控えた方がいいかと。」
「助言ありがとうサミュエル殿。確かにここ数週間のうちに教団の話を聞く機会は増えましたわ。助言の通りしばらくはお茶会を控えたいと思います。残念ですけど。」
悪魔崇拝、教団という単語を聞いて血の気が引く思いだった。思ったよりも早く来てしまった。私が死ぬかもしれないタイミングが。心臓が苦しい。呼吸がうまくできなくなる。目の前がくらくらしてどうすることもできない。
私の中には確かに強大な力がある。それをもってしても悪魔を打ち倒すことが出来なければ?待つのは死のみだ。私は何が何でも長生きをして世界中を見て回りたい。そのためにも悪魔なんかに負けちゃダメなのに体は正直で震えが止まらなくなる。
「エレナ?」
ハッとして顔をあげるとお兄様が私の顔を覗き込んでいた。
「大丈夫かい?随分と顔色が悪いけど。」
「エレナ大丈夫?顔が真っ青。」
「エレナの体調も悪いみたいですし今日のお茶会はこの辺で切り上げましょう。」
サーラはそういうと席を立った。
「私には優秀な護衛が付いていますわ。だから二人とも安心してくださいまし。それよりもエレナとアイリスは十分気を付けることよ。それでは先に失礼いたしますわ。」
そう言うとサーラはどこに隠れていたのか分からない護衛を数人引き連れて中庭から去っていった。後尾を追うようにアイリスも「エレナ、今日はゆっくり休んでね」と言い残すと中庭を後にした。
「エドは先に寮に戻っててくれ。僕はエレナを屋敷に送ってくる。」
「あぁ、分かった。エレナ、今日は早く寝るんだぞ。」
そう言うとエドお兄様も中庭を後にした。私はお兄様に支えられるように立ち、ゆっくりと歩き出す。
「エレナ。」
「何?」
「お前が何を恐れているのか僕にはわからない。でも、もし何かあったら必ず兄ちゃんが守るから。」
「心強いな。でも、アガタお姉さま優先ね。」
そんなことを言い合いながら私たちは転移装置のある部屋まで向かっていった。




