第六十話 踊り
エドお兄様から踊りに誘われた私はホールの中央へと向かっていた。皆が楽しそうに談笑する中で私たちが横切るとチラリと嫌な視線がまとわりつく。主にエドお兄様を狙っている令嬢のものだが。
舞踏会では基本的に婚約者がいるものは婚約者もしくは家族の誰かとしか踊ってはならないと規則で決まっている。一方、私のように婚約者もいない自由な人は同じく婚約者のいない者か家族と踊ることを決められている。私もエドお兄様も婚約者はいないため自由に選ぶことができる。
今夜婚約が決まったお兄様は相変わらずニコニコと笑いながらアガタお姉様と談笑し、気が向いたら踊り休むを繰り返しているらしい。あんなに楽しそうなお兄様は滅多に見れない。記憶にしっかりと残しておこう。
ホールに着くとちょうど曲が変わった。エドお兄様が「さぁ行こう」と言わんばかりに手を差し出す。私は迷いなくその手を取るとダンスが始まった。隣では一丁前に紳士のように振る舞う弟の姿があった。アイリスは笑いながら自分よりも小さな手を取っていた。
ここからは周囲の様子を気にしている暇なんてない。相手以外に視線を向けたら失礼だからだ。私はエドお兄様だけを見て、この瞬間だけは彼の物かのように振る舞う。
「こうやって踊っていると幼い頃を思い出すな。」
「よくみんなで踊ってたよね。ダンスの講師から習ったことを必死に思い出しながら思いっきり踊ってた。」
「サミュエルはダンスが苦手だったよな。覚えてるか?あの魚みたいな動き!」
「覚えてるよ。お兄様、先生が笑いを必死に堪えるくらいおかしな動きをしてて。一度見学に来たお父様が見たら思い切り笑ってしまってね。お兄様ったらしばらくお父様と目も合わせようとしなかったのよ。」
「そんなことがあったのか。でも俺たちと踊ってる時はなんてことない顔をしていたよな。」
「慣れたんじゃない?でもその後すごく努力して今日みたいに素晴らしいダンスを披露できるようになったの。」
「あいつは努力の天才だからな。」
特に合図したわけでもなく、私たちの視線は自然とアガタお姉様とお兄様の方へと移る。どうやら今は休憩中らしく二人で楽しそうに何かを話していた。
「お姉さまが羨ましいよ。」
エドお兄様がポツリと呟いた。私はその言葉を聞かなかったことにしてダンスに集中すr。曲は終盤へと差し掛かっていた。
より激しくなる曲調、それに伴ってダンスの激しさも増していく。まるでメラメラと燃え盛る炎のようだ。
ジャン!
曲が終わった。額には自然と汗が滲んでいる。エドお兄様は普段の訓練の賜物か呼吸一つ乱れていない。改めて凄さを実感する。
「疲れただろう?何か飲み物でも飲もうか。」
「そうしよう。」
二人で話ながらホールを後にすると腰のあたりに衝撃が走った。反射的に後ろを向くとそこにはニコニコと笑うトマスがいた。
「楽しかった?」
「とっても楽しかった!」
続いて後ろからアイリスが登場する。
「ごめんね、うちの弟のわがままに付き合わせちゃって。」
「いいのよ。私も楽しかったから。」
「今から飲み物を飲みにいくんだけどアイリスも来る?」
「ごめんなさい、さっきお父様から声がかかって。」
「そっか、それは仕方ないね。」
「トマスくん、素敵な時間をありがとう。」
「アイリスお姉さま!僕もとっても楽しかった!また一緒に踊ろうね!」
そうしてアイリスは人混みの中に消えていった。
「とりあえずあの辺にでもいくか。」
「はーい。」
私とトマスは同時に返事をしてエドお兄様についていった。その後、美味しいフェアリーアップルのジュースを飲み疲れた体を癒した。




