第五話 流行りの遊び
令嬢に誘われるがまま、私は気がつくとお兄様たちから離れた場所にいた。会場の奥にある池のほとりに私と桃色の髪をした令嬢が立っている。
「私、リーシャ・ヘルン。ヘルン男爵の長女であなたと同い年。」
「私は、」
リーシャ様に続き私も自己紹介をしようとすると唇にリーシャ様の人差し指が当てられる。
「全部知ってる。だから、紹介とかいらない。それよりもケーキはいかが?私のおすすめは血のように真っ赤なクランベリーのケーキよ。ねぇ、そこのメイドさん。クランベリーのケーキを二つ持ってきてくださる?」
「かしこまりました。」
どこか虚な目をしたメイドがケーキの置いてあるテーブルへと向かっていく。それを見てあることを確信した。
リーシャは魔法を使っている。それも恐らく人の意識を操ったりするようなよくない魔法だ。
他人の意識に干渉する魔法はとても難しい。相手を破滅させる可能性があるだけでなく、自分自身が相手に飲まれてしまうこともあるからだ。何より、この王国では一部の王宮に務める魔法使いしか意識に干渉する魔法を使うことは禁じられている。それを知ってか知らずかリーシャ様は慣れた様子で魔法を使っていた。日常的に使っている可能性が高い。
先ほど気づいたら池のほとりにいたのもリーシャの魔法のせいだろう。お兄様たちが探しに来ないのもそのせいかもしれない。
少しして、メイドがケーキを二つ持ってきた。片方を私に渡すとリーシャはケーキを食べ始める。
「クランベリーってとっても素敵。私大好きなの。エレナ様はどう?」
「私も好きですよ。ルビーみたいに綺麗で。」
「ルビーみたいね。あなたはそう思うのね。」
そう言いながらリーシャ様はケーキのぶすりとフォークを刺した。ケーキの上に乗った装飾用のクランベリーがぐちゃりと弾ける。
「私はクランベリーのこういうところが好き。あなたとは少し違うみたい。」
にっこりと微笑みながらリーシャ様はケーキを口にする。私も同じようにケーキを食べるがよくわからない緊張感のせいで味がよくわからない。
ケーキを食べ終わった頃、リーシャ様は口を開いた。
「ねぇ、エレナ様は流行りの遊びはご存じ?」
「流行りの遊び?わからないわ。」
「それじゃ教えてあげる。」
その時のリーシャ様の微笑みほど不気味でおぞましいものはないと思う。次の瞬間、リーシャ様は大きな悲鳴を出しながら池に身を投げた。
これでは私が突き落としたように見えるではないか。そうなってしまえば私はいわれのない罪を着せられるかもしれない。相手が意識を操ることに躊躇いがないのなら尚更だ。
「リーシャ様⁉︎」
私はさも不注意で池に落ちたリーシャ様を助けに行くような素振りで迷わず池の中の飛び込んだ。
池の中は驚くほど透き通っており、リーシャ様の姿はすぐに見つけることができた。少し魔法の力を使いながらリーシャ様に近づき、引き上げようとすると足に何かが絡みつくような感触がした。
足元を見ると先ほどまでなかった水草が力強く私の足に絡まっている。解こうにも上手くできず呼吸が持たない。
その光景を楽しそうに眺め、微笑みながらリーシャ様は自分の力で水面へと上がっていった。その時初めてハメられたことを理解した。
(なんてバカなんだろう)
そう思いながら私の意識は遠のいていった。